花屋の閉店時間
花屋の仕事は21時には終わりをつげる。
夕方頃を境にだんだんと人は減っていく。駅から少し離れたこの場所もだいたい20時50分くらいになったら、俺は店のシャッターを閉める。
「…………あれ?」
店の外に出てみると、いつもの女子高生が店の前に立っていた。
「あ!お兄さんっ今終わりですか?」
「そうだけど」
もしかして、いまからデートとか言われるんだろうか?
「あの!」
「学生は早く帰らないと、でしょ?」
仕事終わりにどこにも誘えないと理解したのか、あからさまに機嫌を損ねられてしまった。
「今日は、塾の帰りだもんっ」
「塾って…いつもこんなに遅くなるの?」
「え、まーそ、そうですねぇ」
女子高生の目が少し泳いだような気がするのは気のせいだろうか。…本当に今日塾に行ったんだろうか?
「ま、いいや。送るから、中で少し待ってて」
「え!いいんですか」
シャッターを閉めた外で高校生を持たせるのも、なんだか怖く思えてお店の中側に入ってもらった。
「閉店時間に初めてきたー」
いつもは、店の外に並べられている花達をいったん室内にしまうから、いつもよりも場所が狭い感じになっていた。
女子高生には、同じ場所が少し違う場所のように思えるのかもしれない。
キョロキョロとして落ち着かなそうにしている。
俺は、その日1日の会計を済ませていた。オーナーが作ったよくわからない家計簿みたいな伝票に必要事項を記入していく。レジ金をしまうと、エプロンを棚に置いた。
お店の奥から財布と店のカギを持ってくる。
「電気消しちゃうけど、大丈夫?」
「え、あ、はい!」
相手の反応を待って俺はお店の電気を消した。スイッチのカチンッという音がすると店内の電気がすべて消える。
俺は、女子高生の前を通り店のシャッターを腹の位置ほどまで持ち上げた。
「くぐれる?」
「はい」
夜だけれど、外の街灯の明かりのおかげでシャッターをあげると、真っ暗闇に少しだけ光が差し込んでいるような感じになる。
女子高生は、その光を頼りに俺の方へ近づいてきて、シャッターをくぐって外へ出る。
それを見届けた俺もシャッターの外へ出た。カギをかけると駅の方へと歩き出す。
「その格好のまま帰るんですね」
「まー店の制服じゃないしね」
オーナーから指定されているのは、黒いシャツという事だけなので、髪色も自由だしこの職場はそういう意味で楽でいい。
少し歩くと渋谷駅までは、すぐに到着した。
「どこまで帰るの?」
「え?!家まで送ってくれるんですか??都内に住んでるわけじゃないですから、大宮までだとけっこうありますよ?それに、塾から帰るときは今日よりも遅いですし、なによりそれでも毎日自分で帰ってますよ?」
「そうなんだ。じゃーいいか」
女子高生に背を向けて歩き出そうとした瞬間に腕を引っ張られた。
「あ、やっぱり送ってくださいっっもうちょっと一緒にいたいです」
デートをしないかわりが、家に送るなら、まだマシかなと思い大宮までの切符を購入した。
女子高生は、毎日通っているだけあって定期をピッとやりながら改札を通っていた。
「鉄道系の電子カード持ってないんですか??」
「そうだね」
花屋の近くに住んでいるので、普段電車にはあまり乗らない。東京という場所は、それだけ歩ける距離になんでもある。
俺は、電光掲示板を見上げながら、渋谷から大宮までの時間を確認する。
「家に帰るのが22時って受験生も大変だね」
「逆に、門限うるさかったから、夜まで外にいられてラッキーくらいに思ってます」
「行きたい大学があるんじゃないの?」
元気そうな顔が一瞬曇る。
「そうなんですけど、学校でも勉強、塾でも勉強ってしてると…なにしてるんだろ?みたいな気持ちにはなります」
電車が来て、女子高生の座った隣に腰掛ける。
「ま、そうだね。勉強するのも全力をかけられるのも高校生までって気もするけどね」
「お兄さんは、大学には行きましたか?」
現役女子高生に俺の人生がどう役にたつのかは分からないが、聞かれたので答えることにした。
「短大には行ったけど、べつにいまの職に活かしているか。と、聞かれたら全然って感じかな」
「………そうなんですね」
行きたくもない大学へ行くのに、受験という時間がとられてしまって複雑な気持ちなんだろうか?
「大学。楽しいと思うよ?高校とは、全然違うから」
「そうですか?!べつに今が楽しくないわけではないんですけどね?!」
あからさまに何かが不服そうなのに、いまの自分を下げたくないのか、女子高生は日常生活の退屈さを、そう思わないように自分に言い聞かせたいかのようだった。
なんとなくその気持は、分からなくはないんだ。自分もそうだったから。相手から何も聞いていないのに、決めつけるのはよくないかな。
あーでもない、こーでもないという話をしていたら大宮の駅についた。
「えと…なんで、今日家まで送ってくれたんですか?」
「女子が夜に1人って危ないでしょ。それ以外に理由なんてないよ」
「それだけですかぁ………」
なにを期待していたのか落胆されてしまった。
「昼間にお店に来るのはいいけど、夜の閉店時間に待ってるのはダメだからね」
「だってぇ~そうじゃないと、こんなに喋れないじゃないですか…せめて連絡先」
俺は、相手が全部を言い終わる前に返答した。
「あ、俺スマホ持ってないから」
「いまどき、そんな人います?!」
「ちなみにSNSも何もやってないから」
「えぇえぇぇ!!何もお兄さんのこと知れるものないじゃないですかーぁ」
あまりにショックだったのか、目を見開いて落胆しトボトボと歩き始めてしまった。
「もっと一緒にいたかったのにぃー、家についちゃいました…」
「そ、じゃーね。おやすみ」
むこうが名残惜しいとか言う前に、すぐに背を向けた。その背中越しに女子高生は問いかける。
「あの!またお店に遊びに行っても本当に大丈夫ですか?」
「それはもちろん。お客様なんだからね」
ふわふわした気持ちを一刀両断するように『お客様』という言葉を使った。
「そうじゃなくて、脈ナシなら諦めろとか言わないんですか?」
「言わないけど、そのうち分かるよ。俺に費やしていた時間なんて無駄だった。って」
「…そんなわけないじゃないですか」
遠ざかりながら喋っていたから、最後に向こうがボソッっと、言った言葉は聞こえなかった。