誕生日ってマジで良い思い出ない
ガチャ…
俺の部屋のドアが開く音が遠くの方で聞こえたような気がする。
「それじゃ、帰るけど」
わざわざ田舎からやってきた姉が、帰るために声をかけたみたいだ。
「めずらしい寝てるの?」
「あ、あの!これは!その違うんですっ」
2人で眠っていた所に姉がやってきて、美鈴がベッドから出ていってしまった。
「いいよ、べつに私の事は気にせずナニしてたって」
「な、なにもしてないですっ」
うろたえている美鈴に姉がたたみかける。
「そんなのと付き合わないほうがいいよ」
「そんな言い方しないでください(仮にも家族なのに…だからミュートさんが一緒にいる事が無意味とか言うんだ」
「はぁ…ま、いいけど。それじゃ、私は帰るから」
呆れたような大きなため息の後、姉はマンションから出ていった。
俺はまだ眠たい目をこすりながら、美鈴の手を掴んだ。
「あ、起こしちゃいましたか?」
「…ううん。今日1日…そばにいて?」
それは、心の奥底に眠る本当の願いだ。
「どこにも行かないで……」
「私は、どこにも行ったりしないですよ」
美鈴の両手が俺の手を強く握りしめて、その拍子に我に返った。
最低だ……そんなこと言うつもりはなかったのに。
俺は、自分の手をすぐに引っ込めた。
「あ、ごめん。今日も塾でしょ?いまの嘘だから忘れて?」
俺は、平気を装うために起き上がった。
優しい美鈴が俺のために自分を犠牲にするのは嫌だ。
「でも…」
「美鈴の受験の邪魔をしないって言ったのは俺なのに、ごめん。俺は大丈夫だから」
美鈴を追い出すために、妙に早口になった。
「あ、あの!塾には行きます。でも、終わったら戻ってくるので…お祝いしましょう?」
「え…でも、帰り遅くなっちゃうからいいよ」
「いえ、今日が誕生日なこと知らなくてすいません…恋人なのに」
今度は美鈴が泣き出しそうな顔になってしまった。
「だって、今日よりも前に知ってたら、塾休んじゃったかもしれないでしょ」
「(…だから、言わなかったんですか」
「だって、俺のほうが大人なのに、そんなワガママ言えないじゃん…」
本当は言いたいよ。いまだって、どこにも行ってほしくはない。1人になんてしないでほしい。でも、それはただの俺のワガママだ。
「誕生日にワガママもなにもないです。俺なんかって言わないでください」
美鈴が俺のほうへと走ってきて、俺を抱きしめてくれた。
それだけで、救われたような気がするのに、それを信じることが出来ない俺は臆病者なんだろう。
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから、塾が終わったらまっすぐに帰りなね。クリスマスは、また今度どっか出掛けよう?ほら、もうすぐお昼になっちゃうから行って?」
俺は、美鈴の肩を掴むと玄関から出ていってもらった。
玄関にしゃがみ込むと、マンションの階段を降りていく美鈴の足音だけが聞こえる。
「(ちゃんと行ってくれてよかった」
1人になった部屋を見つめて、また頭痛がしてきてしまった。
………俺は、自分の部屋の引き出しの奥にしまってあるスマホを取り出すと1年ぶりに電源を付けた。
そして、そのままある場所へと電話をした。
夕方になった。曇り空の景色に夕日すら見えない。どんよりとした空気に包まれていた。
渋谷の街はイルミネーションでキラキラとしている。それが終わるのは今日だ。美鈴にクリスマスをやり直そう。と、言ったけれど、明日になればクリスマスらしさなんて、すぐに無くなってしまう。
鼻の頭が冷たくなるくらいのビル風が吹いていて寒い。
一人でいると、どうにかなってしまいそうだ。だから、いままでは誰でもいいから一緒にいた。壊れてしまうくらいなら、現状を維持していたくて…。
大切なモノは、できれば作りたくなかった。俺のワガママを受け入れてくれる人を見つけてしまったら、その人の人生を壊してしまいそうで怖かった。
自分の手で守りたいのに、自分のために壊れてほしい。何もかもを投げ捨ててでも自分を選んでほしい…。そんな、矛盾した感情を理解してほしいだなんて思わない。
好きな相手が大人なら、どこまでも甘えてしまいそうだから、未成年を選んだのかもしれない。自制心が働いているうちに、どうか相手が俺を嫌いになればいいとさえ思っていたのに、純愛が世の中で一番重たい存在かもしれないな。
それが妙に心地良いとか思えるのは、俺が狂っているからだ。
左手の薬指にはめた黒い指輪を見つめる。
「なにやってんだろ……」
『誕生日、必ずお祝いしましょう?』
信じていいのかな…今度こそ、この人はいなくならない…のかな。
「ミュートさん!」
俺は、何時間外にいたのかマンションの玄関付近でタバコを吸っていて、顔をあげるとそこには美鈴がいた。
「え、いま何時?」
「22時です。間に合ってよかった」
本当に戻ってきてくれるとは思っていなかったからビックリした。
美鈴は、俺の目の前に2個入りのマカロンを取り出した。ピンクと緑のマカロンだった。
「1つずつ食べる?どっちがいい?」
「いいえ、違いますよ。どちらもミュートさんの分です」
よくわからず、頭をかしげると、
「1つはクリスマスプレゼントで、もう1つは誕生日プレゼントなので、どちらもミュートさんの分です!」
プレゼントを2つも貰えると思っていなくて、苦笑してしまった。
「なら、どっちも半分こしようよ」
「だめですよぅ」
「賞味期限まだあるし、また明日一緒に食べよう?だから、今日は家まで送るよ」
美鈴から紙袋を受け取って、もう片方の手で美鈴の手を掴んだ。
あまりの寒さに空からは、雪が降ってきていた。
「わぁ!」
「どうりで寒いわけだ」
あいかわらず、美鈴の手のぬくもりを感じながら渋谷の駅まで向かった。
21時に消えてしまったイルミネーションが、より暗さと寂しさを感じさせた。
「ケーキでも買えばよかったね」
「私もそう思ってコンビニによったんですけど、もうケーキ1つもなくて…」
だから、美鈴はマカロンを持ってきたのか。女の子らしいなって思ったけど、ただケーキを見つけられなかっただけだったのか。
実家の父親もクリスマスのこの時間に帰ってきて「ケーキ半額だったぞ!」って、俺の誕生日の価値を半額にしていたっけか。その父親もケーキが見つけられない日は何も言わないで、まるでこの世にクリスマスも誕生日もないような顔してたな…。実家から出ても、キャバ嬢にとって大切な稼ぎ時の日に俺に会いに来る者はいるわけもなくて、何度自分が生まれたことを恨んできた事だろう。
ここで泣いたらいけないって分かっているのに、心の冷たさと手の中のぬくもりとの落差が大きすぎて涙がでてきてしまった。
「大丈夫ですか?」
「目に雪が……ごめん。大丈夫」
今日は、渋谷の駅に到着しても、そこでお別れにしなかった。この手のぬくもりから離れたくなくて、美鈴と一緒に電車に乗って、美鈴を家まで送るつもりでいた。のに…
自分が幸せになろうとした天罰かのように、大宮駅には美鈴の母が待っていた。
きっと帰りが遅い美鈴を迎えに来たのだろう。
「美鈴!何時だと思ってるの!」
「え、ママ?(いままでこんなことした事なかったのに、なんで今日にかぎって駅にいるの?」
俺が美鈴と繋いでいた手をむしり取るかのように、美鈴の母は俺を睨みながら美鈴を連れ去っていこうとしている。
「この人は誰?もしかして、塾にも行かずに遊び歩いてたの??」
「塾には行ったよ!塾の終わりが遅かったから送ってくれたんだよ」
美鈴がどんな言葉を選ぼうとも母の気持ちを落ち着かせる事はできそうになかった。
そりゃそうだ、元々は門限が厳しい家だと言っていたんだ。悪いのは俺でしかない。
けれど、こういう時いつもどうしたらいいのか分からない。
学生時代から、ずっと『もうウチの子に会いに来ないでください』と、何度も言われてきた俺からすると、美鈴とのお別れが秒単位で近づいてきている音さえ聞こえそうな気がした。




