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輝夜の花嫁~嫁いだのは、余命一年の旦那様でした  作者: 綾瀬アヲ@2月初書籍発売


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第二十八話 空黎の気づき

 ◇◇◇◇


 文緒は、自室の布団に静かに横たわっていた。

 その額には冷えた白布が一枚。


 空黎は部屋の隅に立ったまま、彼女の顔を見下ろしていた。

 かすかに色を失った頬、寝息の合間にわずかに動くまつげ。普段なら陽の光のようにあたたかく笑うその顔が、今は静かに眠っている。


「過労だろうね。ここに来てから、ずっと張りつめていたんだろう」


 文緒の手首に指を添えていた雪月花が、淡々とした口調で言った。その声音の裏に、ほんのわずかな苦笑が滲んでいる。


「この旧邸の掃除に洗濯に、台所の復旧作業。君の朝昼晩の食事の用意。しかも、先日の嵐でずぶ濡れになったそうじゃないか。体調を崩してもおかしくないよ。しかも旧邸ここの空気は独特で……慣れるまでに時間がかかるしね」


 思い当たる節は嫌というほどある。それどころか思い返せば思い返すほど、彼女がどれだけ無理をしていたのかが見えてくる。

 空黎は、思わず目を伏せた。


 食事を運んでくるときの笑顔の裏に、どれほどの疲れがあったのだろう。笑顔を崩さずにいたその姿に、自分はどれほど気づいてやれていただろうか。


「しかし…君の体調が良くなったかと思ったら、今度は文緒ちゃんが倒れてしまったのか」


 何気ない雪月花の呟きが、薄氷を針の先でつついたように空黎に動揺をもたらした。


(本当に、《《それだけ》》が原因なのか…?)


 空黎の目が、布団の上で眠る文緒の胸元に向いた。

 そこにはあの嵐の夜、ふいに光を放った石のペンダントがある。


(…俺の体調が劇的に変化したのは、あの嵐の翌日からだった)


 目を閉じると脳裏に蘇ってくる。


 死の淵に沈みかけた意識の中で感じた、あの温もり。

 自分の中に溶け込むような光と、そのあとの奇跡のような回復。


(あの時……いったい何が起きた?)


 胸の奥に浮かぶのは、ひとつの可能性。


 君の体調が良くなったかと思ったら、今度は文緒ちゃんが倒れてしまったのか――


(俺が回復した代わりに……文緒の何かが、失われている?)


 喉の奥がひりつくように乾く。

 まるで、指先に見えない罪がまとわりついていくような。


「雪月花………」

「ん?」


 呼びかけた声が、自分の中で濁って揺れる。

 結局、言葉にはできなかった。確証がない。だが――


「……いや、何でもない」


 目を伏せて、眠る文緒の手に視線を落とす。

 小さく、華奢で、けれど誰よりも温かかった手。


 自分をこの手で支え続けてくれた彼女を、今度は自分が守る番かもしれない。





 その日の夜。

 静まり返った文緒の部屋に、行灯の揺れる光だけが揺らめいている。


 空黎は文緒の傍に座り込んでいた。

 たらいに張った水を白布に含ませて額に滲んだ汗を拭い、絞り直した布を乗せ直す。


「文緒様のご様子はいかがですか?」


 背後で静かに襖が開き、楠上が声をかける。空黎は振り返らぬまま小さく首を振った。


 薬も飲ませ、上がりきった体温が体にこもらないよう、適度に首なども冷やしている。雪月花の診察と処方に従ってできる限りのことはした。


 それでも文緒の容態は安定しなかった。


「いや、あまり変わりがない」

「左様でございますか…」


 楠上は少し目を伏せて、盆にのせた水差しを置く。


「空黎様、本日はそろそろお休みになられたほうが…本邸での仕事が終わりましたら私が文緒様についておりますので」


 楠上の言葉に、空黎は返事をしなかった。


 体調が回復してきているとはいえ、自分もまだ万全ではない。楠上の言うことはもっともだったが、この状態の文緒を置いて離れるのは胸の奥がたとえようもなく疼いた。


「……いつも傍にいる者が体調を崩すというのは、こんなにも堪えるものなのだな」


 空黎の低い声が、静かな夜の空気に溶け込んでいく。


 自分の残り少ない命など、どうでもいいと思っていた。

 楠上の気遣いも雪月花の診察も、文緒の献身さも――そのすべてが煩わしいと思っていた自分が、いかに愚かだったか。


(今なら嫌というほど分かる……)


 目を見開いた楠上は、そっと目を伏せて襖を閉じた。

 口元にほんのわずかに、笑みを湛えて。



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