第七話 呪病の真実(一)
最後に、雪月花は軽く詠唱を唱えながら、空黎の上半身に手をかざして体全体を巡るように動かしていく。
そして、その手が胸の辺りに差しかかると、動きがぴたりと止まった。雪月花の表情が、さらに深く曇ったような気がして、文緒はじっとその手を見つめる。
空黎の体内に潜む呪病――その根が、そこにあるのだろうか。それとも、予想以上に症状が悪化しているのか。
ざわざわと気持ちが落ち着かつかない。けれど、尋ねたくても言葉にする勇気が出ないまま診察が終わった。
「まずは、きちんと食事を取ることだね。君は昔から好き嫌いが多いから」
診察器具を片付けながら、からかうような口調で言う。でもそれは深刻になりすぎないよう、敢えてそうしているように文緒には聞こえた。
「それから、たまには寝台から降りて少しでも歩くといい。体を動かさないままでいるとますます体力が落ちてしまうよ」
その言葉に、文緒ははっとする。
外の世界から切り離されたような空間での暮らし。
やっぱりそれが、彼をさらに弱らせているのだろうか。
空黎は肯とも否とも返事をしなかった。
何も言わずに、ただ外の見えない窓ばかりを見ている――違う、実際は何も見ようとしていないのかもしれなかった。
「空黎、聞いてるかい?」
雪月花の言葉を受けても、空黎は静かに目を伏せるだけ。その態度に雪月花は小さく溜息をついた。
「……まったく、相変わらずだね」
言葉に非難の色はなかったが、それでもどこかもどかしさが滲む。
「終わったのなら早く帰れ」
依然として顔を背けたまま、淡々とした拒絶の言葉だけが返ってきた。
文緒は、そんな空黎の横顔をそっと見つめる。すべてを拒絶するような態度――けれど、どこかそれが儚く映った。
「まぁ、いい。また来週来るよ」
雪月花はそれ以上深く追及せずに静かに立ち上がった。
「じゃあね文緒ちゃん」
雪月花は軽く文緒の肩を叩くと、何事もなかったかのように襖を開けて出て行った。
部屋の中には再び、空黎と文緒だけが残された。
張り詰めた空気の中で、文緒は居た堪れなくなって視線を落とす。
(……この人は、一体どこまで自分を閉ざしてしまっているのだろう?)
この暗い部屋の中に、一人で。
誰にも手を伸ばさず、ただ時間が過ぎていくのを待っているような。
何かを言おうと口を開きかけるも、空黎の横顔を見てその言葉は喉の奥に消えた。
「私も…失礼させていただきますね」
部屋を出ると、雪月花が廊下で待っていた。
「あ…っ、」
文緒は驚いて大きく声を上げそうになるのを、どうにか踏みとどまる。雪月花はそんな様子の文緒に小さく微笑んだ。
「診察の間、ずっと僕に聞きたいことがあるような顔をしていたなと思って」
「えっと……」
文緒は少しだけ視線を彷徨わせる。
聞きたいことは確かにあった。診察では何を確認して、どういった判断を下しているのか。主治医である雪月花から見て空黎の容態はどうなのか。良いのか、あまり良くないのか、それとも……
(違う…それよりも、もっと根本的なことを私は知らない…)
「雪月花さん……」
「何かな?」
彼の声はどこまでも落ち着いていた。
「呪病とは……どういった病なのですか?」
雪月花は軽く腕を組むと「少し外に出ようか」と文緒を促した。




