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二十三 帰山

 長い、長い夜が終わった。あたりはしらじらと明るくなってはきたものの、白く濃い霧がたちこめており視界はほとんどきかない。

 天翔丸は右も左もわからない葬送地に座りこんでぐったりとしていた。

(つ……疲れたぁ……)

 花咲爺に逃げられてしまった後、一息ついたとたん緊張の糸がぷつりと切れた。重い疲労が一気にのしかかってきて崩れるように座りこみ、そのまま動けなくなってしまった。全身がとてつもなく重い。

 かたわらに目をやると、すぐそばで陽炎が同じように座りこんで懸命に呼吸を整えている。顔色はいくらか良くなって生気が戻っているようだが、まだ完全に回復とまではいかないらしく座っているのもつらそうだ。

 陽炎のそんな状態が、今回の戦いの厳しさを物語っている。

(こんなのが、これからもつづいていくのか……?)

 戦うのが鞍馬天狗の宿命。

 事実、死物ばかりでなくさまざまなものたちが問答無用で襲いかかってくる。もはや戦いが嫌などと言っている場合じゃない。生きのびるためには戦わざるをえない状況だ。

 鞍馬天狗になることを選択したのは自分だ。陽炎に復讐するため、強くなるために受け入れた。怒りの勢いで鞍馬山の主となったわけだが、はたしてそれは正しい選択だったのだろうか。

 鞍馬天狗であること、七星をもつこと、山の主であること。

 それらがどういうことなのかほとんど考えずにきたが、もしかしたらとんでもない道に足を踏み入れてしまったのかもしれない。

(俺、どうなるんだろ……)

 天翔丸は周囲を見回した。たちこめる濃い霧は目をこらしても見通せず、自分の回りがどうなっているのかよくわからない。覚醒した夜目もまるで役にたたず、五里霧中の様相だ。

(これからどうしたらいいんだ?)

 霧を見つめながら考えこんでいたとき、ふいに背があわだった。

(何か、来る)

 天翔丸は七星の柄をにぎりしめ、同時にそばで陽炎も錫杖を手にとった。

 霧で姿は見えないが、七星で浄化して清らかになった葬送地を濃厚な死気をまとったものが近づいてくる。まっすぐこちらへむかって。

 身構えていると、やがて霧の中を一人の男が歩いてくるのが見えた。顔見知りの変わり果てたその姿を見て、天翔丸は瞠目した。

「や……八雲!?」

 豪奢な袈裟はずたずたに裂けて、その身を飾っていた数珠も組紐もことごとくちぎれている。全身が泥にまみれて汚れきっており、それ以上に黒い霧のような死気がその身にべったりとはりついてその身を芯から穢していた。かすかに生気は感じられるからまだ生きているようだが、生きているのが不思議な状態だ。

 自分で立つことも顔をあげることもできず、死霊の蛍と撫子に寄りかかっている。二人に連れられてここまで来たらしい。支えている彼女たち自身も今にもかき消えてしまいそうなほどに弱りきっている。

 天翔丸の脳裏に彼女らの思念が響いた。

 ーー八雲様を……どうか。

 蛍と撫子は天翔丸に深く頭を下げて、それで力尽きたのかそのまま八雲の手の中に消えた。

 瞬間、八雲はどっと倒れた。

「八雲!」

 天翔丸は駆け寄ろうとしたが、衣の袖をつかまれ引き止められた。

 衣をつかんだまま陽炎が冷厳に言った。

「あの男はあなたに燐火を憑かせ、だまし、あざむき、さまざまな罠をかけて危害を加えてきました。万死に値する悪行の数々、助命するにおよびません」

「八雲はどうなってるんだ?」

「無数の死霊から呪詛を浴びせられたのでしょう。多量の死毒にあてられてこのままでいれば死に至るでしょうが、自業自得です。山に棲む身でありながら主に敬意のかけらももたない不敬の報いです」

 八雲は地に突っ伏して倒れたまま、息も絶え絶えの状態で嘲笑した。

「はっ……敬意? 役立たずの主にどう敬意をはらえというんだ……?」

 とげとげしい声に嫌悪をにじませながら、八雲は天翔丸をにらみ怒りをぶつけた。

「主だからなんだというんだ……? おまえになど従うものか……気にくわなければ殺せばいい! 死霊に呪い殺されるも、主に殺されるも同じ死だ! 俺は命乞いなどーー」

 すべてを聞かないうちに、天翔丸は陽炎の手をふりほどいて七星にぬいた。

 神通力をこめられた七星は八雲の身体を両断し、恨みがましく憑いていた死霊や死毒を消した。八雲の身を無傷で残して。

 あぜんと見上げてきた八雲に、天翔丸は七星を鞘におさめながらけろりとした顔で言った。

「とりあえず、あんたに憑いてた死霊とか呪詛とか燐火とか、まとめて斬っといたぞ。蛍と撫子は残してな」

 八雲と陽炎はそろって瞠目し、その行為に抗議した。

「な……なんのつもりだ? 誰が助けてくれと頼んだ!? ふざけるな!」

「なぜ助命を!? この男はあなたの命を幾度も危険にさらした張本人です! むしろ七星で消し滅ぼすべき相手です!」

 二人の激しい抗議を、天翔丸は一喝ではねのけた。

「だーーーーっ! うるさいっ、この病人ども!! 青い顔でふらつきながら細かいことをごちゃごちゃぬかすな! 俺はいま大事な考え事をしてるんだから、邪魔すんな!」

 生気を多く失って血の気がひいているために病人呼ばわりされた二人は、身をのりだした抗議の姿勢のまま固まった。

 陽炎が眉をひそめながら問いかけた。

「……大事な考え事とは?」

「俺はこれからどうするか、だ。真剣に考えてる最中なんだ、おまえたちは病人らしくそこでおとなしく黙って座って休んでろ! いいな!?」

 天翔丸は語気強く言いつけ、これ以上の反論は受け付けないとばかりに離れた岩に腰掛け、腕組みして再び考え事にとりかかった。

 そんな主の背を、陽炎と八雲は黙ってじっと見つめる。あっけにとられ、気勢をそがれて、二人ともその場に座りこんだ。

 燐火を憑かされたり罠にかけられたりしたことを怒るでもなく、温情からの助命でもなく、考え事の邪魔になるから面倒事を一刀両断にして片付けたーーそんな鞍馬天狗の大雑把な言動に、どう反応したものか困惑していた。

 しばしの間をおいて、八雲が陽炎に小声でぼそりと問いかけた。

「……おい、あいつはいつ除霊ができるようになったんだ?」

 身体深くに入りこんだ死毒や呪詛を七星で瞬時にとり除いた。これは立派な除霊だ。しかも蛍と撫子を残して。祓う死霊を選別しての除霊ーーこんな高度な除霊ができる者は除霊師でもいない。

 陽炎はおさえた声で返答した。

「今だ」

「い……今?」

「この程度のことは鞍馬天狗ならばできてあたり前だ。要は、天翔丸がやる気になるかどうかだ」

「ちっ、衆生の生き死には主の気分次第か。胸くそ悪い」

「なんであろうと貴様は鞍馬天狗に命を救われた。この恩、ゆめゆめ忘れるな」

 八雲は思いきり顔をしかめてうなった。主に助ける気があろうとなかろうと、その力で救われて九死に一生を得たことはまぎれもない事実。反論の余地がない。

「……おい、死物の情報をやる」

 八雲の申し出に、陽炎は探るように目をむけた。

「どういう風の吹き回しだ?」

「俺は恩を着せるのは好きだが、着せられるのはごめんだ。山の主なんぞに借りを作りたくない。少しでも返しておく」

 八雲は不機嫌をあらわにしながらも、声を改めて言った。

「死物の主の名を白夜という。知っているか?」

 陽炎はうなずく。

「先代の鞍馬天狗に強敵と言わしめた狂骨だ。十五年前、先代の手で死に還した。還したはずだった。だがーー」

「し損じていたか。この世の生物を喰いつくし、死物の世とするそうだ」

 陽炎と八雲は互いを見合った。短くない付き合いの二人であるから、目を見れば互いの言葉の真偽はわかる。

「まずは花咲爺をなんとかしろ。奴は死物、白夜のしもべだ。都の人間を餌にして死物を増やしている」

「花咲爺なら先刻、天翔丸が斬った」

 目を見開く八雲に、陽炎はさらにつけ加えた。

「この地の死物もすべて天翔丸が死に還した」

 蓮台野から死気がきれいさっぱり消えていることは、除霊師である八雲にもわかる。一人で、一晩で、広大な葬送地を浄化するなど人間業ではない。

 八雲はいまいましげに舌打ちした。

「くそ……人が苦心してもできないことをやすやすと」

「鞍馬天狗と己を比べるなど愚かなことだ。貴様や私とは格が違う」

「それだけのことをしておいて、これからどうするか考えるだぁ? あらゆる死物に対抗できる力をもっていながら、いったい何を考えることがあるんだ?」

「主たるもの、考えることは必要だ」

「そうやっておまえが甘やかすから、あいつはいつまでたっても親離れできないんだ」

「私がいつ甘やかした?」

「は? 自覚がないのか? こいつは驚きだ。それだけつきっきりでお守りをしていながら甘やかしていないと言い張るか」

「守護天狗には護衛が必要だ」

「護衛というよりたんなる過保護だろ」

「黙れ。貴様にとやかく言われる筋合いはない」

「あぁ、筋合いなどないし、あいつやおまえがどうなろうとどうでもいいし、関わりたくもない。だが見てるといらいらする。俺は好きであいつに危害を加えてるんじゃないぞ。おまえが甘やかしてるから、代わりに厳しく鍛えてやってるんだ」

「貴様、鞍馬天狗に助命されて少しは心を入れ替えるかと思ったが、腐った性根は変わらないようだな」

「あいにく俺は生まれつきこういう性格だ。助命されたくらいで変わってたまるか」

「助命の恩を返すと殊勝なことをいいながら、主に捧げる情報は白夜と花咲爺のことだけか。そんな情報、まったく、微塵も、何の役にも立たない」

「あぁ、役に立たなくて本当〜〜〜に良かった。おまえらには二度と情報なんかやらん」

「貴様の無益な情報など必要ない」

 座りこみながら小声で喧々囂々と言い合う二人を、天翔丸はあきれ顔で見やった。

(ったく、しょうがない奴らだな。黙って休んでろって言ったのに)

 二人とも動くのはきつそうだから休む時間を与えたのに。

 休むどころか口喧嘩を加熱させていく二人にあきれながらも、天翔丸はほっと息をついた。

(まぁ、あれだけ言い合えれば大丈夫か)

 言い合うことでかえって元気になったようだ。

 天翔丸は二人から目を離し、考え事に戻った。

 これからどうするか。

 考えてみてわかったのは、考えても意味がないということだった。自分にある道は鞍馬山に帰るか、否か。他に行くところもないから帰るしかなく、選択肢はないも同然だ。

 天翔丸は深く溜息をついた。

(帰る……か)

 いつのまにか自分にとって帰る場所は都ではなく鞍馬山になっているのに気づき、気持ちが沈んだ。

 ーー俺がどうするか、決めるのは俺だ。

 吉路にはそう偉そうに言ったものの、結局、自分は何も決めていない。決めていないのに、その場しのぎで走り、戦い、自分の意志が伴わないまま進まされている。怒濤のようにおしよせる鞍馬天狗の宿命にただ流されているだけだ。

 流されて、山へ帰るしかない。

(なんだかな……)

 なんだか、むなしい。

 むなしさのあまり溜息をつくと無性にだるくなってきて、天翔丸は膝に顔をうずめて目を閉じた。

(……眠い……)

 いまは何もかもを忘れて眠りたかった。

 すると霧のむこうからごとごとと音が聞こえてきた。何かが近づいてくる。この濃霧の中をまっすぐ、迷うことなく自分にむかって。

 ささやかな休息をさまたげられ、天翔丸は腹立たしく息をつきながら頭をもたげた。

(今度はなんだ)

 休む間もなく、懲りもせずに次から次へと。鞍馬天狗の宿命とやらはよほど戦わせたいらしい。

 天翔丸は立ち上がり七星をぬいた。陽炎も八雲も消耗してまともに戦える状態ではなく、戦えるのは自分しかいない。

(来るなら来い)

 戦いは嫌だ。でも戦わずに死ぬのはもっと嫌だった。

 わきあがる怒りが疲れを減退させ、戦いを強いてくる宿命への怒りが闘志となってふつふつと燃えはじめる。

(戦えというなら戦ってやる)

 自分の中には果てのない神通力がある。戦う力は無限にある。相手の気配は感じとれず生物なのか死物なのかもわからないが、誰が来ようがかまわない。

(負けるもんか……!)

 尖った気持ちで、牙をむくように七星を光らせて身構える。

 音の方をにらみつけていると、霧のむこうにうっすら影が見えた。

 それが何なのかわかった瞬間、天翔丸の全身から力がぬけた。燃え上がっていた闘志もいらだちもかき消え、光を失った七星が手からぬけ落ちて地に転がった。

(な……んで……?)

 それは絶対に、自分にむかって来るはずのないものだった。

 決して見間違えはしない、忘れもしない……それは、幼い頃からいつも目にし慣れ親しんだ牛車だったから。

 牛車のかたわらを歩いていた少女があっと声をあげた。

「いた! 天翔丸や!」

 耳と尻尾のある童女姿の琥珀が、四つん這いで駆けてきて勢いよく胸にとびこんできた。

「天翔丸、探したよ! あっちの方で天翔丸の匂いを見つけてね、追いかけてきたの。会えてよかったぁ」

 琥珀は喜びをあらわに胸に頭をぐりぐりとなすりつけてきた。

 天翔丸は琥珀に声をかけることもできず、近づいてくる牛車に目を奪われて呆けたように立ちつくす。牛車は目の前まで来て停まり、従者の忠信によって御簾がするすると開けられた。

「……ーー!」

 天翔丸は身震いして大きく息をのんだ。

 夢に見るほど思い焦がれた母が、そこにいた。

(なんで……? どうして母上がーー)

 声が出せずに頭の中をめまぐるしくまわる疑問に、琥珀が答えた。

「天翔丸、この人は紅葉さんっ。うちを助けてくれて、おいしいご飯も食べさせてくれたんよ。天翔丸のこと話したらね、会わせてほしいって言うから一緒に来たの」

 母は忠信の手を借りながらゆっくりと牛車から降りる。見えない目でこちらをまっすぐ見るようにして、そして言った。

「申し訳ありません。本来ならば、こちらから御山へ赴きうかがいを立て、許可を得てから拝謁するのが筋ですが、そちらの琥珀から都へおいでになっていると聞き及びまして。病弱ゆえに都を離れられない身なれど、山の主にお会いするという僥倖(ぎょうこう)にめぐりあえるのではと思い、失礼を承知で参りました。非礼をお許しくださいーー鞍馬天狗」

 とてつもなく他人行儀な口調でうやうやしく頭をたれた。

 その姿を見たとたん、天翔丸はわっと声をあげて泣き、その場にくずおれた。

 神仏か殿上人に拝謁するように頭をさげる母の姿に、思い知らされた。

 昔のように母の手をとりながら共に歩いていきたいと願い都へ来たが、もうとっくに歩む道は異なっていたのだと。

 もう棲む世界が違うのだと。

 どれだけ願っても、何をしても、もう母のそばにはいられない。自分を狙って襲い来るものたちが母に危険をもたらしてしまうから、自分から駆け寄っていくことはできない。自分の意志を越えて噴き出す力が母を傷つけてしまうかもしれないから、近づくこともできない。母が目の前にいるのに、その手にふれることすら恐くてできない……もう二度と。

 いま会えたところで先には別れしかない。

 なら、いっそ会えない方がましだった。

 もはや考えることも顔をあげることもできなかった。支えとなっていた母への思いは無慈悲な宿命に砕かれて跡形もない。悲しみに胸を引き裂かれ、打ちのめされ、天翔丸は慟哭(どうこく)した。

 琥珀は大きな目を見開き、初めて見る天翔丸の涙におろおろとする。

「て、天翔丸……? どうしたの? どこか痛いの?」

 天翔丸は嗚咽するばかりで何も答えられなかった。

「天翔丸、泣かないで……天翔丸が泣くと、うち悲しいよぉ……」

 琥珀は大粒の涙をこぼして一緒に泣いた。

 八雲は冷ややかに見やるのみ。

 陽炎はそばへ行き、震える背に手をのばすが触れることをためらい、かける言葉もなくただそばでその姿を見つめるにとどめる。

 主の悲痛な嘆きをその山に棲むものたちには止められなかった。

 それを止めたのは音だった。

 耳に流れこんできた音に、天翔丸ははっとして顔をあげた。

 母が目を閉じゆるやかに笛を吹いていた。

(母上の笛……これが……?)

 母の笛を聞くのはもちろん初めてではない。幼い頃から何度も耳にしていたし、この曲も知っている。なのに、なぜか初めて聴くような気がした。初めて耳にするような感動が胸にひろがっていく。

 いたわるような優しい笛の音は空高くまで飛んでいき、大地にまでしみ入り、天翔丸の身体の奥深くまで響きわたる。

 終わることはないと思った激しい悲しみや苦痛がみるみる和らいでいき、心が鎮まっていくのを感じた。聴き入っているうちに、いつの間にか涙は引いていた。

 やわらかな余韻の中、母が一曲を終えて笛を下ろすと、琥珀が自分の姿を見てとびあがった。

「あれ!? うち、猫又になってる!」

 童女姿だった琥珀が大きな猫又の姿になっていた。

「なんで? どうしてぇ?」

 首をかしげる琥珀に、母が少し申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい、琥珀。それはわたくしの笛のせいです。わたくしの笛の音はあらゆる力を緩和してしまうので」

「かんわ?」

「妖力、法力、霊力、神通力……そういった特異な力をゆるめてしまうのです。そのせいであなたの変化が解けてしまったのですよ」

 八雲が驚きをあらわに声をあげた。

「莫迦な! 霊力が……使えない!?」

 強い霊能力を誇る除霊師が力が出てこない己の掌を見て動揺している。

 天翔丸も掌をひろげて力を入れてみた。だがいくら力を入れても光は出てこず、神通力がまったく使えなくなっていた。

「力を無とする力……これが『物怪退治の笛』の正体か」

 追及するような八雲の言葉に、母はうなずいた。

「はい。笛によって一時的に力が無となり、ものの気配がうすくなるために物怪を退治していると思われているのです。笛の音を聞いた方々は恐れやおびえが減退し、そして余韻が消えれば力は元通りになります」

 話しているうちに余韻は消え、天翔丸の手からまた神通力の光が出てくるようになっていた。

 八雲は警戒をあらわに問いかける。

「なんのための力だ?」

「それはわたくしにもわかりません。笛を吹きはじめたときにはすでに備わっていた力ですので」

「その力で何をしようとしている?」

「願わくば、癒しを。この世は苦難多き世なれど、ひとときでもこの笛の音で皆さんをなぐさめられたらと願いながら、それを志として吹きつづけています」

 母の志はすでに達っせられていると、天翔丸は身をもって実感した。

 神通力をもっている今だからこそわかる。悲嘆に涙していたからこそ、よりその音が心にしみた。母の笛の前ではあらゆる力がなくなり、争いがなくなり、痛みも怒りも悲しみも消える。

 これは癒しの笛だ。

 八雲はうなるように言った。

「人知を超える力だ……あなたは本当に人間か?」

「そのように疑われたことはこれまでに何度もあります。いまは皆さんから喜ばれ請われるこの笛も、昔は不吉な笛だと忌まれ、吹き手であるわたくしは化物とそしられて幽閉されました」

 え、と天翔丸の口から力ない声がもれた。

 琥珀が無邪気に問いかける。

「ゆーへいって何?」

「閉じこめられて自由を奪われることですよ。昔、ここ蓮台野に牢があり、わたくしはそこで何年もすごしました」

 衝撃的な母の過去に、天翔丸は背筋が凍る思いがした。

 初めて聞く話だった。貴族の血筋に生まれた母であるから、広い邸で舎人たちに囲まれて穏やかに暮らしてきたのだと思っていた。苦労とは無縁と思えるほど、母はいつも明るく穏やかに微笑んでいたから。

「閉じこめられるの、嫌やなかった?」

 屈託のない琥珀の問いに母は率直にうなずいた。

「とても嫌でしたよ。笛を吹くのをやめれば出してやると言われましたが、従うことはできませんでした。わたくしにとって笛を吹くことは唯一の生きがいでしたから。何度も牢から逃げだそうとしましたが、力もなく目も見えないためにそれもかなわず。時折やってくる人たちには石を投げられ、化物とののしられーー」

 天翔丸は母に駆け寄り、その手をにぎって叫んだ。

「化物じゃない……!」

 母は淡々と語るが、その苦難に満ちた生い立ちを想像するだけで胸が苦しくなる。何か励ましや慰めとなるようなことを言いたかったが、ただ泣くことしかできなかった。

 するとうれしそうに母がつぶやいた。

「お優しい方……わたくしのために泣いてくださるのですね」

 思わず母の手にふれてしまっていたことに気づき、天翔丸はあわてて手を離そうとしたが、母は両手で包みこむように手をにぎってきた。

「このお手で救われる者は多いことでしょう。心優しい主に恵まれ、鞍馬山には末永く安泰がおとずれましょう」

「それは俺の望みじゃない」

 声を押し殺すようにして天翔丸は言った。

「俺の……私の本当の望みは、山の主になることではありません」

 本当の望みが喉から出かかる。

 母とーーあなたと暮らしたい。

 だがいまそれを言っても何もならない。言ってもその願いがかなうことはなく、母を困惑させるだけだ。わかってはいたが、母の手のぬくもりにふれているとあきらめきれない思いがこみあげてくる。葛藤しながら懸命にこらえていると、母が言った。

「琥珀から聞きました。あなたは翼のない天狗なのだそうですね。あるはずのものがないーーそれだけで差別を受けたり、理不尽な困難がふりかかってくることもあるでしょう。お悩みや苦しみが多いことと思います。でもそんなあなただからこそ、同じような思いをしている弱き者たちの気持ちがよくおわかりになるはず。わたくしを思いやってくださったように、ご自分が苦しいときでも他者をいたわる優しさをもっているあなたのような方が山の主になった……天の配剤のように思います」

 天翔丸は母の言葉をじっと聞き、そのいわんとすることを考えた。

「主となる宿命を受け入れろとおっしゃるのですか?」

「それも道かと。いまはつらいことでも、過ぎ去れば懐かしい思い出となるものですよ。実際、わたくしがそうですから」

「思い出? 幽閉されたり、迫害されたりしたことがですか?」

「はい」

「そんな過酷な宿命を背負わされて、嫌になることはなかったのですか?」

「もちろんありましたよ。なぜ自分がこんな目に遭わなくてはならないのか、宿命だというにはあまりに無慈悲ではないかと、昔は自分の境遇を恨み、すべてに嫌気がさして自暴自棄になったことも。でも悪いことばかりではないと、あの方とお会いして思ったのです」

「あの方?」

「昔……牢の中で笛を吹いていたとき、わたくしはある方と出会いました。その方は闇夜をも見通せる優れた目をもち、天まで軽々と飛翔できるほど強く大きな翼をもった天狗でした」

 天翔丸ははっと息をのんだ。

 その天狗が誰なのか、すぐにわかった。

 自分の本当の父親だという天狗ーー先代の鞍馬天狗、威吹だ。

「目を開けばあらゆる物を見ることができ、翼をひろげればどこへでも飛んでゆけるその方が、わたくしはうらやましくてなりませんでした。でもうらやむばかりのわたくしに、その方はこうおっしゃったのです。『この目で見えるものなどたかが知れている。闇を見通せる眼力があっても、この世を見渡すことはできぬ。いざ見渡そうと翼をひろげて天空高くから眺めても、それでは地上から離れすぎて何があるのかかえって見えなくなってしまうのだ』」

 母は胸に手をあてて、そこに刻まれている言葉を一つ一つ丁寧にとりだすように語った。

「『目の見える者が見えない者より優れているとは限らない。目の良い者ほど目に頼り、接触もせず、考えもせず、ろくに聞きもせず、見た目を重視して物事を判断する傾向がある。そんな輩は己のせまい視野がこの世のすべてであるかのような錯覚を起こし、眼下のものを見下して愚かな偏見をうみだすのだ。同様に、翼ある者が自由に飛べるとは限らない。天狗という種族は翼をもっていながら護山や一族の掟にしばられて飛び立つ意志を失っている。己の山に籠って翼を萎えさせる者が多いのが実状だ。目が見えるか否か、翼があるか否か、どちらもその者の価値を左右するものではない。要は心だ。そなたは盲目だが真実を見抜く心眼をもっている。翼はなくとも、苦難に折れない強靭な精神をもっている。他の誰にも吹けない心に届く笛を奏でることができる。いずれもなにものにも代え難い価値ある至宝だ。その心の目と心の翼を失わずに笛の音をこの世に響かせることができたならば……紅葉、そなたの魂は翼をもつ私よりも遥か高みへと羽ばたけるであろう』」

 長い言葉を一度もつかえることなく、母は静かに語り終えた。

 思い出の余韻をかみしめているような母の顔を、天翔丸はじっと見つめた。

 幼い頃から母に付き添いながら、さまざまな人々が盲目の母にかける言葉の数々を聞いてきた。目が見えないことへの口先だけの励まし、同情、哀れみ。

 威吹の言葉はどれにもあてはまらなかった。

 これは母へのおしみない賛美だ。

 威吹と母の間にどのような物語があったのか知らないし、威吹が語ったという言葉のすべてを理解できたわけではない。だが遠い昔に天狗からもらった言葉を宝物のように語るさまから、母の想いが伝わってくる。

「あの方から……威吹様からお言葉をいただいて、気づきました。自分を苦しめていたのは牢に閉じこめた人や石を投げてきた人ではなく、自分の宿命を悲観して嘆きうずまってる自分自身の心なのだと。そして自分にないものを数えて嘆くのではなく、あるものを誇りにして生きていこうと……そう思ったのです」

 母は優しく、しっかりと手をにぎってきた。

「あなたにも誇るべき尊いものがあります。山の主だということだけでなく、その慈悲深いお心、この温かいお手、そして偉大なお力……あなたのすべてがこの世の宝なのだとわたくしは思います」

 母の言葉は天翔丸の胸に心地よく響き、身にしみた。父の言葉が母を支え、その言葉をもって母が自分を励ましてくれている。なんだか父と母二人から激励されているような気がして、

(あぁ、俺は望まれてこの世に生まれてきたんだ)

 そう確信できた。

「翼のない天狗だからこそできることがあるのかもしれません。それを探してみてはいかがでしょう。きっと楽しいと思いますよ」

「楽しい……?」

「あなたはお一人ではないのですから」

 母はまわりを見るように顔を動かした。追って視線を動かすと、自分のまわりには琥珀がいて、八雲がいて、胸元には雲外鏡がいて、そして陽炎がいた。

「どんな道でも、共に歩いてくれる方々がいれば存外楽しいものですよ」

「それが険しい道だとわかっている道でもですか?」

「どんな道か、実際に歩いてみなければ意外とわからないものですよ。先になにがあるのか、行ってみなければわかりません。ですがわたくしは思うのです。わからないからこそ、生きることはおもしろいーーと」

 そう言って母は、心から楽しそうに、笑った。

「は……あはははっ」

 母の言葉が風のように吹きぬけて心によどんでいた澱をふきとばし、爽快な気分になって天翔丸は母と一緒に笑った。

(都へ来てよかった)

 なぜ自分が、どうしてこんな目に遭わなければならないのかと嘆いていたが、少し見方を変えてみれば。

 阿闍梨を通して呪符の疑問がとけて事の真実を知る事ができた。吉路と会ってこの世には不思議な能力があるのだと知った。奇門遁甲という珍しい結界を巡り、安倍晴明という友達ができた。七星の使い方をいくつか新たに会得し、襲いくる死物たちに対抗できる力が自分にあることがわかった。

 得たもののなんと多い一日だったことか。こんな一日を経験できたのは鞍馬天狗であったからこそだ。

(母上に会えてよかった)

 都で平穏に暮らしていたらきっと知らないままだっただろう。母の過去、威吹の言葉、そして母がこんなに好奇心旺盛で心の強い人なのだと、別離したからこそこうやって知る事ができたのだ。

(母上の子で……よかった)

 死霊や物怪が寄ってくる息子をもって苦労をかけたにちがいないと申し訳なく思っていたが、母はそれさえも喜びにかえて生きてきたのだといまならわかる。そしてこれからも、誇りを胸に楽しみを見つけながら生きていくだろう。

 幼い頃から母の手を引いて導いていたつもりだったが、手を引かれていたのは自分の方だったようだ。目が見えなくても、誰に手を引かれなくても母は力強く歩いている。

「あぁ、申し訳ありません。さしでがましいことばかり言って。天翔丸という名をもつあなたに会えたのがうれしくて……まるで息子のような気がして、つい」

 思いがけない母の言葉に、天翔丸はどきりとした。

「それはどういう……?」

「わたくしにはひとつ夢があるのです。おかしなことだと笑われるでしょうが……もしも息子を授かることがあるのなら、『天翔丸』と名付けようと決めているのですよ。天を翔けるようにのびやかな心をもった子になるように」

 天翔丸の胸いっぱいに喜びが満ち、あふれた。

 たとえ忘れ去られていても、この名こそが母から愛された確かな証。

(俺は恵まれている)

 これからは名を呼ばれるたびにそれを感じることができる……そんなかけがえのない一生の宝物をもっているのだから。

 そのとき母の肩が小さく震えた。背後に控えていた忠信が進み出てきて母の肩に打ち掛けをかける。

「紅葉様、そろそろ」

 忠信の提案に異議はなかった。真冬の早朝だ、この寒さの中に長くいては母の身体に良くない。

「寒さがお体に障ります。……このへんで」

 天翔丸のうながしに母はうなずいた。

「はい。至福のひとときをありがとうございました。お会いできて本当にうれしゅうございました」

「私もです」

 天翔丸は母の手をにぎって立たせ、自ら母の手を離し、あとを忠信にまかせた。そして牛車にのりこんだ母に万感の思いをただ一言にこめて告げた。

「お元気で」

 母も微笑みながら一言で答えた。

「あなたも」

 遠ざかって行く牛車を天翔丸は晴れやかな気持ちで見送った。

 胸に痛みがないと言えば嘘になる。母への思いは完全には消しきれないし、やはり未練もある。だがそれらに縛られるのではなく胸の内に抱えて。

 母が母の道をゆくように、自分は自分の道へ。

 ーー羽ばたきなさい、天翔丸。

 以前、母に言われた言葉が脳裏に響き、天翔丸は天を仰いだ。

 胸に新たな望みが生まれた。

 母のように広い視野をもって、心の翼を広げて、この世を眺めてみたい。この名に恥じないように生きて……羽ばたきたい。

(羽ばたけたら、楽しそうだ)

 天翔丸は自分を縛っていた自分の心がするするとほどけて解放されていくのを感じながら、両手を天にむかって広げ大きく背伸びをした。

 そのとき背後から声がかかった。

「天翔丸、修行をします」

 ふりむくと、陽炎が地に落ちていた七星をもち、柄を胸元に押しつけきた。

「あなたには一刻も早く七星を自在に使えるようになってもらわなければなりません。白夜がこの世にいるのだとすれば、必ず鞍馬山と鞍馬天狗の命を狙ってきます」

「白夜?」

「死物の主であり、武神と称されていた先代の鞍馬天狗が強敵と呼んでいた狂骨です。花咲爺のような生易しい相手ではありません。白夜にはどんな力も術も通じません。唯一、七星でしか対抗できない」

 陽炎は選択を許さない厳しい声で断じた。

「鞍馬山へ帰ります。拒むことはなりません」

「もう拒まねえよ」

 天翔丸は七星を受けとって鞘におさめると、その場にいる者たちに宣言した。

「俺は、鞍馬山の主になる」

 琥珀が目をぱちくりして首をかしげた。

「天翔丸は主やなかったの?」

「なりゆきでな。いままでは嫌々やってたけど、これからは前向きにがんばってみようと思うんだ」

 八雲が探るように見てきた。

「気まぐれで主をやるつもりか?」

「気まぐれか。そうかもな。でも、もう流されたくない。主になるのが宿命なら、逃げるんじゃなく立ちむかっていく。俺は、俺の意志で鞍馬天狗をやる」

 力強い宣言に青い瞳が感極まってゆれる。陽炎は身をのりだすようにして鞍馬天狗の出発をせかした。

「ではーーでは、早く鞍馬山へ」

「その前に、陽炎、おまえに聞きたいことがある」

 天翔丸は陽炎と向き合ってその顔をまっすぐ見上げた。にらむのではなく視線に視線を重ねて、怒鳴るのではなく語りかける口調で、そうやって陽炎と話しあう姿勢をとる。

「おまえはどうして鞍馬天狗を待っていたんだ?」

「鞍馬山を護るために必要不可欠な存在だからです」

「どうして山を護るんだ?」

「護山を護るのが守護天狗の義務であり、あなたの役目です」

「聞いているのは俺のことじゃなくて、おまえのことだ。十五年も鞍馬天狗を待って、いまも毎日その修行をして……護って。そこまでして、どうしておまえは鞍馬山を護ろうとしているんだ?」

 打てば鳴るように返ってきていた陽炎の声が、そこで止まった。

「花咲爺はおまえを鞍馬の眷属と呼んだな。おまえは先代のーー威吹の眷属だったのか?」

 先代に仕えて山を護っていた眷属が、かつての主の遺志をついで新たな鞍馬天狗を育てている。それなら納得がいくし、そういうことなのだろうとなんとなく思っていた。

 だが陽炎は首を小さく横にふった。

「いいえ、違います。花咲爺は鞍馬天狗であるあなたのそばに私がいたのを見て、眷属だと勘違いしてそう呼んだのでしょう。守護天狗の眷属になるには資格がいります。私にその資格はありません」

「じゃあ何なんだ?」

 天翔丸は一言も聞きもらさないように耳をそばだて、一瞬の変化も見逃さないように目をこらし、全神経を陽炎に集中してすべてを集約した疑問を投げかけた。

「陽炎……おまえは何者なんだ?」

 花咲爺や死物たちとまがりなりにも渡り合えたのは、この男の厳しい修行があったからこそだといまならわかる。命がけで護られたり、眷属のように共に戦ったり、今日にいたるまでのこの二月で見てきたその行動はすべてが鞍馬天狗のためにあったといっても過言ではない。

 しかしなぜ陽炎がそうするのか、その理由がわからない。

 これから自分が歩んでいこうとしている険しい道行きに、おそらくこの男も同行してくるだろう。だが共に歩んでいくにはあまりに得体が知れなさすぎる。

 この男はいったい何者なのか? 過去に鞍馬山および鞍馬天狗とどのような関わりがあったのか? その目的は? そして心の内にあるものはいったい何なのか?

 鞍馬天狗としてすべきことは多々あるだろうが、なによりもまず、陽炎のことを知らなければならないーーそう思った。

 陽炎はしばしうつむき、重い沈黙をおいて口を開いた。

「私は……ーーあなたの復讐相手です」

 その返答に天翔丸は瞠目した。いまこのときになぜそれを言うのか。こちらが復讐を中断し、正面きって話し合おうとしているこのときに。

 聡明な男であるから、こちらの質問の意図はわかっているはずだ。わかっていてこの返答ーーこれは拒絶だ。

「いいのか? おまえは……それで」

「それが事実でしょう」

 取りつく島もない冷たい言いようだった。

 天翔丸にはまったく理解できなかった。いくら突き放してもどんなに憎しみをぶつけてもつきまとってくるくせに、こちらが歩み寄ろうとするとなぜ拒絶するのか。氷のような蒼い双眼を覗きこんでみたがそこには何の感情も見えなかった。

「……そうだな」

 天翔丸は低い声でつぶやいて陽炎から顔をそむけた。陽炎のことをきちんと知ろうと思ったが……当人がそれを望んでいないようだ。

 天翔丸は陽炎に背をむけ、琥珀と八雲にむかって言った。

「帰ろう、鞍馬山へ」

「うんっ」

「ふん、おまえに言われなくても」

 朝霧の中を、鞍馬天狗を先頭にその一行が護山への帰途につく。

 琥珀が上を見て、あっと声をあげた。

「天翔丸、桜が枯れてるよ」

 見上げると満開の桜が急速に枯れていた。美しい淡紅色の花びらがみるみる茶色になり、付け根が腐って花がぽとぽとと落ちていく。花だけでなく、広がっていた枝がぱきぱきと音をたてながら折れて、樹皮がはがれ太い幹までもが自ら裂けて塵になっていく。

 八雲がそれを眺めながら無情に言った。

「花咲爺が(たお)れたからだ。その能力で狂わされていた桜が、元にーー死に還っている」

 天翔丸は小さく身震いした。満開の桜が枯死していくうすら寒い光景にぞっとしたのか、それとも陽炎の緊張がうつったのか。背後で周囲に鋭く目を配るその様子から、ただならぬ事態がせまっていることが伝わってくる。

 花咲爺はそれなりに手強い相手だったと思うが、それが生易しいとは。

 死物の主とは、いったいどんな狂骨なのだろうか。

(白夜……か)

 見知らぬ相手のその名の響きに胸の奥が妙にざわめく。

 朽ちゆく狂い桜の並木道で、天翔丸は宿敵となる狂骨の名を知った。



                          (終)

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[良い点] ありがとうございます。 三章を公開していただき、、・゜・(つД`)・゜・ 押入れの片付けの際に、1,2巻を見つけ、ふとwebで検索したらここにたどり着きました。(1日遅れのクリスマスプレ…
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