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ハルカ

 樹海には道なんかない。

 信号は徐々に意味を持った言葉へと変わっていく。

「……! アツ……! イ!」

 事故が起きたのは百四十八年前。発電所の周囲ニ十キロは完全に立ち入り禁止地区になってる。残された家畜は野生化したって聞いた。あたりは野生動物の匂いが残っている。街では嗅いだことのない匂い。黒岩博士が言っていた野牛の群れとか、冗談じゃなくホントらしい。あと猪とか、鹿・猿? まさか熊なんか出てこないでしょうね!?

 生い茂った樹木や植物が行く手を阻む。わたしの短い足じゃ藪をかき分け進むのは難儀だ。なるべく倒木や、かすかな獣道を選んだ。どれくらい来たんだろう? 気づくと辺りは薄暗くなってた。

 そして体の中の異変に気づく。時間がわからない、現在地もわからない。今向いている方角さえ不明。

 こんなこと、ありえない!! わたしはあわててネットワークやGPSの衛星を捕まえようとした。

 一切の通信が遮断されている……。

 ありえない!!

 世界政府はそれこそ極地でさえ、通信網から取りこぼしていないはず。

 それとも、ここを意図的にはずしているの?

 帰り道すら分からないわ。もうじき日が暮れそう……でもそうなったら、きっとドームの明かりが見える。

 それまでなるべく動かずにいよう……。

 そう決めてわたしは倒木の上に座りこんだ。

 闇はじわじわとわたしの周りを飲み込んでいく。

 枯れ葉が風に吹かれてざわざわと音をたてた。大丈夫、バッテリーは一週間は軽くもつんだから。今日帰れなくても、明日になったら……みんな心配してるかな。樹海が完全に闇に沈んだ。期待した明かりは全く見えなかった。暗視モードに切り替えても無駄だった。

 普段はドームの中にいるから気づかなかっただけ……明かりは漏れない仕様になってたんだ。

 なんだか腹が立ってきた。どういうことなんだろう。ドームなんて、はなから存在していないような扱い方は。

 まるで『事故なんか、なかったんです。はやく全部忘れましょう』って言われているみたい。

 確かに事故は政府発足間もない状況が不安定なときに起きた不幸な出来事だったから。

 そういう経緯があったにしても、よ。あまりにぞんざいな扱いじゃないの。

 わたしは空を見上げた。

 樹の間から星が見えた。

 秋の澄んだ大気に、きらめく星。今までに見たことがないくらいに輝いてる。

 周りに明かりが全然ないと、夜空は底に群青を潜ませて、ほのかに明るく見えるんだ。

 わたしはパトリック博士の言葉を思い出した。

 ーー事故のときには、大規模な停電が起きたんだよ。当時私はあの島にいたから体験した。その晩の夜空は荘厳な美しさだったよ……あの場所で誰かの命が失われているかも知らず。ただただ、美しい夜空を見上げていたんだーー博士が見たのは、きっとこんな空だったのね。

 事故による民間人の死者はなかったけど、救助や事故の処理に向かった当時の防衛隊員は五十三名が死亡。その後、政府は原子力発電所はすべて廃炉にして自然エネルギーに切り替え……。

「イタイ!」

 わたしの思考を遮って声が響いた。

 はっきり聞こえた!

「イ、イタイ! イタイ、アツイ、アツイ」

 悲痛な叫び声。わたしは声に近づこうと再び歩き始めた。

 風に木の葉がざわめく。おそらく夜行性の動物たちは活動を始めている。食べられる心配はないけど、追いかけられたら厄介。

用心しながら声の方向を探る。

「イタイ、アツイ! トケチャウ、タスケテ!!」

 助けて……?

「タスケテ、カナタ!」

 カナタの響きとともにわたしのコンピュータに見知らぬデータが流れ込んできた。

「ドウシテ、コウゲキシテクルノ? ワタシ、ナニモ」

 眼裏に炸裂する炎が見えた。これは、事故のではない?

「ウタナイデ! カラダガ、」

 がん、と体に衝撃を感じた……ように錯覚した。

 目を開けると、緑の塔がそびえていた。いつも遠くにあった塔が眼前にある。

 蔦に絡まれ、まるで植物が吹き出してこぼれたようだ。

 ここは、まだ線量が高いはずだわ……移動しなきゃ。

 でも足が思うように動かない。

「イタイイタイイタイ、アツイアツイアツイ……アアアア!!」

 入り込んだデータが体の中で暴れまわる。

 火だるまになる体、熔けていく指先。胸が熱さに焦がされる。

 耐えられない! なんて記録なの!

「オトウサマ、ワタシニ ナニヲシタノ?」

 お父さま……。

 ああ、視界が欠けていく。エラーが出てる。わたしはここで終わるのかしら。

「ハルカ……」

 誰かがわたしの体を持ち上げた。優しい手は何かの入れ物に寝かせてくれた。

「ハルカ……怖いことはもう終わったんだよ」

「カナタカナタ、タスケテ!!」

「ぼくはここにいるよ。ハルカ……だから」

 かすかに見えた、宇宙飛行士のような防護服を身につけたカナタ。

 会話になっていないのに、不思議な調和を感じる。


「タスケテ、カナタ」

「一緒にいるよ。最後の日まで」

「カナタ……アイシテイル」

「ぼくもだよ。ハルカ」

 声は小さくなってきた。ただカナタの名前を繰り返す。

「今はおやすみ。ハルカ」

 なんて優しい声。

 わずかな振動を感じた。半分になった視界に満天の星空が広がった。

「帰ろう、ソラ」

 カナタはわたしのカプセルを胸に抱いて夜空を飛んだ。

 ドームへと。

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