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十四 友の忠告

 安倍晴明の足元には、主人の身を守った式神たちが黒く焦げた紙切れとなって幾枚も落ちている。

「力の余波だけですべての呪符を無力とし、これだけの法力僧を瞬時に気絶させるとは。神通力とは凄まじいものだな、鞍馬天狗」

 天翔丸はきっと晴明をにらんだ。

「鞍馬天狗なんて呼ぶな! 俺はなりたくてなったんじゃないんだ!」

「では何だ? おまえは何者だ?」

 返事に窮する天翔丸に、晴明はくりかえした。

「おまえは、何者だ?」

 天翔丸は拳をにぎりしめた。言い返したい、でも何と言えばいいのかわからなかった。

 自分は何者なのか?

 もう人間とは言えない、かといって天狗とも言い切れない。鞍馬山の主、天狗の子、飛べない天狗、穢らわしい人間、悪しき妖怪、化物……自分にむかって投げつけられた言葉が頭をぐるぐる回る。どれも違和感があり、認められるものではなかった。だからこそ痛切に思う。

 胸をはって言える答が、欲しい。

 天翔丸は考えに考えて、一つの答にたどりついた。

「俺は……俺だ」

 背筋をのばして胸をはり、晴明をまっすぐ見ながら答えた。

「髪が何色でも、人間でなくても、神通力があっても、俺は、天翔丸という俺だ」

 言い切った瞬間、天翔丸ははっと息をのんだ。懸命に考えてしぼりだした答が、自分の言葉ではなく与えられた言葉であることに気がついた。

 ーー髪が何色でも、人間でなくても、あなたはあなたでしょう。

 陽炎のその言葉は憎しみという感情をすりぬけて心に響き、深く沁みた。

 自分は自分。

 それでいいんだ。

 孤独に胸がはり裂けそうだったあのとき、あの瞬間。何もしていないのに忌み嫌われて次々と襲われる中で、自分の存在を肯定してくれた陽炎の言葉に強く励まされていたことを、いまになって思い知った。憎い復讐相手になど決して励まされてはいけないのに。

 なのに……本当はすごく、すごくうれしかったのだ。

 天翔丸は唇を噛みしめた。すぐそばにいる陽炎に悟られないよう、こみあげてくる感情を懸命に噛み殺した。

 静かに返答を聞いていた晴明は、やがて深くうなずいた。

「自分は自分か。そうだな。私も何者かと問われたら、おまえのように堂々と答えるとしよう。私は安倍晴明だと」

 天翔丸は晴明を凝視し、気づいた。阿闍梨たちから感じた敵意や殺気を、この陰陽師からはまったく感じなかった。

「『安倍晴明は狐の子』……いま、大内裏はこの噂でもちきりだ」

 突然の晴明の告白に、天翔丸は目をぱちくりとさせた。

「狐の子……なのか?」

「さあな。自分の母が誰なのか、私は知らないから」

 晴明は空を仰ぐようにして遠くを見つめた。

「物心ついたときには父しかいなかった。父に何度問いただしても『母は死んだ』の一点張りで、母の名すら教えてくれない。だから狐の子だと疑われても、私には否定することができないんだ。本当に狐の子かもしれないからな」

 晴明は人型の白い紙をふところからとりだし、それを軽くふった。瞬間、紙が鳥になり鬼になり、式神に変じる。瞬時に複数の式神をつくりだすたぐいまれな陰陽の術を見せ、晴明は自嘲した。

「この人並みはずれた力に、無理矢理にでも説明をつけたい気持ちはわかるがな。父親からも不気味がられた力だ、他人が薄気味悪く思うのも当然だ」

「そんなの、おまえのせいじゃないだろ!」

 天翔丸は身をのりだして言った。

「すごい力があったって、狐の子だって、おまえはぜんぜん悪くない!」

 そう言ったのは、自分と境遇が似ていたせいかもしれない。だから同情してしまったのかも。でも、自分ではどうしようもできない出生や生まれもった力のことで自分を蔑むのは間違っていると思った。

 晴明は目を細めて言った。

「天狗の子とて、悪くない。そんな理由で調伏されてはたまらないよな」

 天翔丸はこわばっていた心からふっと力がぬけるのを感じた。

 都に、自分の気持ちを理解してくれる人間が、それも物怪退治をおこなっている術師の中に、いた。

 晴明はうつむきながらつぶやいた。

「自分の出生はわからないが、何にせよ私は不義の子なのだろう。父にとって公言することがはばかられる、母からも手放される……生まれることを望まれない子供だったんだ」

 天翔丸もうつむき、ぽつりと同意した。

「俺も……俺も、そうかもしれない……」

 陽炎に先代の鞍馬天狗の子だと言われたときから、ずっと心に引っかかっていた疑問があった。信じるものかと言い張ってはいたが、もしも、万が一、本当に自分が天狗の子であるとしたら。

 貴族の生まれで箱入り娘のように過ごしてきただろう母が、望んで天狗と契ったとは考えにくい。検非違使の立派な夫がいるのに望んで不義をするような人でもない。

 だとしたら……想像するのもおぞましいが、か弱い母は、屈強な天狗に弄ばれてしまったのではないか。でも母は優しい人だから……誰に対しても優しい人だから、望まずに生まれてきてしまった子供でもそうとは言わず、人間にも天狗にもなれない子を憐れんで育ててくれたのかもしれない。

 天翔丸は消えてしまいそうな声でつぶやいた。

「母上は……俺なんかいらなかったのかもしれない……」

 そうでなかったら、呪符を破ったら調伏しろなんて阿闍梨に言うだろうか。

 母と別離したのはやむにやまれずであったが、結果的には母にとって良かったのかもしれない。化物になった息子と離れられ、疎ましい出来事を息子の存在ごときれいに忘れられることができたのだから。

 暗く、深く落ちこんでいきかけたとき。

「おまえは莫迦か?」

 はたくように飛んできた声に、天翔丸はきょとんとした。それが口癖の大鴉が現れたのかと思わず空を見上げるが、そこに鴉はいない。目の前に立つ晴明が、天翔丸をにらみながら言った。

「天翔丸と言ったな。おまえ、歳はいくつだ?」

「え? 十四、だけど」

「私と同い年ではないか。十四にもなって、その()ねた幼子のような態度はなんだ。思考が単純すぎるぞ。少しは頭を使え、莫迦」

「な、なんだとー!?」

 いきり立つ天翔丸にかまわず、晴明はそれをはらいのけるように言った。

「紅葉の君が阿闍梨にもちかけた交渉は、明らかにおまえを護るための駆け引きではないか。対策を講じなければ息子を調伏されてしまう、紅葉の君はそれを防ぐために賭けに出たのだ」

「でも……呪符を破ったら調伏しろって……」

「呪符の封印を破るということは、呪をかけた阿闍梨の力を上回るということ。おまえに、阿闍梨に対抗できる力が備わったという証だ。そうなればいざ阿闍梨が調伏しようとしても、おまえはもう自分の力で自分の身を護れる」

 天翔丸ははっと息をのむ。

「そこまで先を読んでのことだろう。母として子を護るために最善を尽くし、見事に護りきった。賢明で、先見のある方だ」

 天翔丸はすがるように問う。

「晴明……本当にそう思うか? 母上は俺を護るために呪符をもたせて……わざと阿闍梨に調伏しろと言ったと?」

「おまえを見捨てる気なら、赤子のときにさっさと阿闍梨に引き渡しているだろ」

 そうだ。まったくそのとおりだ。

 天翔丸は心からうなずいた。

「紅葉の君は阿闍梨に敵視されている。くわしい事情は知らないが、おそらくおまえのことが大きく関わっているのだろう。阿闍梨は比叡山はもとより、都の寺社を動かす実権をにぎっている権力者だぞ。そんな相手ににらまれながら都で暮らすことがどれだけ大変なことか。それほどまでに護られておきながら、息子であるおまえがその心を疑うとは何事だ。反省しろ、莫迦」

「う……うん」

 天翔丸は亀のように首をすぼめて、晴明の言葉を神妙に受けとめた。

 自分は莫迦だ。本当に大莫迦だ。

 あの慈しみに満ちた微笑み、あの優しく包みこんでくれた手、あの温かい胸のぬくもりを誰よりもよく知っているのに。それらが偽りであるはずがないのに、母の深い愛情を疑ってしまった。

 軽卒だの、浅はかだの、莫迦天狗だのと陽炎や黒金に常々言われているが、今回のことはまったくそのとおりで。息子を調伏しろなどと母がどのような気持ちで言ったのかを考えようともせず、阿闍梨の言葉をただ真に受けて、思いっきり動揺して、勘違いで力を暴走させた。

 なんだか、ものすごく、かっこ悪い。

(あああぁぁぁ〜〜〜〜俺は修行が足りん!)

 力の修行だけでなく、心の修行が圧倒的に。

 暴走してしまった自分の姿を思い出すと猛烈に恥ずかしくなってきて、どこかに穴があったら入りたかった。しかし近くに手頃な穴はなく、その場にしゃがみこみ頭を抱えて反省した。

 そんな天翔丸の様子に気が済んだのか、晴明は肩で息をついた。

「良い母をもって幸せだな」

 抑揚の少ない声には、かすかに悲哀がにじんでいる気がした。

 天翔丸は晴明を力づけたいと思ったが、母親のいない晴明に、良き母に恵まれている自分が何と励ましても空々しい気がした。

 そのとき、暗闇の中から「晴明!」と探し呼ぶ声が聞こえた。大の大人が声を張りあげてあたりに声を響かせている。

 晴明が声の方をむいてつぶやいた。

「忠行様……」

 晴明は懐から白い紙をとりだし、それをふって鬼の式神へと変えた。

勾陣(こうちん)、忠行様に私は無事だと伝えよ。ご心配は無用だと」

「御意」

 鬼の式神は一礼すると、跳躍して闇の中へ消えていき、やがて晴明を探す声がやんだ。

 聞こえなくなっても声の方を見つめている晴明を、天翔丸はじっと見つめた。

「あの声の人は誰なんだ?」

「私の師匠、賀茂忠行様だ」

「ふぅん。おまえにもいるんだな」

 目をむけてきた晴明に、天翔丸は微笑みかけた。

「子供の頃さ、どこに行けばいいかわからなくて縁の下で泣いていたとき、母が俺を探して迎えにきてくれた。おまえにもそういう人がいるんだな、あんなふうに心配して探しに来てくれる人が。良かったな、いい師匠に出会えて」

 晴明はしばし天翔丸の笑みを見つめ、やがて深くうなずいた。

「ああ。忠行様と出会えて、本当に良かったと思う」

 晴明に表情はほとんどなかったが、その口調には深い思いが感じられた。どうやら少しは元気づけられたようで、天翔丸はほっとした。

 晴明も息をつき、天翔丸とむきあって言った。

「悪かったな。事情も聞かずにいきなり襲ったりして。阿闍梨が忠行様を侮辱したので、つい腹が立ってな。天狗を退治すると阿闍梨が意気込んでいたから、それより先に退治してやろうと張り合ってしまったのだ」

 天翔丸は目を丸くした。

「そんな理由で、俺を退治しようとしたのか!?」

「こう見えて私はすごく負けず嫌いなんだ。人からは冷静と見られるがな」

 冷静としか見えない顔で晴明は言った。どうやら感情が顔に出にくいだけで、意外と子供っぽいところがあるようだ。

「そこが私の未熟なところだ。人は人、私は私であればいいのに。そのせいでおまえたちを危険な目に遭わせてしまった。心より詫びさせてもらう。すまなかった」

 晴明は深々と頭を下げた。下げすぎて烏帽子が落ち、それを天翔丸はとっさにつかんだ。

「あ、す、すまない」

 まだ元服したばかりで烏帽子をかぶり慣れていない晴明は、ほんの少し頬を赤らめながら詫びた。天翔丸はくすりと笑い、烏帽子をその頭にのせてやりながら言った。

「いいよ。気にすんな。もう終わったことだしな」

 晴明は天翔丸の顔を食い入るようにじっと見た。

「ん? なんだ?」

「いや……命を奪おうとした相手を、ずいぶん簡単に許すんだな」

「そりゃあ、そんなことで退治されたら腹立つけどさ。ま、このとおり生きてるからな」

 天翔丸はあっけらかんと笑い、ほら生きてるだろと示すように胸をはった。

 晴明は細い目で天翔丸の笑顔をまぶしそうに見つめてつぶやいた。

「……おまえには友がたくさんいるのだろうな」

「友?」

 晴明は沈鬱にうつむいた。

「私はこんなふうだから……大人から忌まれるだけでなく、同じ年頃の者からも恐れられてきた。だから友人と呼べるような相手は一人もいない」

 ーー親しい友人などおるまい。

 狐の子だから信用できないと決めつける阿闍梨に反感を覚えながらも、この一点だけは図星をつかれた気がした。

 人並みはずれた霊能力のせい、狐の子だと言われるせいだと責任転嫁してきたが、本当はそうではない。

 おそらく自分であったら、襲ってきた相手をこんなふうに笑って許すことはできない。そんな愛嬌も大らかさもない。友人ができないのはこの狭量な性格のせいだと自分でもよくわかっており、でもそれをなかなか改善できず、晴明は友人をもつことを半ばあきらめていた。

「じゃあ、なるか? 俺と友人に」

 天翔丸からの思いがけない提案に、晴明は細い目を大きく見開いた。

「なろう。今から俺とおまえは友人な」

 晴明の瞳が大きくゆれた。

「い……いいのか? こんな私などと……」

「いいに決まってんだろ。俺さ、もう都の術師たちはみんな敵なんだって、本当にがっかりしてたんだ。でもおまえは違った。おまえみたいな奴となら、ぜひ友人になりたいな」

 あぁ、と天翔丸は思い出したように言った。

「でも友人とは言えないか。俺は天狗の子らしいから」

「それを言うなら、私とて狐の子らしい」

「ははっ、お互い似た者同士でちょうどいいか。じゃ、友人あらため友達ってことで」

 二人はどちらからともなく手をだし、互いの手を握りあった。

「へへっ、なんかうれしいぞ」

「私もだ。私も、うれしい」

 同い年の少年二人は、年相応に屈託のない笑みを交わした。

 会話が一段落したのを見計らって、天翔丸の背後で黙していた陽炎が進み出た。

「安倍晴明、聞きたいことがある。奇門遁甲にいたのは餓鬼だろう? 餓鬼をどこで手に入れた? あれはあの世のものではないのか?」

 ほう、と晴明が感嘆したように陽炎を見た。

「そのとおり、あれはあの世の餓鬼だ。冥府の高官、小野篁(おののたかむら)公より譲り受けた」

 小野篁ーーその名は天翔丸も聞いたことがあった。

 昼は内裏に勤め、夜は六波羅の井戸から地獄へ下って冥府で勤めをする、この世とあの世を往き来するという人物である。都に住んでいた頃、そのような話題にやたら詳しい幼なじみの真砂から聞かされた話だ。

 しかし現在の都に小野篁なる者はいない。ゆえに伝説上の架空の人物だと思っていたが、どうやら実在するらしい。

「奇門遁甲はもともと死物を封じこめるために造ったものなんだ。都の各所に罠をはり、近づいた死物を吸いこんで奇門遁甲に落ちるよう仕掛けてある。落ちた死物を餓鬼が喰らい、あの世へ送りこむという仕組みだ。近頃、あの世へ逝かずにこの世に居座る死物が増え、ときおり霊力では倒せない死物まで現れる。そんな死物たちをあの世へ送りこむ手だてとして、篁公を通して閻魔王より餓鬼を賜ったのだ」

 晴明の話に、陽炎の顔が鋭くなった。

「霊力では倒せない死物……そんなものが都にいるのか」

「いる。何度か相対したが、なぜあのような強い死物がこの世にいるのかよくわからない。あれが何なのか知っているか?」

 陽炎は記憶をたぐるようにしばし黙りこみ、低い声で言った。

「……かつて、そういう死物がいたのは知っている。『白夜(びゃくや)』という名の狂骨だ。白夜に力を与えられた死物は強い死気をもち、並の霊力では倒せない」

 白夜、と晴明はつぶやく。

「ではその白夜というものがこの世のどこかに潜み、死物に力を与えているということか」

「いや、白夜は十五年前に死に還った。この世にいるはずがない。死物の中には長くこの世に息づくうちに進化するものがいる。これは私の推測だが、死物が進化し、白夜と似たものが生まれたのかもしれない」

 ふむ、と晴明はあごに手をあてて考えを巡らす。

「なるほど、進化した死物か。可能性はあるな」

「陰陽の術で倒せるか?」

「いまのところ奇門遁甲と餓鬼で対処できているから、問題はない」

「だが奇門遁甲と餓鬼は」

「おまえたちに斬られた箇所はすでに修復済みだ。餓鬼はまた篁公に頼んで地獄からもらい受けるゆえ、気にするな」

 晴明と陽炎のかわす会話に、天翔丸は天を仰がずにいられない。

 小野篁とか、地獄とか、閻魔とか。

 自分の常識を超える話がふつうに語られるこの状況になかなか馴染めない。

 晴明は両手を腰にあてて、ふうと息をついた。

「しかし奇門遁甲は誰にも破ることのできない、完璧な術だと思っていたが……そうではなかったな。おまえたちの前にも奇門遁甲から脱出した者がいる。どうやら唯一の出口を探しあてられたらしい。その者にもおまえたちにも、完敗だ」

 吉路と小路のことだろう。晴明に教えるべきかなと思ったが、陽炎が特に何も言わなかったので、天翔丸も言わずにおいた。

「私もまだまだだ。今回は自分の未熟さを思い知った」

「世の中は広い。上には上がいるものだ。己の力を過信して驕らないことだ」

「まったくだ。ご教授、感謝する」

 陽炎に頭を垂れる晴明の姿に、天翔丸はうむむと心の中でうなった。自分なら「うるさい!」と怒鳴ってつっぱねるところだ。素直に教えを受け入れる姿は清々しく、何を言われても反抗している自分がひどく子供っぽく思えた。

「これからもっと修行と勉学に励み、精進しなければ」

 友達の晴明がさらに向上しようとしていることに、天翔丸は少し焦りを感じた。

「そ、そんなに頑張らなくてもいいんじゃないか? いろいろとすごい術を使えるんだし」

「いや、まだまだ足りない。私の目標を成し遂げるためにはな」

「目標?」

 晴明は凛とした面持ちで答えた。

「異形を邪悪と決めつけ、すべて排除しようとするいまの都の風潮には納得しかねる。陰と陽、光と闇があって世は成り立っているのに。いにしえからそうだったように、さまざまな生物が共生できる世をめざし、そうなるための道を探るべきだ。私はそのために人並み外れたこの力を使う。陰陽師として、人と異形の架け橋となりたいんだ」

 決意に満ちた瞳に、天翔丸は気圧される思いがした。

 同い年なのに自分よりもずっと大人びて見えるのは、元服して烏帽子をかぶっているせいばかりではないようだ。自分の進む道、そして自分の力でやるべきことをしっかりと見定めている瞳が少しまぶしい。

 そのとき道に横たわっていた僧侶の一人の口からうめき声が出た。かすかに身動きしはじめた者もいる。僧侶たちが神通力の余波から覚めつつあるようだ。

「あとのことは私がうまく取り計らっておく。阿闍梨たちが目覚める前に、都から去れ」

 晴明の言葉に、天翔丸は首を横にふった。

「晴明、俺はまだ去れないんだ。だって、俺はーー」

「天翔丸」

 晴明は天翔丸の手をとり、励ますように両手でぐっと握りしめながら告げた。

「友として……友だからこそ、真実と本心を述べるぞ。おまえが都に足を踏み入れたとき、都が不穏になった。おまえの強い気配を感じた異形のものたちが騒ぎたて、都の気がひどく乱れた。おまえを退治しようと思ったのは阿闍梨への対抗心もあったが、何より私自身が都にとって不吉なものだと判断したからだ」

 言い返そうとする天翔丸を、晴明は静かな口調で阻んだ。

「おまえが人に危害を加えるような者ではないことはよくわかったし、おまえのような者とこそ人は共生すべきだと思う。だがおまえの気は都に在るにはあまりに強く、そして無防備すぎるんだ。その気配がさまざまなものを良くも悪くも引きつける。いまの状態で都にいれば、おまえにその気はなくても、おまえを巡る争いに人々は否応なく巻き込まれてしまう」

「そ、それは……大丈夫だ! 俺、修行する! 修行して、ちゃんと気配を消せるようになるし、神通力も制御できるようになるから!」

「そうなるまでには時間がかかるだろう。私にも時間が必要だ。私は新米の陰陽師にすぎず、おまえをかばえるような立場にはない。これからそういう立場になるために努力していくつもりだが、まだ時間がかかる。阿闍梨がおまえを見つければ、今度は叡山の総力をあげて調伏しようとするだろう。いまの私にはそれを阻むことができない。やっとできた、たった一人の友を失いたくないんだ。だから……いまは一刻も早く都から去ってほしい」

 晴明が心から身を案じてくれていることが伝わってきた。だがその促しに天翔丸はうなずくことができなかった。

「まだ……まだ去れない。だって俺、ずっと母上に会いたくて、やっと、ようやくここまでーー」

「それで母に危害が及んでもか?」

 冷静に、的確に、晴明は天翔丸の痛いところを突いた。

「母に会いたいというおまえの気持ちはわかる。だが二ヶ月前に川上家を襲った狂骨は、おまえを狙ってきたのだろう? これからも同じことがありえるのではないか? また狂骨が襲ってきたとき、それをおまえはすべて退けられるのか? 戦いながら、大事な人を護りきる自信はあるのか?」

 矢継ぎ早に投げかけられる問いに、天翔丸は口をつぐんだ。答えれば、晴明の危惧を認めなければならない。

 晴明は陰陽師として、そして友として、友のためにあえて突き放すように忠告した。

「鞍馬天狗、母を護りたくば、都を去れ」


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