十五 死霊の宴
光あるところに闇があるように、生には必ず死がつきまとう。
華やかな平安京でも毎日欠かさず死者が生まれ、住まう生者が多いがゆえに死者の数もおびただしい。日々生まれる無数の屍は都の外に点在している葬送地へと運びだされ、土地の広さと運びこまれる死者の数でいえば北の蓮台野、西の化野、そして東の鳥辺野が三本の指に入る。
鳥辺野は生前身分の高かった死者が多く運びこまれるため、贅沢にも棺に入っている死体や丁重に埋葬される死体も少なくない。貧者や庶民の死体は野ざらしに放置されるのみであるが、しかしどのように葬られようとどれも結局は身が腐り落ちて骨となる。
誰もが平等に、必ず死んで、骨になる。
時がたてば骨は土へと還るが、鳥辺野ではあまりの死者の多さに土に還る間がなく、骨は幾重にも積まれ、折り重なっていた。地表に見える骨がすべてではなく、その下にも、またその下にも、骨は地層のように続いている。
人々は本能的に死を忌み嫌い、死に満ち満ちている鳥辺野を誰もが足早に立ち去るものであるが、そこできらびやかな僧衣と袈裟をまとい一人酒をあおっている生者がいた。鞍馬寺の住職、八雲である。
(ちっ……おもしろくもない)
自他共に認めるその美貌は不機嫌な表情をしている。鞍馬天狗を退治すると豪語していた阿闍梨や僧侶たちはあっさり撃退され、期待していた安倍晴明にいたっては穏便に話し合いですんだばかりか、挙げ句、友達になってしまうというふざけた結末だ。
(ふん……結局、陽炎の宣言どおりになったな)
私が阻む、という宣言通り、陽炎は見事に鞍馬天狗を護りぬいた。
鞍馬天狗のために己のすべてを投げうっている陽炎に思い知らせてやりたかったのに。この程度の謀略で墜ちる莫迦な主なのだと、主などに忠義を尽くすのは愚かなことだと、嘲笑ってやりたかったのに。
しかし陽炎は鞍馬天狗に失望するどころか、ますますのめりこんでしまったような印象だ。神通力を暴走させる危険きわまりない状態の天狗から離れようとせず、そればかりかより近づいてその暴走を止めた。なんの躊躇もなく。天翔丸の方も、陽炎と協力して戦うことになんの躊躇もないようだった。それがごく自然なことだというように、二人で戦っていた。
どうやら二人を引き離すために掛けた罠で、二人の仲をより強固にしてしまったらしい。こんな滑稽で、苦々しいことはない。
八雲はやけ酒をあおりながら苛立たしげに息を吐いた。
(くそ……なぜ、あいつが)
仕掛けた罠が失敗に終わったことはまだいい。それだけならば想定内のことである。八雲を不機嫌にさせているのは、想定外の出来事だった。
(なぜ、天翔丸が吉路に会えるんだ?)
都の七不思議と称され、語りつがれている小話がある。『冥府の高官・小野篁』、『御所に現れる鵺』など、都を舞台にした話が七つーー『予言師・吉路』はその一つだった。
都の辻に座って道行く者に予言を告げ、その予言は必ず当たるという。予言を告げる妖怪件の化身とも言われるが、その正体は定かではない。
一時期、食うのに困らない高貴で好奇な者たちがこぞってその予言を欲し、吉路を捜索するための軍勢が都中を闊歩したこともある。噂では帝も探していたとか。しかし結局、吉路に会えた者は誰一人としていない。
実は、八雲もそのように吉路を探した一人であった。
所用で都におもむくたびに辻に立ち寄り、日が暮れるまで探し歩いた。そんなことを一年ほど続けても吉路なる者には会えず、よってこの世には存在しないと結論づけた。
それなのに、だ。天翔丸は都に足を踏み入れてすぐに吉路と出会った。いとも簡単に、それも二度も。
(まったく、運だけはいい奴だ)
優れた主は運をも引き寄せるというが。運というものに恵まれたことのない八雲は、自分の運のなさが証明されたようでどうにも不愉快だった。
八雲は竹筒の酒を飲み、いらだたしげに息を吐いた。
(それにしても……吉路の意図は何なんだ?)
「道案内はいらない」などと愚かなことを言う子供などほうっておけばいいのに、吉路はなぜか熱心に天翔丸を口説いていた。
吉路自身は「出会った皆様に最良の道を歩んでいただくこと」が望みだと言っていたが、そんなものは建前に決まっている。良心というものを信じない八雲からすれば、相手の幸福を願うために無料で予言をくだすなどということはありえない。人は己の損得や利害のために動くものである。
吉路の言動にも、必ず理由があるはずだ。
八雲は吉路の言葉をもう一度思い返した。
(陽炎との相性が良いとか、最良の伴侶だとか……)
最初に聞いたときは阿呆らしいと鼻で笑ったが、よくよく考えると、だからかとすんなり腑に落ちることがある。
天翔丸は陽炎を憎み、討つことが目的なのだとはっきりと公言している。復讐するためにその相手から戦うすべを学ぶというゆがんだ関係、ふつうであればもっと険悪になってしかるべきである。なのにどうも険悪になりきれず、ときどき陽炎になついているようにすら見えるのは能天気な性格のせいもあるだろうが、もしかしたら生来の相性が良いから自然と馴れ合ってしまうのかもしれない。
それは陽炎にも言えることだった。あんな無能な子供のどこがいいのかまったく理解できないが、出会っていくらもたっていないのにすでに己の命を投げだせるほどのめりこんでいるのは、鞍馬天狗ということに加えて何かしら性で惹かれるものがあるのかもしれない。
もっとも、二人の相性が良かろうと悪かろうと八雲にとってはどうでもいいことである。問題は。
(それを天翔丸に告げることに、何の意味がある?)
もし、言われたのが自分であったならーーそう仮定して八雲は考えた。
それまでまったく興味がなかった相手でも、相性が最高に良いと言われれば多少なりとも興味が出てくる。最良の伴侶などと言われれば、否が応でも相手を意識するようになるだろう。
(天翔丸に、陽炎を意識させること……それが目的か?)
考えてわかるのはそこまでだった。
(何のために?)
それがわからない。吉路に探りを入れようにも、吉路と会える運は自分にはない。行き止まりだった。
「くそ、忌々しい!」
八雲は手近に転がっていた頭蓋骨を蹴った。八つ当たりされた頭蓋骨は意外にも頑丈で砕けることなくころころと転がっていった。
「ちっ……帰るか」
八雲は飲み残した酒を懐に入れ、腰を上げて鞍馬山へむかって歩きはじめた。
鳥辺野に明確な道というものはない。人が歩けそうなひらけた場所には無数の屍や骨が無造作に転がっている。並の神経をもつ人間であれば足を踏み入れることすらためらう荒野だが、さまざまな修羅場をくぐりぬけ数えきれないほどの死者を見てきた八雲は、そんな風景にも眉一つ動かさない。朽ちた屍をまたぎ、ときおり転がっている骨を蹴りながら、平然とした顔で道なき道を進む。
そのとき、前方から寒風にのって声が聞こえてきた。
「枯れ木に花を咲かせましょう〜」
八雲は反射的にそばの木陰に身を隠し、素早く指を組んで印を結んだ。隠形の術を使い、自身の気配を消す。
「枯れ木に花を咲かせましょう〜、枯れ木に花を咲かせましょう〜」
声はだんだんとこちらへ近づいてくる。
やがて老人の姿が見えてきた。青白い月光の下、老人は陽気に謳い踊りながら灰をまいて花を咲かせ、その回りを飼い犬がわんわん吠えながらこちらも楽しそうに駆け回っている。
いま都でもっとも評判の高い老人を、八雲は興味深げに凝視した。
(あれが花咲爺か)
女たちの話によると、庶民の間でたいそうな人気者となっているらしい。なぜか花咲爺は花を咲かせてくれと頼む裕福な貴族や僧侶の申し出は一切受け付けず、積極的に貧しい人々の周辺に桜を咲かせている。庶民の中にはなんと慈悲深いお方だと感激して涙する者もいれば、その不思議な力から神の化身だと崇める者もいるらしい。
誰もが歓声をあげて喜ぶというその妙技。確かに見事であるーーが。
八雲は灰をまく老人をじっと観察し、鼻で笑った。
(ふ……やはりな)
ぱっと見、花咲爺はただの老人にしか見えない。おそらく厳しい修行を積んだ陽炎ほどの霊能力者でも見破るのは難しいだろう。だが絶えず死の気配の中で生きてきた八雲の目には、その正体がはっきりと見てとれた。
(俺の目はごまかせんぞ。いくらそれらしく生気をまとっていてもな)
力のある死物ほど、その気配『死気』をうまく消すことができる。人間のように動き、生きているように生気をまとっているが、あれは偽りの生気。
(花咲爺はもう死んでいる。ーー死物だ)
枯れ木を甦らせるなど、ふつうに考えたらまずできるはずのない芸当だ。もし本当にできる者がいるのだとしたら、それはこの世の者ではないと思っていたが、予想は的中したようである。
「皆さぁん、こ〜んば〜んはぁ〜」
花咲爺の呼びかけに応えて、周囲がぼうっと光りだした。光といっても明るさはなく、青白いものや黒ずんだものーー大量の燐火が、草葉の陰や地中から次々と湧いて出てきた。
ただの燐火ではない。その火勢は強く、火の形から生前の姿である人の姿に変じていく。それぞれが強い死気をもっており、口から吐きだされる毒気は濃い。死霊たちは毒気をまき散らしながら声を発した。花咲爺、花咲爺、花咲爺ぃぃぃ……その名を連呼して歓迎し、こんばんは、こんばんは、こんばんはぁぁぁ……低い声を鳥辺野に響かせる。
集まった死霊たちに、花咲爺は陽気に挨拶した。
「宴へようこそ〜! 今宵のさしいれは、元気いっぱい、とっても活きのいい人間の子供三人でぇ〜す」
花咲爺が後ろにむかってちょいちょい手招きをすると、後をついてきていた三人の幼い少女が進み出てきた。貧しい身なりをした三人はうつろな目をし、夢遊しているのかその表情は楽しげだ。
「はいっ、お目覚めなさい」
言って、花咲爺はぽんと手をたたいた。
瞬間、操られていた少女たちの目に正気の色が戻った。夢から覚め、あたりを見回す。なぜ自分たちが葬送地にいるのかまるでわかっていないようで、無数の死霊たちに包囲されていることに気づくと、三人は甲高い悲鳴をあげた。
花咲爺は耳を澄ませて悲鳴を堪能し、うんうんとうなずいた。
「いい悲鳴だぁ。張りがあって、恐怖に素直で、やっぱり子供の悲鳴が一番ですねぇ」
無力な少女たちは互いに抱き合い泣きじゃくりながら、助けて、助けてと人間の姿をしている花咲爺に助けを求めた。
花咲爺は優しい笑みを浮かべながら子供たちに問いかけた。
「助けてほしいかい?」
少女たちは泣きながらこくこくとうなずく。
「死にたくないかい?」
何度もはげしくうなずく少女たち、花咲爺は笑いながらその懇願を思いっきり断ち切った。
「だぁぁぁめぇ〜! おまえたちはこれから喰われるんだよぉ〜!」
少女たちの顔が絶望に引きつり、悲鳴が最高潮に高まった。
花咲爺はその悲鳴にうんうんと満足し、そして死霊たちにすすめた。
「ささ、どうぞめしあがれ〜」
死霊たちが一斉に子供に群がり、争ってその生気を吸いだした。少女の活き活きとした輝く生気が、死霊たちの口へ吸いこまれていく。
おぞましい光景を八雲は無表情な顔で眺めながら一人うなずいた。
(なるほど。そういうことか)
花咲爺が貴族や僧侶たちを相手にしない理由がわかった。
貴族は死霊を駆逐できる術師を金で雇える。僧侶の中には死霊を祓える力をもつ者がいるから、危険を避けて寺院にも近づかない。対して、庶民はまったくの無防備である。金も力もない庶民の中へにこにこと笑いながらもぐりこみ、灰をまき花を咲かせて人間を集める。その妙技に引かれて、特に好奇心旺盛な子供はいくらでも寄ってくるだろうから、そこから美味そうな生気をもつ獲物をゆっくりと探せばいい。要するに弱いもの狙いだ。効率的に良き獲物を捕らえる、理にかなった狩猟方法である。
そんなことを分析しているうちに、少女は三人とも生気を吸いつくされ、事切れて倒れた。八雲は黙祷し、死霊の餌食となってしまった憐れな少女たちの死を悼んで、心の中で一言つぶやいた。
(南無)
省略した経を唱えて僧侶としての義務をすませ、また死物たちの饗宴に目を戻した。
「腹ごなしもすんだところで、さぁ、今日は何をして遊びましょうか?」
花咲爺の呼びかけに、死霊たちは身をのりだすようにして答えた。
「怪談が聞きたい」
「そうだ、花咲爺の怪談がいい」
それがいい。それがいい。そうしよう。そうしてくれ。
さざ波のように広がる死霊たちの声は喝采、狂い桜がざわざわとゆれる音はまるで拍手のようである。
死霊たちの熱い要望に、花咲爺はにこやかにうなずいた。
「わかりました。では今日はとっておきの恐い話をお聞かせしましょう。本当にあった、恐〜〜い話をね」
八雲は吹きだしそうになるのをこらえた。
なんともおかしな話である。怪談は、人間が死霊や妖怪を恐れるがゆえに語る話であるのに、その当人たちが怪談に興じるとは。
(おもしろそうだ)
死物たちにとって恐い話とは、どのような物語なのだろうか。
身の安全を考えれば、彼らに見つからないようこの場から立ち去ることが最善なのだが、八雲は好奇心にかられしばらく見物することにした。
満開の狂い桜の下で死霊たちが車座になり、その中心で花咲爺が怪談を語りはじめた。
「むかーし昔、この世にそれはそれは恐ろしい生物がおりました……その生物が現れるのは、ちょうど今日のように月の光が弱々しく、闇が濃い夜。こんなふうに死物が集まって宴をしていると、その死気を嗅ぎつけて現れるのです。音もなく気配もなく、いつの間か……背後に立っている」
死霊たちが思わず己の背後をふりかえる。
臨場感あふれる語り口で花咲爺はつづけた。
「皆さんはこう思っているでしょう? どんな生物が来たって大勢でいるから大丈夫、皆でむかっていけば恐くない。でもその生物は、死物が多ければ多いほど喜ぶのです。なぜなら、その生物にとって私たち死物は餌だからです。ごちそうを眺めるように私たちをぐるりと見回して、舌なめずりをしながらこう言うのです。『世迷いし死物ども、今宵はおまえたちで我が牙の飢えを満たそう。ーー死に還れ』。そして次の瞬間……死物は一躰残らず消えてしまう」
まさか、とつぶやいた死霊の言葉に花咲爺がつづける。
「信じられないって? ええ、お気持ちはよぉくわかります。でもこれは本当の話なんですよ。都の北に、この鳥辺野と同じくらい大きな蓮台野という葬送地があるでしょ? あそこは一度、その生物によってすべての死物が喰いつくされてしまったそうな」
武者の姿をした勇ましい死霊が強気に言い放った。
「そんな奴、毒気を吹きつけて殺してしまえばいい!」
無理ですね、と花咲爺は即答した。
「その生物は武術に秀で、神がかった強さゆえに武神と称されるほど。出会ってしまったら最後、あっという間に葬られ、毒気を吹きかけるのは不可能でしょう」
今度は文官らしき姿の死霊が知略を提案した。
「ならば眠っている隙に呪詛をかければいい。どんな強い生物であっても、眠らずにはいられないからな」
そうだ、それでいちころだ、と声があがる。
その案にも花咲爺は首を横にふった。
「隙を見つけることは大変難しいですよ。その身辺は常に屈強の眷属たちに護られていますから。こっそり近づこうものならたちまち眷属に見つかって、返り討ちにあってしまうのがおちです。戦いを挑むのは愚かというものです」
死霊たちはうなりながら考えこむ。
「なら、暗闇にまぎれて隠れよう。草葉の陰で息をひそめてそいつが通りすぎるのをじっと待つんだ」
そうだ、隠れよう、とあがる声を花咲爺はまたしても否定した。
「隠れても無駄ですよ。その生物は金の双眸をもち、どんな濃い闇でも見通してしまうんです。いくら息をひそめても、鋭い感知能力でわずかな死気をたどられ見つけだされてしまうでしょう」
「じゃあ、逃げるしかないか」
そうだ、逃げよう、と声があがるが。
「それも無理ですねえ。その生物の背には大きな翼があり、疾風のように天空を翔けることができますから。いくら頑張って逃げてもあっという間に追いつかれて……」
花咲爺は首をちょんぎる仕草をした。
対処法を次々と却下されて、死霊たちは深刻に黙りこくる。それにとどめをさすように、花咲爺は恐い声で言った。
「あれは死物を喰らう獰猛な獣です。金の双眸ににらまれたらもうおしまいですよ。牙のごとき光り輝く剣で、どんな死物も瞬時にあの世へ送られてしまうのです。長くこの世に息づいている死物の間でささやかれております。あれは死物にとっての災厄、恐るべき最強の天敵だと」
死霊たちは青白い顔を見合わせ不安げにつぶやいた。
「恐ろしい生物がいるのだな……」
「草葉の陰でおちおちひそんでもいられぬ……」
「もしその生物と遭遇したらどうすればいいんだ……?」
花咲爺が地を這うような低い声で答えた。
「死に還るのみ」
墓場がしぃんと静まり返った。その生物の恐ろしさに、凍りついたように死霊たちは息をつめる。
まるで葬式のような重苦しい空気を、花咲爺は明るい笑い声で破った。
「ほっほっほ、ご安心を。これはたんなる昔話です。その生物はとうの昔に翼を折られて息絶えました。もはやこの世にはおりません」
縮こまっていた死霊たちが一斉に安堵の息を吐いた。
「ではこの世に我らの天敵はいないのだな?」
「恐れるものはないのだな?」
はい、と花咲爺はうなずいた。
「我らの前途は揚々です。未来は明るい。皆さん、生物を存分に喰らいましょう。生物を喰らえば死物が増え、仲間が増える。やがてこの世は死物のものとなるでしょう。めでたし、めでたし」
めでたい話の結末に、拍手喝采がわきおこった。死物たちがやんややんやと騒ぎたて、その口から発せられる毒気があたりの空気を真っ黒に染める。
八雲は毒気を吸わないよう己の肩で口をふさいだ。
(生物を喰いつくし、この世を死物の世と変えるつもりか)
都の周辺の葬送地には燐火や屍や骨が際限なく山のようにある。もし、それが一斉に動きだして生物を襲いだしたら……本能からくるかすかな動揺が、印を結んでいた手をゆるませた。
刹那、八雲ははっとした。
花咲爺の話に聞き入っている間に、いつの間にかその飼い犬が背後に忍び寄っていた。印がゆるんで流れでた生気を嗅ぎつけ、犬は牙をむいて吠えたてた。
「ウゥ〜〜〜ウワンッ!」
花咲爺がくりんと首を回してこちらを見た。
「おやおや〜? そこにいるのはどなたですかぁ〜?」
死霊たちの喝采がぴたりとやみ、その視線が一斉に八雲にそそがれた。