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女の戦いって怖い

 今日も気だるいほどの朝が始まった。

それは、恋人が出来ても出来なくても変わらない。

 ただ、ソレが少しでも軽くなるおまじないがあるとするなら、自分が自分のためではなく、誰かのために生きようという気持ちがあるか、ないか…だろうか。


「おはようございます!」

「あ、美鈴ちゃん!おはよー仲直りできたみたいでよかった」

 いつも何かをお見通しなオーナーが、俺よりも美鈴に会えた事への喜びを噛み締めている。表情には出ていないかもしれないが、自分もそれなりには喜んでいるのにな…みたいな気持ちがないわけでもない。

 お店の奥の方にいた俺に小走りに駆け寄ってきた美鈴が、手紙を俺に差し出す。

「ありがとう。これ、お返し」

 俺は、手紙を受け取りながら、美鈴へあるものを差し出した。

「なんですか?」

「ラベンダーのポプリ」

 いまどきの若者には、ポプリというものへのなじみがないかもしれなかった。

 「リラックス効果があるから、疲れたら香りかいでみ」

「ありがとうございますっなんか、私ばっかりもらってばかりな気がする」

 俺は、気が引けしまっている美鈴の頭を撫でた。

「たぶん、俺も美鈴から貰ってるものたくさんあるよ?」

 たぶん、それは…目には見えない何かなんだろう。自分が高校生の時には決して手に入りようもなかった何かだ。

 誰かに疑われない未来が欲しかった。いつも最終的に待ち受ける裏切りと絶望の中で、俺は確かな光をずっと求めていた。自分にだけ与えられる真っ直ぐな光を………

「そうですか?」

 美鈴といると、いつでも明るい現実に引き戻される。

「うん。いってらっしゃい」

「いってきます」

 今日も学校へ向かう美鈴を見送った。

 どこまでも澄んでいる青みたいな透明さが、俺には羨ましくてあと少しだけ…少しだけでいいから、その傍に俺を置いてほしいって願わずにはいられなかった。


 仕事の休憩時間に、街中を歩いていて、ふとジュエリーショップに立ち寄った。

 指輪でもしていたら、いらない虫がよりつかないようにならないだろうか。

 漆黒の闇を閉じこめたかのような指輪を1人呆然と見つめていた。

「ペアリングですか?」

「え?あー…」

 もうすぐクリスマスが近づいている。確かにプレゼントするにはいい時期かもしれなかった。買った所で相手にちゃんとプレゼントできればのはなしではあるが。

「名前入れたあとでもサイズって直せます?」

「多少なら大丈夫ですよー」

 指輪を贈りたいと思い立ったところで、相手の指輪のサイズ知らないことに気づく。そもそも手を繋いだことも数回しかないし。

「じゃ、桜色の指輪に名前と、ショーケースの黒い指輪をいま付けて帰りたいんですけど」

「セットじゃなくてよろしいんですか?」

 …過度な期待はしたくない。もしかしたら、クリスマスが来る前に振られる可用性もないわけではないしな。と考え、プレゼント用だけどペアではない指輪を箱にいれてリボンをかけてもらった。

……指輪なんて、やっぱり重たいかな。

 一度、自分のマンションに戻ってきて荷物だけ置いて、もう一度職場に行った。


 夕方が始まる少し前、今日もオーナーに頼まれて歌舞伎町へ花を宅配に来ていた。

 今日は、この店で人気のお姉さんの誕生日のようだった。

 いろんな人から花が届き、祝福され羨ましいかぎりだ。

「あー加賀くーん♫お祝いに来てくれたのぉー?」

「違いますよ。俺はすぐに帰ります」

「仕事終わりなら寄っていってもいいんだよ?」

 キレイなドレスを身にまとった髪型からネイルまで完璧に仕上がった姿のお姉さんが、俺の薬指を見るやいなや顔色を変える。

「ちょっと!どーゆーことなの?」

「なにがです?」

 いきなりの怒りのボルテージについていけず、はぐらかそうとした俺をお店を出た裏路地に引っ張り出された。

「最近のウワサって本当なの?」

「どんなウワサが流れているかも知らないですけど?」

「ロリコンだなんて嘘でしょ?だって、私が君の好みのタイプでしょ?」

 俺の首に腕を回してきた女が顔を近づけてきた。

 俺の好きなタイプから遠い存在に好みをつきつけられて戸惑っていると、表通りのほうから聞き覚えのある声がした。

「ほらね、よく見て。アレがカガミンの実態ってわけ」

 まるで見計らったかのようなタイミングに舌打ちしたくなった。

 この時間にどうやって連れてきたのか、シマの隣には美鈴が立っていて、その瞳に俺とキャバ嬢をとらえていた。

 幻滅でもされてしまったのでは?と思っていると美鈴がキレたのはシマに向かってだった。

「いいかげんなこと言わないでください!」

 そして、シマの元から俺の方へと駆け寄ってくると、キャバ嬢と俺の間に立ち塞がるように立った。

「私のミュートさんに近寄らないでください!」

 美鈴が俺の前で両手を広げる。

「加賀くんは、みんなのモノなんだからいいんですーぅ。そもそもなんで学生に独占されなきゃいけないわけよ」

「わ、私が恋人だからです!アナタこそ、ミュートさんのなんなんですかっ」

 いきなり女子の喧嘩が勃発してしまった。

「私?私は、たくさんいる加賀くんのセフレの中の一人かなー?加賀くんはね、本命を作らないの。だから、高校生を恋人にするとか、嘘だよ。ざーんねんだったねw」

キャバ嬢は、自分の勝ちを確信しているかのように話を続ける

「恋人ごっこ楽しい?でも、体の関係があるほうが上じゃない?」

 大人の理屈に子供がどう立ち向かうのをニヤニヤしながらキャバ嬢は高校生にマウントを取っている。シマは、こういう争いになることを望んでココへ美鈴を連れてきたのだろう。

「証拠なら、あります」

「証拠?」

 ようやく絞り出すように口を開いた美鈴が、学生カバンからあるものを取り出した。

「これが、証拠です」

 美鈴がカバンから取り出したものは、全面記入済みの婚姻届だ。

「…………はぁ?!」

 キャバ嬢が、婚姻届と俺の顔を交互に見つめながら驚きを隠しきれないでいる。俺は、この顔を一生忘れられそうにない面白すぎて…きっとシマもビックリしていることだろう。

「カナさんは、俺に婚姻届書けって言ったこと、ある?」

「あるわけないでしょ!!」

「そうだよねぇー付き合う延長線上にあるものだもんねぇ婚姻届ってさ」

 カナさんの言っていた体の関係があるほうが上とかいう考え方をしたことはないが、付き合っていない時点で、セフレには一生手に入れる事が出来ないものをつきつけられてキャバ嬢は憤慨していた。

「たかが紙切れ1枚がなんだってゆーの!」

 キャバ嬢は美鈴から婚姻届を奪い取ると、それをビリビリに引き裂いてしまった。

「あ……………」

 この世に1枚しかない紙を破かれて美鈴が震えている。

 そんな美鈴を慰めるように頭を撫でる。

「カナさん、それが俺からの今年の誕生日プレゼントかなw」

 俺は、いままで弄ばれてきた分の怨念さえ上乗せされていそうな声でお別れを告げた。キャバ嬢側が俺に遊ばれていると思っていたのかもしれないけれど、俺からしたら日々を女達に遊ばれていると感じていた。それは、もはや被害妄想の域かもしれないが、歌舞伎町にいる女の人達と一緒にいても楽しくはないんだ。

 俺は、置いてけぼりにしている美鈴の手を掴むと、表通りに向かって歩き出した。そこには、取り残されるように立ったままのシマがいたけれど、俺も美鈴も話しかけることなく、その横を通り過ぎた。

「どうやって連れてこられたのかは聞かない…でも、高校生がついてくるような場所じゃないかな。仕事の途中だけど、塾まで送るよ」

「すいません…」

「謝らないで、こっちこそごめん」

 また、美鈴には誤解させるような場面に出くわしてしまった事が申し訳ない。

「あの…………」

 美鈴が俺に何を言いたいのか、すぐにわかってしまった。

「また、書いてあげるから安心して」



正直、いざこざに紛れて誰かに破かれるだろうという前提で婚姻届には記入した。そこまで計算尽くだとズルいって言われてしまうかな…

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