街灯に集まる虫
〈女子高生目線〉
また次の日、私は花屋さんへ走った。
塾の終わりに好きな人に会いたくて、これでもかっていうほどの早さでダッシュしていた。
時刻は、21時15分。花屋のシャッターは、もう閉まっていた。
「…………はぁはぁ。間に合わなかった」
お兄さんは、閉店時間は21時だと言っていたし、きっちり21時にはカギをしているのを昨日見た、今日は塾が21時に終わったから、そこから走っても会えるわけはないんだ。
でも、もしかしたらと思って走ってしまった。出待ちをするのはダメだよ。って言われてしまったら、偶然を装うしかない。
そんな私が落胆していると、ガシャッという音がしてシャッターが少しだけ動いた。
足元からスッと指がでてきたきと思うと、ガラガラガラっとシャッターは上に上がった。
「あれ?こんにちは」
シャッターをくぐって出てきたのは、お店のオーナーさんだった。
「あ、どうも。こんばんわです」
私は、内心ガッカリしながら、それでも挨拶を交わした。
「いま、帰り?」
「はい。そうです」
50歳を越えた大人の男性なのに、親しみやすい声だと思った。
「加賀くんは、今日お休みだよ?」
「え!あ、そうなんですね…」
初めて聞く彼の苗字を心に刻む。その間にオーナーさんが私の顔を覗いていたようで、ビックリして後ずさる。
「僕みたいなオジサンはタイプには、入れてもらえない?」
「えぇ??」
私は、変な声をあげてしまった。
「……だめか。残念だなぁーま、加賀くんはカッコいいもんね」
「はいっ!!」
私が勢いよく答えたから、オーナーさんをすごい苦笑させてしまった。
「あ、違うんです!オーナーさんもカッコいいです…よ?」
「高校生に気を使われちゃった」
オーナーさんは、「いいよいいよ。大丈夫」と笑っていた。うぅ、こういうとき、なんていうのが正解だったんだろ…。
「駅まで行くの?」
「え…えっと…………」
駅までの道を聞かれて戸惑っていると、そこに聞き慣れた声が耳に届いた。
「俺でも犯罪なのに、オーナーがそれやったら、もうパパ活ですよ?」
お休みのはずのお兄さんの声がして振り返ると、お兄さんの隣には綺麗な女の人がお兄さんの腕を組んでいた。
「ヒドイなぁ…加賀くん、お金とか払ってないでしょ」
「お金払わずにヤろうとしたら、もっとヤバイでしょ」
隣のお姉さんがクスクスと笑っている。
なんだか、大人の雰囲気に私だけがついていけてなくて、どう反応していいのか分からない。
…ただ、気になることは聞かなくちゃ、と思い頑張って口を開いた。
「あ、あの!その、女の人と付き合ってるんですか…?」
「いや」
答えはすぐに帰ってきた。ホッとしたらいいのかどうかも分からなくて、下を向いた。
お兄さんは、1人だけ私の前にしゃがみ込み、私の顔を見上げた。
「どうして?」
「その……腕を掴んでたので…」
自分でも、恥ずかしいくらい子供っぽいこと言ってるなって思った。
「いまのところ誰とも付き合ってはないんだけど、なんかそのへん歩いてると勝手に腕組んてくる人達いるんだよね東京って……君も、する?」
「いえ、大丈夫です…」
付き合っている人がいなくてホッとしたはずなのに、ライバルの多さに結局悔しさがこみ上げてくる。腕を組んでもいいよ?と聞かれて、腕を組みたい気持ちはあるのに、それをしてしまったら私もお兄さんの中で『勝手な人達』に含まれてしまうのが悲しいような気がした。
お兄さんは優しいから、きっと女の人を邪険に出来ないだけなんだ。
…………それすら、憶測でしかないんだけど。
私からの返答を聞くと、しゃがんでいたお兄さんがようやく立ち上がった。
そして、目線がいつもの高さになると、お兄さんは私の頭をポンポンと優しく撫でた。
「塾、おつかれ。今日も偉いね。気をつけて帰りな」
今日は、もう送ってはくれないんだ。
「………はい」
いまココに4人も人がいる中で、私だけがコドモなんだと思い知らされる。
私は、お兄さんから背を向けるまで泣かないと決めた。
私は、それを悟られないように渋谷駅へ向かって走り出した。