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序 岐路

 ひどく見通しの悪い道を、天翔丸は一人で息せききって走りぬけた。日が没してあたりは夕闇に染まり、時がたつごとに視界が悪くなっていく。

 何度も通ったことのあるこの道、見覚えのある建物の数々、周囲に見えるのは慣れ親しんだ風景だ。

 ここは天翔丸の生まれ育った故郷、平安京と呼ばれる都。

 都ーーのはずなのだが。

 風景はまぎれもなく都のそれだが、天翔丸の知る都とはまったく違う点があった。都は大勢の人間が住まうための場所なのに、肝心の人間が一人も見当たらない。

 ここを棲処としているのは人間ではないものだった。

 それが追いかけてくる。

「おまえらっ、しつこいぞ!」

 走りながら後ろに怒鳴ると、キキキと猿のような笑い声が返ってきた。

 追いかけてくるのは、小鬼だった。背丈は天翔丸の膝ほどまでしかない。土気色の細い手足は骨と皮だけ、ガリガリにやせ細り、腹だけがぽっこりと出ており、枯れ野のように髪がまばらに生えたでこぼこの頭には小さな角がある。最大の特徴は、口にびっしりと並んだぎざぎざの歯牙だ。その牙でいとも簡単に堅い壁をかじりとるのを見た。ものすごい顎の力だ。鋭い歯はかすっただけで天翔丸の分厚い衣の袖を裂き、左の上腕に刃ですっぱり斬ったような傷をつけて出血させた。

 小鬼の数は、ざっと見て十匹。目に見えるのがそれだけで、その後ろから大勢の仲間が追ってきていることが足音でわかる。薄闇でよく見えないが、足音の数から推測するに二、三十匹は下らないだろう。ちょっとした群だ。一匹や二匹なら七星で斬ることもできようが、これだけ数が多いととても太刀打ちできない。数匹は斬れても、その間に他の小鬼たちに襲われて一巻の終わりだ。

 逃げるしかない。

 そう判断して走っているのだが、いつまでたっても逃げ切れないでいた。

 小鬼たちの走る速さは人が小走りするくらいで、全力で走れば天翔丸の方が断然速いが、なにしろ持久力がすごい。もうずいぶん長く走りつづけているのに、どの鬼もまったく息切れしていない。全力疾走して引き離してもやがて追いつかれ、物陰に隠れてもなぜかすぐに見つけだされてしまう。

 たちの悪い鬼ごっこだ。

 なにせ相手は、本物の鬼。

 鬼たちにあきらめる気配はまったくない。こうやってしつこく追いつづけ、獲物が疲れてへとへとになったところで襲いかかるのが彼らの狩りの仕方なのだろう。

 獲物は、自分だ。

「雲外鏡! おい、雲外鏡!」

 いくら呼びかけても胸元に下げている鏡は眠ったままで、反応しなかった。あいかわらず肝心なときに起きてくれない。黒金は鞍馬山で留守番、八雲や琥珀のいる場所にはたどりつけず、陽炎ともはぐれた。頼れる相手はいない。

「はぁ、はぁ、はぁ……うあっ!?」

 地面に出ていた木の根に蹴つまずいて、天翔丸は勢いよく転んだ。手と膝がすりむけて血がにじんだが痛がっている間もない。立ち止まれば死に直結する。天翔丸はすぐに立ち上がり、また道を走りだした。

「燐火、出ろ!」

 天翔丸の掌から青白い火が二つとびだした。八雲からもらった死霊の魂である。ひんやりとした弱い灯りだが、足元がよく見えないいまは、かすかな灯火でもありがたい。天翔丸は燐火で行く手を照らしながら、闇の中を駆けつづけた。

 もう全身が汗だくだった。力をふりしぼって足を速めようとしたが、思うように腿があがらなかった。息があがって苦しく、もう体力の限界が近い。

 キキキキ、とまた小鬼たちが笑った。こちらが疲労困憊だというのに、なんとも楽しげに追ってくる。疲れが見えているからこそ笑っているのだろう。もうすぐ獲物を喰らえることを喜んでいる。

 天翔丸ははっと息をのんで足を止めた。

 まっすぐ走ってきた道の先が、高い築地塀にふさがれていた。

 進める道は二つ。右と左に分かれている。

(岐路だ)

 脳裏にある言葉が響いた。

 ーーこれよりあなたは岐路にさしかかります。

 それは都の辻で出会った、道案内人と名乗る不思議な老人に告げられた言葉。

 ーーくれぐれも進む道をお間違えになりませんよう。もし間違えれば、命を落としますよ。

 道の太さは同じ。暗くて、どちらも道の先がどうなっているのか、その先に何があるのか見えない。

(どっちだ)

 右か、左か。

 後ろからキキキと笑い声がせまる。早くしなければ。道を、選ばなければ。

 右か、左かーー生か、死か。


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