第二十一話 穏やかな八つ時
◇◇◇◇
文緒は旧邸の台所へ足早に向かうと、さっそくおやつ作りに取りかかった。
空黎の前では作れそうなおやつをいくつか上げたけれど、もう作りたいものは決まっていた。
(お団子にしよう)
さっきいくつか選択肢を上げている時、文緒が『お団子』と言った瞬間にだけ、ほんの少しだけ目が揺らいだ気がした。
もしかしたらそれは自分の気のせいかもしれないけど。
それでもどことなく、お団子は嫌いではなさそうな気がする。
(少しでも食べやすいようにしたほうがいいよね…)
そう考えながら、米粉を丁寧にこねていく。
米粉に少し上新粉を混ぜると、程よい柔らかさになって食べやすくなる。上新粉はなかなか手に入らないのですごく貴重だ。楠上がこうしてさりげなく良いものを用意してくれていることに感謝する。
水の加減を調整しながら、耳たぶほどの柔らかさに整える。普段ならもう少し弾力を出すところだけれど、空黎の体調を考えてかなり柔らかめに仕上げることにした。
飲み込みやすくするために、柔らかさだけではなく、大きさも普通よりも少し小さめにしてできるだけ食べやすく。
小さく丸めた団子をひとつひとつ手のひらで転がしながら形を整えていく。
沸騰したお湯にそっと落として、団子がふわりと浮かび上がってきたら冷水に取る。
(さて、味付けはどうしようかな)
文緒は少し考えて、二種類の味を用意することにした。
ひとつは 黒蜜がけ。
優しい甘さで喉越しも良いし、黒蜜は栄養価も高い。
もうひとつは小豆餡をのせることにした。
滑らかに炊いた小豆を甘さ控えめに仕上げるようにして、重すぎずに食べられるようにした。小豆も栄養があるから、たとえ少しでも力になればいい。
串に刺して出すのもいいかとも思ったが、食べやすさを優先し、器に盛ることにした。
仕上げに、ほんの少しきな粉を振りかける。
「……よし、できた」
自分で味見をして、文緒は満足げに微笑んだ。
(気に入ってもらえるといいけれど)
小さなお盆に乗せたお団子を手に取り、文緒は空黎の部屋へと向かった。
文緒は膳を抱えて空黎の部屋へと戻った。上新粉を混ぜて柔らかく仕上げた小さなお団子は、黒蜜がけと小豆をのせた二種類。
襖を開けると、空黎はいつものように窓の外を眺めていたが、ちらりと視線を向けると、手に持った膳を見てわずかに目を細めた。
「おまたせしました、できましたよ」
文緒が膳を卓に置くと、空黎は一瞬、迷うようにそれを見つめた。
湯気がふわりと立ち上る、艶やかなお団子。
ほんのりと香ばしい香りと、黒蜜の甘い匂いが漂い、空黎はごくりと喉を鳴らした。
「……これは?」
「黒蜜と小豆の二種類を作りました。どちらがいいか分からなくて、両方用意しましたけど……」
文緒が微笑むと、空黎は視線をそらしながら、小さく呟いた。
「……どちらでもいい」
「では、まずは黒蜜がけをどうぞ」
文緒は小さめのお団子をひとつ黒文字楊枝に刺す。差し出された空黎は黙って受け取ると、小さくひとくち口に含む。
ふわりとした柔らかい食感と、黒蜜の深い甘さが口の中に広がる。それはあまりにも優しく、どこか懐かしい味だった。
「……どうですか?」
文緒の問いかけに、空黎は言葉を探すように一瞬黙る。
不味いとは思わなかった。むしろ、驚くほど食べやすく、口の中で優しくほどけていく。
「……悪くない」
「それならよかったです」
素直に感想を言うのも気恥ずかしさが募って、そっけなく呟くだけになった。けれど文緒は気に止めた様子もなく、自分のお団子をひと口頬張った。
「柔らかいな、この団子」
空黎が呟きながら、もう一つゆっくりと口に運ぶ。文緒は器を持ったまま、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、分かりますか?実は米粉に上新粉を混ぜてみたんです。なかなか手に入らないものなんですけど……」
「だから口当たりが滑らかだったのか」
ぽつりと零れる言葉に、文緒はますます嬉しくなって微笑むが、次の空黎の一言に思わず目を丸くする。
「まさか、本邸からくすねてきたのか?」
平静な顔で団子を咀嚼しながら、視線だけちらりと上げて伺うようなこちらを見る。
「ちっ、違います!楠上さんがこの前、お店に注文するときにこちらの分もこっそり頼んでいてくれたもので…っ、くすねてくるなんてそんなこと、」
「冗談だ」
その言葉に虚をつかれる。
そしてようやく、文緒は空黎にしてやられたのだということに気づいた。
「もう…っ!か、からかうなんてひどいですっ、」
文緒はむくれながらお箸を強めに握りしめた。
その仕草があまりにも正直すぎて、空黎はつい視線を逸らす。
かすかに揺れる肩先から、小さな笑いが零れそうになるのを堪えているのが文緒にも分かった。
「お詫びとして、次はこの小豆のほうも召し上がってみてください…!」
「……仕方がないな」
どこか拗ねたように差し出されたお椀を、空黎は自分でも驚くほど素直に受け取った。
「……悪くない」
文緒は口を尖らせながらも、その一言で頬と口元が緩んだのは隠しきれていなかった。
「明日もおやつ作りましょうか?」
「……勝手にすればいい」
「ではお言葉に甘えて作りますね」
そして自分も小豆入りのお椀を持ち上げて口へと運ぶと、嬉しそうに微笑んだ。
その様子を眺めながら、空黎は思う。
こんな穏やかな時間が自分にも訪れる日が来るとは、想像もしていなかったことを。
穏やかな八つ時。
窓の外には午後の柔らかな風が吹き抜けていた。




