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輝夜の花嫁~嫁いだのは、余命一年の旦那様でした  作者: 綾瀬アヲ@2月初書籍発売


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第二十四話 嵐の夜(二)

 文緒はぎゅっと空黎の手を握りしめる。


(どうしたらいいんだろう…)


 彼のために何かをしたくて、少しでも力になりたいと思っていたはずなのに。


「…何もできない…」


 文緒は、空黎の冷たい手を包み込みながら、掠れる声で呟いた。

 彼の苦しそうな息遣いを聞くことしかできない。


 何もできない自分が、ただ悔しくて、涙が零れそうになる。


「文緒様」


 不意に、楠上が優しく声をかけた。

 文緒が顔を上げると、彼はそっと目を細めた。


「どうかこのまま、空黎様のそばにいてあげてください」

「……え、」

「文緒様が来てくださってから、明らかに空黎様は変わりました。もちろん、良い方向に」


 文緒の胸が、じくりと痛む。


 確かに、初めは頑なに拒絶していた彼が今では食事を取ってくれるようになった。

 少しずつ、会話も増えてきた。


 それでも――肝心の…今、苦しんでいるこの時にできることは何もない。

 今空黎が必要としているのは食事でも会話でもなくて、この苦しみを和らげるための治療だ。


「でも、今の私ではどうすることもできません…」


 ――それが、何よりも悔しい。


「いいえ」


 楠上は、ゆるく首を振る。


「苦しんでいる時にそばにいてくれる人がいる。自分の無事を祈ってくれる。それだけで人は救われるのです」


 祈る…―――


 文緒の脳裏に、ふと父の言葉が蘇る。



『本当に困ったときは、このお守りに祈りなさい』



 文緒は襟元へ手を伸ばして、ずっと身に着けていたお守りを取り出した。


 本條家を出立する時に父から渡されたもの。

 古びた銀の枠に包まれた不思議な色の石が、目の前で揺れる。


 文緒はそれを、空黎の指先とともに両手で包むように握りしめた。氷のように冷たいその手が、自分の手の中にあることを改めて意識する。


「どうか…」


 ただ願う。


 空黎様が苦しみから解放されますように。

 この痛みが和らぎますように。


 どうか、この命が少しでも長く続きますように。


 そう祈りを込めた刹那、文緒のてのひらに不思議な温もりが広がった。


「――っ」


 驚いて目を見開くと、お守りの中の石が淡く輝き始めていた。

 銀の枠に包まれた石の内側から光を宿したかのように、柔らかな光を放っている。


(この光は何……?)


 光は静かに揺れて、文緒の手元から空黎の体へと溶け込むように広がっていく。


 温かな輝きがふわりと包み込む。

 それはまるで空黎の苦しみを和らげるようで――


 光はやがて、空黎の胸元へと吸い込まれていき、荒く波打っていた彼の呼吸が少しずつ落ち着いていった。


 青ざめていた頬にゆっくりと血色が戻り、冷たかった指先が、微かに温もりを取り戻していく。


「……文緒」


 かすれた声が、静かに宵闇を震わせた。

 名前を呼ばれた――たったそれだけのことなのに、込み上げてくる感情に思わず目の奥が熱くなった。


「……空黎様?」


 彼の目が、薄く開かれていた。


 その瞳はまだ完全には澄んでいない。

 それでも、濁りかけていた色がわずかに琥珀色の輝きを取り戻していた。


 文緒は驚いて目を見開く。

 喉の奥が詰まって、気づけばぽたり、と涙が零れていた。


「……どうして泣く」


 自分が泣いていることにすら気づいていなかった。

 低く囁くような声に、文緒は慌てて顔を伏せる。


「い、いえ……違うんです……」


 袖で慌てて拭おうとするが、涙は止まらない。

 すると、空黎が静かに手を伸ばして、文緒の涙を拭うようにそっと指先が頬を撫でた。


 その手はまだ冷たいけれど、確かに少しずつ温もりを取り戻しつつあった。


「……君が泣く理由はないだろう」


 小さな呟きが、どこか不器用で、そして優しい。

 文緒はその言葉に余計に涙が溢れそうになるのを必死でこらえた。


「……よかったんです……本当に……」


 震える声でそう呟く。


 空黎は何も言わなかった。


 気づけば、あれほど荒れ狂っていた嵐はぴたりとおさまっていた。

 雨戸と障子窓を開けると、外はすっかり風も雨も止んでいて夜の静寂が辺りを包み込んでいる。


 闇の中、空にぽっかりと浮かぶ月が見えた。


 雲の切れ間から覗く、上弦の三日月――

 その光が、部屋の中にうっすらと影を落としていた。


 ふと、文緒は胸元を見下ろす。


「これは…」


 お守りの石の中心に、空に浮かぶ三日月と同じ文様が赤く浮かび上がっていた。


(赤い三日月…?)


 ついさっきまではなかったはずの文様。

 まるで月光を宿したかのようなその石を、文緒は震える手でそっと撫でた。


「どうした……?」


 空黎の声にはっとして、文緒は「何でもありません」と小さく首を振った。


 今は空黎の穏やかな表情とその息遣いが聞こえている。

 それだけで、十分だと思えた。



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