十二 破界
なんとも心地よい温かさに包まれて天翔丸はまどろんでいた。鞍馬山の温泉にゆったりつかるのも良いが、何もかもを忘れてこうやって温かい布団にくるまっているときが一番安心する。
充分に睡眠をとって意識が眠りから覚めてきたところだが、あまりの心地よさに起きるのがもったいなくて目を閉じたままずるずると寝つづけている。
(はぁ……布団が気持ちいーなー……)
こんな寒い冬は特にそう。ぬくぬくとした布団にずっとくるまっていたい。
少し動いて姿勢を変えると、布団が身体を優しく包み直してくれた。顔にかかった髪がこそばゆいなぁと思っていたら、それも布団がそっとかきあげてくれた。
天翔丸は満足げに布団に頬をすり寄せた。
(気が利く布団だなぁ……)
寝ぼけた頭でぼんやりとそう思って、ん?と眉をひそめた。
そんな布団、あるわけない。
瞼をおしあげてぱっちり目覚めると、すぐ目の前に黒衣の男の顔があった。
「ぅおわぁ!?」
天翔丸は仰天し、あわてて男から離れた。
どうもおかしいと思ったら、布団にくるまるように陽炎にくるまれて眠っていたらしい。
「お、お、おまえなぁっ、べたべたすんなっていつも言ってるだろ! 何度言ったらわかるんだよ!?」
真っ赤な顔で天翔丸が抗議すると、陽炎は涼しい顔で答えた。
「その点については留意しています。ですが、神通力は体調の良し悪しに大きく影響されます。もし風邪など引いてしまっては七星を使えなくなるでしょう」
「こういうときは、ふつう布団をかけるとかするだろ!?」
陽炎は真顔で答えた。
「あいにく布団がありませんので」
「だ、だからってなぁ!」
ぐうぅぅぅぅぅぅぅ。
怒鳴り声よりも大きな腹の虫が鳴いた。天翔丸の腹は、腹を立てるよりも空腹を満たすことを要求していた。
すると陽炎が懐から古ぼけた小袋をとりだし、その中から出した物を天翔丸にさしだした。
「どうぞ」
水の入った竹筒が数本と、竹の皮に包まれた握り飯。
天翔丸が目をぱちくりさせて、それらと袋を交互に見た。出てきた食べ物はどう見ても袋に入りきる量ではなかった。
「な、なんだ……? その袋、なんか変じゃないか? これ、全部それに入ってたのか? どうやって入ってたんだ?」
陽炎は袋を天翔丸にさしだした。
「これは『無限袋』という物です。奥行きは無限、袋の口に入るものであれば何でも入ります」
天翔丸はちょうど自分の顔ほどの大きさの袋を手にとり、その中を覗きこんでみた。中は真っ暗で何も見えない。袋には底がなかった。ためしに右手をつっこんでみると、肩までずぼっと入ってしまった。奥行きは無限というのは本当らしい。
天翔丸が興味深げに袋を観察していると、その興味にこたえるように陽炎が説明した。
「これはその昔、とある天狗が作ったものです。天狗が両手に物をもって飛ぶと背の翼が無防備になってしまい、襲撃をうけたときにとっさに防御することができません。そのため、重く大きな物をもちながらでも飛べるようにと考案されたものだと言われています」
「天狗が作ったって、どうやって作ったんだ?」
「それはわかりません。その天狗はすでに墜ちており、他に袋の作り方を知る者はいませんので。天狗はさまざまな道具を作ります。その道具は、神がかり的な仕様の物も少なくないことから『神器』と呼ばれます。以前鞍馬山に来た木葉天狗がもっていた風をおこす羽団扇も神器、そしてあなたの七星も神器です。七星は初代の鞍馬天狗が作りあげたものだと言い伝えられています」
天翔丸はふーんと答えながら、無限袋を陽炎に返した。
陽炎は無限袋から先ほど使ったやたらよく効く薬をとりだし、それについても説明した。
「これは『白椿』という傷薬です。八百比丘尼という医師がつくった万能薬で、程度にもよりますがこれをぬればたいていの傷は治ります」
ふーん、と天翔丸が答える。
「他に知りたいことはありますか? あれば何でも聞いてください」
ぐうぅぅぅぅぅぅぅ。
鞍馬天狗の無知を改善するため、その知識強化をはかろうとした陽炎であったが、返事は腹の虫だった。知識欲を満たすことよりも、食欲を満たすことの方がいまの天翔丸には重要だった。
陽炎は話を終わらせ、竹の皮をひらいて並んでいる握り飯を天翔丸にさしだした。
「いただきます!」
天翔丸は両手で握り飯をつかみ、脇目もふらずにがつがつと食べはじめた。
「ん〜〜〜〜、うまい!」
塩がよくきいていて、餓鬼との鬼ごっこで汗をかいた身には最高の食べ物だった。握り加減もほどよく、冷めているのにふっくらとしている。
「琥珀のやつ、おにぎり握るのうまくなったなぁ」
「それは私が作りました」
うぐっと飯が喉につまった。胸をどんどんたたいていると、陽炎がさっと竹筒をさしだしてきた。天翔丸は竹筒をうばいとり、入っていた水でつまっていた飯を流しこんだ。
おむすびといえば琥珀、という先入観があったら、てっきり琥珀が作ったものを陽炎がもってきたのだと思ったのだが。そういえば以前、この男が作った粥を食べたことがあったが味は悪くなかった。というか、美味かった。意外なことに陽炎は料理がうまい。
天翔丸は握り飯をもったまま陽炎をにらみつけ、念を押した。
「あのさ、言っとくけど、俺はおまえを憎んでるんだからな。あんまりなれなれしくすんなよ」
陽炎はしばし考えこみ、神妙にうなずいた。
「留意します」
二人は互いに一歩ずつ離れ、距離をおいた。
天翔丸は陽炎に背をむけ、ふたたび握り飯を食べにかかった。するとふいに後ろから髪をもちあげられた。
「な、なんだよ!?」
「食事をするのに邪魔になるでしょう」
陽炎はすぐ背後で紐を手にもち、天翔丸の髪を結わえようとしていた。ばらばらの長い髪は握り飯にかかったり口に入ったりと、確かに邪魔ではあるが。
天翔丸は陽炎の手から髪を引っぱりぬいた。
「結わえるのくらい、自分でやる!」
「……そうですか」
陽炎は結い紐を手渡し、また離れて天翔丸との距離をおいた。
天翔丸が無造作に髪を結い上げると、陽炎がじっとにらむように見てきた。
「なんだよ?」
「もっときちんと結わえたらどうですか」
どうやら髪の結い方が不満らしい。
「どうでもいいだろ、髪なんか」
「いいえ。主たるもの、身なりはきちんとしなければなりません」
いまの天翔丸にとっては髪の結い方などどうでもいいことである。都の貴族として暮らしていたときは母に恥をかかせてはならないと、それなりに身なりに気を使っていた。しかし鞍馬山での雪や土にまみれての生活ではその必要もなくなり、毎朝琥珀が結ってくれるのにまかせている。
「なわばりの中でならともかく、外では何者と会うかわかりません。そのときに身なりをきちんとしていなくては格を低く見られます」
「そんなの勝手に思わせとけばいい」
「いいえ。これはあなただけの問題ではなく、鞍馬山全体にも関わる問題です」
一歩も退こうとしない小言に天翔丸はげんなりとした。いつもなら真っ向から言い争うところだが、いまは食事の最中でそんな気になれない。
「もー、好きにしろっ」
面倒くさくなって投げるように言うと、陽炎は無限袋から櫛をとりだし、てきぱきと髪を梳いて手早く結いあげた。きつくもなく、ほつれもなく、なかなかいい具合である。見かけによらず手先が器用な男だった。
天翔丸はずりずりと動いて陽炎との距離をあけ、一人で大口をあけて握り飯を頬張った。二、三人分はあっただろう握り飯を全部たいらげて満腹になると一杯ほしくなってきて、離れた場所にいる男に声をかけた。
「おい、酒はもってないのか?」
「酒は昼間、貴族の邸でたくさん飲んだでしょう」
「もってるんだな? 無限袋に入ってるんだな? くれ」
天翔丸はばたばたと陽炎に寄っていき、その手にある無限袋に手をのばした。が、陽炎は袋をすばやく懐にしまいこんだ。
「酒の飲みすぎは身体に毒です」
「平気だ。俺はどれだけ飲んでも酔わないことが自慢だっ」
「そんなことは自慢になりません。いつもあるだけ全部飲んでしまうではありませんか。飲みすぎです。守護天狗である以上、あなたの身体はあなただけのものではないのですから、体調管理にもきちんと気を配らなければなりません。禁酒しろとは言いませんが、節制なさい」
「明日からな」
「いまからです」
「いいから飲ませろって」
「駄目です」
「一杯、いや一口でもいいから。な?」
「いくら言われても、駄目なものは駄目です」
「なんだよ、ケチッ!」
ふてくされて顔をそむけたところで、天翔丸ははたとした。どうもさっきから交わしている会話が、復讐者と復讐相手のするような会話ではない気がする。
たとえて言えば、これはまるで……夫婦。飲んだくれ亭主と世話女房の会話だ。
ふと吉路の言葉が頭をよぎった。
ーーあなた様と陽炎様の相性は最高です。
天翔丸は目の端でちらとその相手を見た。
(俺とこいつが……ねえ)
どう考えても、気が合いそうにないと思うのだが。
ないと思いながらも、実はさっきから気になっていることがある。
自分と陽炎の距離だ。
「なれなれしくするな」と言ったら「留意します」と言い、互いに距離をおくことを合意した。
だが気がつけば、いつの間にかすぐそばにいる。何度離れても、距離が縮まってしまっている。陽炎の方から近づいてくることの方が断然多いが、ときおり自分からも近づいていってしまっていることに、天翔丸は気がついた。
(なんでだ……?)
どうして近づいてしまうのか、自分でもよくわからない。
(もしかしたら……あのときも)
餓鬼から逃げていたとき、自分は断じて、陽炎を捜してはいなかった。なのに、この複雑怪奇な結界の中で出会ってしまった。陽炎のことだからしつこく鞍馬天狗を探していたに違いなく、それで見つけられたとも考えられるが、生死の岐路にさしかかったあの瞬間に現れるとはなにか出来すぎな気がした。
陽炎がこちらにむかって走っていたように、もしかしたら自分も陽炎にむかって走っていたのかもしれない。そんなふうに無意識に引かれあってしまうのかもしれない……相性が良いから。
「うぁあああああああ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
天翔丸は頭をかかえて叫んだ。
陽炎が怪訝にこちらを見てきた。
「……どうかしましたか?」
「なんでもねえよ!」
怒鳴ってごまかしながら顔をそむけた。心拍がやけにあがっている。自分の考えたことにびっくりしてしまった。
(ぐ、偶然だっ、偶然! 全部、みーんな、たまたまだ!)
動揺を隠すのに竹筒の水を一気飲みすると、それが喉の変なところにはいってしまいげほげほと咳きこんだ。
すると背をさすられた。強すぎず弱すぎず、いい力加減でおされて咳はすぐにおさまった。天翔丸がにらむようにふりむくと、手ぬぐいをさしだされた。それでぬれた口元をふくのを確認すると、陽炎はまた離れて距離をおいた。
この男にはこういうところがある。
酒のおかわりがほしいと思ったときに酌をしてきたり、腹が減ったときに握り飯を出したり、咳きこんだときに背をさすってきたり。
用意周到で、かなり気が利いて、こちらが要求する前にそうすることができる。都の邸で何年も一緒に過ごした舎人たちでもこうはいかない。陽炎と出会ってまだ二月あまりしかたっていないのに、ときおり長年を共にすごしているような錯覚を覚えることがある。
間合いというか、呼吸のようなもの。
それが意外と悪くない。いや悪くないどころか、けっこう、かなり、良い……こういうのを最良の伴侶と言うのだろうか。
「うぁあああああああ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
また頭を抱えて叫ぶ天翔丸に、陽炎が困惑をあらわに言った。
「いったい何なのですか?」
「なんでもないって! いいから、あっちむいてろよ!」
不審げな顔をしながらも、陽炎は天翔丸が指さしたあっちの方向をむいた。
(ったく、吉路のせいだ! 吉路が変なこと言うから!)
これまで陽炎との距離や間合いなんて考えたこともなかったのに、妙に意識してしまう。
(占いなんか信じない、占いなんか信じない、陽炎のことなんかもう考えない……!)
無理矢理思考を閉ざそうと念じていると、もう一つの吉路の言葉が思い浮かんできた。
ーーまたあの方も、固く心を閉ざしてしまっています。
天翔丸はふと気づいた。
(そういえばこいつ、自分のことはぜんぜん話さないな)
陽炎が口にするのはいつも鞍馬天狗のことばかり。主たるものがどうとか、鞍馬天狗だからどうとか、毎日毎日うっとおしいことこの上ないが、その数々の言葉の中に自身について語ったものは一つもなかった。
(なんでだろう)
なぜ自分のことを話さないのだろうか。なぜ、心を閉ざしているのだろうか。目の端でそっとうかがった陽炎の横顔に表情はなかった。その心の内は見えない。
天翔丸は視線に力をこめて探った。感情の片鱗がどこかにないか、無表情の壁のどこかに隙間はないか……その心の内を知る手がかりはないか。
視線を感じたのか、ふいに陽炎がこちらをむいた。
「うわっ!?」
天翔丸はとびあがっておどろいた。
「……本当に、何なのですか?」
「なんでもないっ、気にすんな!」
陽炎は頭の中で思考を一巡させ、答えた。
「気になります」
「気になっても気にすんな! いいな!?」
強引に言いつけて、天翔丸は顔をそらした。
(なに考えてんだ、俺は! やめやめ!)
相性が良かろうと、心を閉ざしていようと、関係ない。陽炎は憎っくき復讐相手なのだから。
そうやっていつものように、天翔丸は思考を遮断した。
奇妙な天翔丸の様子に考えこんでいた陽炎だったが、空の太陽がまた不審な動きをはじめたのを見て、立ち上がった。
「奇門遁甲から出ましょう。もう力は回復したでしょう」
天翔丸が手に軽く力を入れると、掌から光がーー神通力が出た。あんなに疲れて神通力が少しも使えなくなっていたのに、少し眠って食べただけでもう元通りになっていた。
「神通力の使用には強い疲労をともないますが、しっかり食べ、しっかり眠ればそれで回復します。戦いにおいて疲れをとることも大切です。ですからきちんと自己管理をし、健康第一を心がけてください」
はいはい、と聞き流しながら天翔丸は立ち上がり、奇門遁甲の中で出会った者たちに思いを馳せた。
「吉路と犬はどう探せばいいかなぁ。餓鬼に喰われてないだろうな?」
「吉路? 奇門遁甲の中で吉路と会ったのですか?」
「ああ。小路っていう犬がここに迷いこんだから探しにきたって言ってた。助けてやらないと」
吉路の言葉ではないが、縁あって出会った。だからこのまま見捨ててはいけない。
そう思ったが、「それは無用です」と陽炎は言った。
「奇門遁甲にも出口は存在します。常人には到底見つけられませんが、吉路はあらゆる道を見通す者。彼なら、どんな複雑な迷路でも出口を見つけられるはずです。すでに自力で脱出しているでしょう」
確かに、こんな迷路で迷子になっていた飼い犬をすんなり見つけられることができたのだから、出ることもたやすいかもしれない。思えば、つくづく不思議な老人である。
「吉路に何か言われましたか?」
陽炎の問いに、天翔丸は背をむけてそっけなく言った。
「別に」
俺とおまえは相性がいいらしいぞ、などとは口が裂けても言えない。
陽炎が探るように見つめてきたが、天翔丸はそっぽをむいて話をそらした。
「じゃあ、こんなところからさっさと出るぞ—。七星でこの変な結界を斬れるんだよな?」
「はい。結界を破ることを『破界』と言います。七星はどんな結界でも破界できます」
「どこをどう斬ればいいんだ?」
「どこでも。あなたが斬ったところが出口となります」
天翔丸は眉根を寄せた。
「でもさ、この中で七星を使って餓鬼を斬ったけど、結界は斬れなかったぞ」
「そのときはあなたが『餓鬼を斬る』という意志をもって七星をふるったからです。七星は使い手が狙いをつけたもののみを斬ります。すなわち、あなたが斬ると思ったものだけをです。『結界を斬る』『破界する』という意志をもって七星をふるってごらんなさい」
そういえば、いつだったか黒金にも似たようなことを言われたことがある。七星は使い手の技量によって変化する剣だと。
ともかくも天翔丸は七星を鞘からぬきはらい、頭上にかかげた。そして神通力をこめ、力いっぱいふりおろした。
「うりゃあ!」
しかし空気がゆれただけで、変化は何も起こらない。
「おい、斬れねーぞ!」
「もう一度。集中して」
天翔丸は言い返そうと口を開きかけたが、やめてもう一度七星をかまえた。陽炎に文句を言ってもしょうがない。
(やるしかない)
しかし目に見えないものを斬るなんて、常識的に考えると不可能なことだ。
はたして自分にできるのだろうか。もしできなかったら……。
「あなたなら、できます」
天翔丸はおどろいて、そばにひかえている男を見た。
心の中でつぶやいた不安に、なぜか陽炎が答えた。心を読まれたのだろうか。いや、こんなの偶然に決まっている。決まっているが……絶妙の間合いでかけられた言葉に不安がうすまっていく。
天翔丸は深呼吸をして七星をにぎり直した。
(俺なら、できる)
必ずできる。そう思える確かな根拠がある。陽炎は口うるさい奴だが、口先だけの励ましや気休めを言う男ではない。
「結界、斬れろーーーーーっ!」
念じながら叫び、神通力に輝く七星を縦一文字にふりおろした。
とたん、目の前の宙に切れ目ができてぱっくり口をあけ、結界に出口ができた。
天翔丸の顔が好奇に輝いた。
「うっわあああぁ、すげえ! 宙が斬れたっ!」
子供というのは未知なるものを恐れる一方で強い興味をもつものである。そんな子供っぽさを少なからずもっている天翔丸は、出口がどこに通じているのか知りたくて、さっそく斬り口に頭からつっこんだ。
「天翔丸、待ちなさい!」
陽炎があわてて天翔丸をつかみ引き止めようとしたが、それより天翔丸が出る方のが速かった。斬り口をひょいとまたいで出たとたん、いきなり身体がひっくりかえった。
「おわあっ!?」
出たとたんに上下左右が変わって、受け身をうまくとれずに思いきり尻餅をつく。かたわらには盤面に遁甲図の描かれた碁盤があり、それが真一文字に斬れている。どうやらこれが奇門遁甲の全容のようだ。
「えっと、ここは……どこだ?」
天翔丸は打ちつけた尻をさすりながら顔をあげ、ぎょっとした。
そこには幾人もの人間がいて、彼らの目はすべて自分に集中していた。見覚えのある顔がいくつもある。黒い僧衣に袈裟をまとった法力僧たち、狩衣姿の陰陽師たち、そして阿闍梨と安倍晴明。
そこは陰陽師の総本山、大内裏の陰陽寮であった。