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沈黙の記録

仮面の欠片が砕けた音が、静寂の中に溶けていく。


 ユリウスは《蒼牙》を収めたまま、ゆっくりと遺跡の奥へと歩みを進めた。空気の流れが変わった。戦闘の余波でざわめいていた魔素が沈静し、代わりに異様な重みを伴う静けさが満ちている。


 ──ただの静けさではない。何かが、息を潜めてこちらを窺っているような。


 石造りの回廊を抜けると、ひときわ広い空間に出た。天井の一部が崩れ、自然光が斜めに差し込んでいる。埃に舞う光は神秘的な美しさを伴いながらも、空間の中央にあるものを照らし出していた。


 ──人影。


 それは、崩れかけた祭壇のような石台の前に、項垂れて座り込んでいた。ローブをまとったその人物は、まるで眠るように静止している。


 ユリウスは警戒を崩さずに近づき、しゃがんで確認する。


「……死んでる、か」


 肌は青白く、体温もなかった。だが顔の輪郭に見覚えがある──ギルドが提出した調査隊の名簿に載っていた隊員の一人だ。


 そして、その傍らには日記のような小型の記録媒体が残されていた。


 ユリウスはそれを手に取り、慎重にページをめくる。墨のにじみと震える筆跡が、極限状態で綴られた文字であることを物語っていた。


「……この遺跡には、“見てはならないもの”が封じられていた……。だが、我々は触れてしまった。古の扉の奥に……それがいる……。仮面を戴いた者たちは“番人”に過ぎない。真に恐るべきは……“主”……」


(封印……そして、主?)


 ユリウスは眉をひそめた。あの異形は番人であり、真の脅威ではなかったというのか。


 さらに記録には、遺跡の最深部に存在する「封印の間」についても言及されていた。鍵を持つ者しか開けられないその扉は、異形によって守られている、と。


「鍵……?」


 ユリウスは周囲を見回し、倒れていた隊員の胸元に視線を落とす。そこには、奇妙な金属片──文様が刻まれた半月状のプレートが吊るされていた。


 手に取った瞬間、魔力が微かに反応した。古代語による封印術式が刻まれているようだ。


「これが……封印の扉を開く鍵か」


 その時だった。


 背後から、微かな足音が響いた。


 ユリウスは即座に剣に手をかけ、反射的に振り向く──が、そこにいたのは襲撃者ではなかった。


 白衣をまとった少女が、通路の影からよろめきながら現れた。


 息を切らし、虚ろな目でこちらを見つめている。


「……あなたは……ギルドの……人?」


 ユリウスは驚きに目を見開いた。


「生存者……!」


 少女は、調査隊の一員。だが、その身からは異様な魔力の揺らぎが漂っていた。


「……お願い……行かないで……封印の間には……“目覚め”が……」


 そう言いかけた彼女の身体が、ふいに震え始めた。


 黒い霧のようなものが彼女の背後から立ち昇り、刻まれた術式が共鳴するように淡く光り始める。


(……何かに取り憑かれてる? いや、それとも──)


 ユリウスは剣を構えながらも、即座に斬りかかることをしなかった。


 そこには、まだ“意志”があった。助けを求める瞳が、確かに存在していたからだ。


「大丈夫だ。お前は──まだ自分を保っている」


 彼はそっと語りかけた。次の行動を選ぶ前に、何より“この命”を守るために。


 だがそのとき、遺跡の奥から再び、圧倒的な“何か”の気配が溢れ出す。


 封印の間が、呼応している。

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