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和装の皇さま ~Another Story   作者: 狼花
玖暁―――輝ける陽光の国
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閑話 穏やかな昼下がりにて

再生暦5019年12月

小瀧昴流――22歳

九条巴愛――20歳

 室内には明るい陽射しが差し込み、紅茶の温かな芳香が漂っている。


 これは良い茶葉だな。昴流は満足げに笑みを浮かべた。巡回という口実で天崎(あまざき)李生(りおう)部隊長と市場を見て回ったとき、つい買ってしまったのだ。怒られるかと思ったが、李生には何も言われなかった。巡回という口実を考えたのも李生だし、なんだかんだで甘い人なのだろう。これまでは厳しいという印象しかなかったが、親しくなってみると割と抜けている性格が見え隠れしている。


「ま、前から思っていたけど、昴流ってとんでもなく頭がいいのね……」


 そう感想を述べたのは、室内のソファに座っているひとりの女性だ。今日は薄い青の和服で身を包み、花を模った髪留めで長い髪を結っている。


 昴流の護衛対象――九条(くじょう)巴愛(ともえ)だ。


 今は彼女に乞われ、昴流が桃偉と出会ったころのことを話していたのだ。昴流はカップに紅茶を注ぎながら尋ねる。


「そうでしょうか?」

「そうよ。だって、十歳で十五歳までの勉強を済ませるなんて――! 小学四年生が中学三年生の勉強できるっていうの?」


 二つあるカップに、濃さが同じくらいになるように交互に紅茶を注ぎつつ、昴流は苦笑する。


 後半は彼女の独り言だ。聞き慣れない言葉があったが、いつものことだ。というのも、彼女は異世界からやってきたのだ。いや――異世界というよりは、古代の時代からだ。いまから九〇〇〇年近く前の、動乱の前の豊かな時代に暮らしていた人間。もっとも、「古代」と言われるのは嫌らしい。それもそうだろう。彼女が住んでいた時代は、今でも彼女にとっては「現代」なのだ。それを過去形にされてはたまったものではない。


 再生暦五〇一九年十二月。これまでに幾多の試練に直面してきた玖暁皇国は、ようやく平穏を取り戻しつつあった。この年の五月に二十二歳になった昴流は、ここに来るまでに大切な人を亡くした。父のようだった桃偉も、大切な姉の咲良も、死んでいった。だがそれでも、もうひとり大切な人が無事でいる。


 巴愛の護衛に選ばれたのは、この年の四月ごろだっただろう。戦場に突如として現れた謎の娘。昴流はそんな彼女の護衛に選ばれたのだ。なぜかはすぐに分かった。自分が、神谷桃偉に近い人間だから。桃偉に全幅の信頼をおいていた皇としては、桃偉とともに暮らしていた昴流を護衛に任じるのは当然のことだった。あくまで護衛であるから、武芸の腕はそこそこでいい。とりあえず自分ともうひとりの安全くらいは守れて、話し上手な人間。それが昴流はぴったり当てはまったのだ。


 その時は、護衛に抜擢されたのを素直に喜んだ。桃偉が守りたいと言った皇と親しくなれる絶好の機会であったし、護衛というからには色々と他の騎士とは別行動をとることが多くなる。正直訓練は辛いし、これはいい――と、なかなか不謹慎なことを考えたものだ。


 だがすぐに昴流はその認識を改めた。護衛というのは責任が重い。自分の命だけでなく、相手の命まで自分にゆだねられている。負けは決して許されない――こんな重圧を感じたのは、いまだかつてなかった。不幸なことに問題は次々と起きて、昴流は巴愛を守りながら戦うことが多くなった。守りながらの戦いは想像以上に苦しい。生半可な覚悟と技量では、決してやり抜けない。


 だから強くなろう。辛い訓練でも、なんでもいい。ただ強くなりたい――そう思うと同時に、昴流は巴愛のことが好きになっていた。


 この人を好きになってはいけない。だって、叶わない願いだから。そんなことをすれば自分が辛くなるだけだ。そう思っていたのだが、今更無理なことだった。


 でももう後悔しても遅い。彼女はもう、この国の皇との婚約が正式に発表された身だ。そう、本当に、今更――。


「……す、昴流! 紅茶、零れてる!」

「……え」


 昴流ははっと我に返った。カップに注いでいた紅茶は満杯を通り越して零れている。少し感傷に浸っていたために気付かなかったのだろう。


「あああぁっ、申し訳ございません……!」


 昴流が慌てて布巾でそれを拭く。巴愛が歩み寄ってきて、それを手伝った。


「火傷してない?」

「は、はい。申し訳ございません」

「ならいいけど……どうしてそんな堅苦しく謝るの?」

「えっ!? あ、いや、昔の話をしていたのでつい……」


 申し訳ございません、が口癖だった昴流である。昔の癖が出てしまったのだろう。今なら「すみません」というところだ。


 思えば、僕も口調が柔らかくなったんだな――と少し感慨深げになってしまう。


「……うー……良い茶葉だったのになあ」


 昴流は恨めしげに、カップに満杯になった紅茶を見る。そのままカップを流しに持っていこうとしたとき、巴愛が制止の声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って。捨てちゃうの、その紅茶?」

「ええ、見た目悪いですし、カップを洗って別の紅茶を淹れ直しますよ」

「勿体ないって! あたし、そんなの気にしないから」

「僕はすごく気になるんです……」


 紅茶を二人分淹れるときは、その量や濃さを均等にしなさい。それが侍従の心得であって、こればかりは昴流も譲れない。二人分と言っても片方は自分の分なのだが、カップに満杯に入れた紅茶はやっぱり見た目が嫌だ。


 巴愛は昴流の手から慎重にカップを受け取ると、少しだけ紅茶が注がれているもう片方のカップにゆっくり注いだ。巴愛の手で、見事に紅茶は二等分された。巴愛はカップを昴流に差し出す。


「じゃ、今日だけ我慢して。ね?」

「巴愛さん……」

「美味しい紅茶なんでしょう、これ? 折角買ってきてくれたんだもの、ちゃんと飲みたい」


 優しく笑みを向けられ、昴流が我を通せるわけがない。結局頷くことになってしまった。巴愛は慣れた手つきで、菓子をテーブルの上に置く。これらは午前中に巴愛が焼いてくれた菓子だ。これからふたりで、ちょっとしたお茶会である。


「すみません、なんかどたばたしちゃって……」


 申し訳なくなって謝ると、巴愛は微笑んだ。


「気にしないで。それより本当に美味しいね、この紅茶」

「そうですか? 巡回中にこそこそ買った甲斐がありました。巴愛さんが焼いてくれたお菓子も、相変わらず美味しいです」

「久々に作ったから自信なかったんだけど、良かった」


 ――つくづく、思う。巴愛は僕が知っている女性とは違う。僕の知っている女性というのは、やたら着飾るのが好きで、完璧が好きで……少しでも間違ったことをすれば金切声をあげて怒鳴られる。仕える女性として、巴愛のような人は初めてだ。


 だからこそ、僕は巴愛に惹かれたんだろう……。


「――ええと。何の話をしていたんでしたっけ?」


 いささかわざとらしく話題を変える。巴愛が首を傾げる。


「昴流がとっても頭がいいんだねって話だよ」

「あ、ああ……そう面と向かって言われると照れますね。まあ学校で得た知識は、騎士としてはあまり役に立たないんですけどね」

「ううん、教養があるって素敵よ。あたしなんて、学校の成績は酷かったから……」

「勉強できなくても、常識があれば大丈夫です。学校で習う勉強っていうのは、単に頭を使わせるっていうことだけです。本当に将来役に立つのは、その中の何割かですからね」

「よく聞いたなあ、その言葉……」


 巴愛が苦笑した。昴流は紅茶のカップを口元に運ぶ。


「でも、あまり早くに知識ばかりを得ても困りものですよ。捻くれた考えしかできなくなりますからね。学校に行くことの最大の意義って言うのは、友人を作ることだと思うんです。僕はそれをすっ飛ばしたせいで、ろくな少年時代じゃなかった……」


 少し愚痴っぽくなってしまったので、昴流は空咳をした。


「ねえ昴流、続きを話して?」


 巴愛に乞われ、昴流は微笑んだ。


「はい。……僕が桃偉さんと暮らすようになって、一週間ほどしたころでしょうか……」


 昴流は昔を思い出しつつ、そう話し始めた。

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