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輝夜の花嫁~嫁いだのは、余命一年の旦那様でした  作者: 綾瀬アヲ@2月初書籍発売


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第十九話 雪月花の観察

 ◇◇◇◇


「具合はどうだ?」


 往診に訪れた雪月花(せつか)は、慣れた様子で空黎の傍らに座り込んだ。

 相変わらずの馴れ馴れしさだが、雪月花とはそれこそ幼少期からの付き合いなのだから、空黎も今さら咎めることはしない。


「変わらない」


「嘘だな」


 正面から空黎の顔を見据えて、雪月花は涼やかに笑う。


「随分と顔色が良くなってきているじゃないか。それに――」


 ふと、意地の悪い笑みを浮かべた。


「最近は僕が来ても、以前みたいに追い返そうともしない」

「……うるさい」


 空黎がわずかに眉を寄せた。

 その反応がまたおかしくて、雪月花の唇がゆるりと綻ぶ。


「ほら、こうして反論するのも珍しい。前はただ黙って閉ざされた窓を見ているだけだったっていうのに」


 そう指摘されて空黎は顔を背けた。

 だが、雪月花の目は鋭い。


「診察するなら早くしろ」


 そう言って自分から袖をまくると、腕を差し出す。


(やっぱりな、)


 こうして診察にも素直に応じるだけでなく、こっちから促さなくても自ら腕を差し出してくるなんて。つい一週間前の空黎からでは考えられない態度だ。


「今朝の朝餉も文緒ちゃんの手作りかい?」

「…言う必要ない」

「相変わらず照れ屋だねぇ君は」

「さっさと診察しろ。何度も言わせるな」


 拒絶の言葉を投げかけながらも、しっかりと目を合わせて会話をしている。これは間違いなく、文緒がやってきてからの大きな変化だ。

 空黎自身は気づいていないのかもしれないが、少しずつ、だが確実に変わっている。


 雪月花は脈を取り、それから首に手を当てる。薄い寝着の襟元から覗く首筋に、わずかに血色が戻っているのが分かる。


「うん、とても良い傾向だ。文緒ちゃんのおかげだね」


 一通りの診察を終えて、ちらりと空黎の横顔を盗み見る。

 目を伏せた彼の耳の端がわずかに赤くなっているのを見て、雪月花は思わず苦笑を零した。


「……違う」


 空黎は即座に否定したが、その声には以前のような棘はない。


(違う、ねぇ?)


 雪月花は診察器具を片付けながら肩をすくめる。


「まぁ、そういうことにしておいてあげるよ」


 嘘をつけ――と心の中でそう思いながらも、今はあえて指摘せずにおくことにした。


「ところで、朝も二人で食事を取っていたようだけれど?」


 雪月花が何気なく言うと、空黎はほんの一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべた。


「どうして、」

「そこの机だよ」


 雪月花は顎で指し示した。


「向かい合わせで二人分の座布団が敷かれている。昨日までは何もなかったのに」


 にやりと笑いながら、したり顔で言う。


「医者の観察眼さ」


 空黎はますます眉間に皺を寄せた。

 だが、すぐに表情を引き締めて何もなかったかのように視線を逸らす。


(図星というわけか)


 雪月花は心の中で軽く笑いながら、薬箱を閉じる。


「良いことではないか。ずっと君に言ってきただろう?誰かを近くに置くことを、そんなに恐れることはないと」

「……今の俺にその資格は、」


 静かに呟いた言葉が、微かに揺らいでいた。


「資格――またいつものそれか」


 雪月花は、少しだけ呆れたように手を振った。


「それを決めるのは君じゃなくて、文緒ちゃんなんじゃないのか?」


 空黎は動かない。

 じっと、視線だけを窓の外に投げている。


「彼女の意思を無視してその運命まで君が決めつけてしまうのは、君自身が一番嫌っていたことなんじゃないかと思うんだけどね」


 これなら反論もできないだろうとばかりに突きつけると、予想通り不機嫌そうに顔をしかめて溜息をついた。


「……お前は昔から、そういうところが煩わしい」

「褒め言葉として受け取っておくよ。煩わしくなければ君の幼馴染も主治医も務まらないからね」


 そう言って微笑む。


「この何年か、君がどんどん殻に閉じこもっていくのを見ていたのだから」


 《《人の手の及ばぬ何か》》に唆されるかのように、殻に閉じこもり、周囲を拒絶し続けていた。

 その彼が今、少しずつ変わり始めている。


「それで、実際のところどう思ってるの?」


 雪月花は空黎をからかうように、顎に手を添えながらしれっと言った。


「……なんの話だ」

「手の施しようのなかった旧邸ここを綺麗に掃除して台所を復活させて、すっかり根暗になった君のために毎日欠かさず料理を作ってさ」


 空黎はわずかに目を伏せ、窓の外を見やった。


「……それがどうした」

「健気な子だと思わない?」

「どうも思っていない」

「へぇそう。ならどうしてきちんと食事をとるようになったんだ?」

「……そうしなければしつこく勧められるからだ」

「ふふ、じゃあ、文緒ちゃんが勧めるならこれからも食べるということだね?」

「……っ」


 空黎は一瞬言葉に詰まり、露骨に顔を背けた。雪月花はその反応を見て心底楽しそうに微笑む。


「これはこれは――思ったよりも進展が早いかもしれないな」

「……くだらない」

「まあまあ、そんなに拗ねるなって。僕は君を長年観察している幼馴染として最近の変化を好ましく思っているだけだよ」


 雪月花は悪びれもせず肩を揺らしながら笑った。


「……うるさい」


 空黎が顔を背けると、その耳の端がほんのりと赤く染まっている。雪月花はその変化を見逃さず、さらに追い打ちをかけるように口元を隠して笑う。


「なんだ、意外と可愛らしいところもあるじゃないか」


 雪月花は楽しげに呟きながら、空黎の肩を軽く叩いた。


「じゃあまた明日も往診に来るよ。もっと面白い話が聞けることを期待してる」

「……本当に煩わしい」

「ふふ、それこそが僕の存在意義だからね」


 空黎は心底鬱陶しそうに雪月花を睨んだが、もう何も言わずにただ黙ったままだった。


「なるほど、これはしばらく見守るのが楽しくなりそうだ」


 雪月花は悪びれもせず肩をすくめると涼しい顔で部屋を後にした。


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