仮面の問いかけ
石の床を這い出てきた異形の存在は、鈍く光る仮面越しにユリウスをじっと見据えた。
全身を覆う黒い外殻は、鎧とも肉体とも判別のつかない異様な質感をしている。胸の中央に刻まれた紋様が、淡く明滅しながら脈動していた。
やがてその存在は、喉奥を震わせるような低い声で呟く。
「……何故、ここに来た。掟を破る者よ」
「掟?」ユリウスは《蒼牙》を構えながら応じた。「俺はただ、原因を断ちに来ただけだ。調査隊がこの遺跡で消息を絶った……奴らを襲ったのは、お前か?」
異形は無言のまま、仮面の奥から白く冷たい息を吐き出す。それは霧のように床を這い、周囲の魔素をざわめかせた。
次の瞬間、異形が床を抉る勢いで跳躍する。
「来るか──!」
ユリウスも同時に踏み込み、斬撃を繰り出す。《蒼牙》に宿る青白い魔力が閃き、鋭い音を立ててぶつかり合った。
金属のような衝撃が響き、剣と異形の腕が交錯。だがその腕は変形し、斧状となって角度を変えながら剣を巻き込むように薙ぎ払ってくる。
ユリウスは横へ跳ねて攻撃をいなし、距離を取る──だが直後、真上から脚部が叩き落とされた。
「──っ!」
空中制圧。間髪入れずに繰り出された重力の一撃を、ギリギリで回避する。
(さっきまでの影とは格が違う……!)
体勢を立て直す間もなく、異形は滑るように側面へ回り込む。その仮面から魔素の槍が斜め下から突き上げてきた。
ユリウスは即座に魔力を巡らせ、空間を断ち斬る。
「──《霧刃・壱ノ型──瞬閃》」
一瞬、姿が掻き消えたかのように見えた。次の瞬間、異形の背後に移動し斬りかかる──が、読まれていた。
異形は肘を跳ね上げ、即座に背後へ打ち込む。
ユリウスは剣で受けるも、衝撃に吹き飛ばされて柱に叩きつけられた。鈍い痛みと共に粉塵が舞い、彼は膝をつく。
「……なるほど、こっちは一筋縄じゃいかないな」
再び立ち上がりながら、第二の型へと移行する。
「──《霧刃・弐ノ型──斜刃連舞》!」
大きく弧を描くように剣を振り抜く。風が巻き起こり、そこに重なるように複数の幻影斬撃が異形を包囲するように襲いかかる。
異形は両腕を交差し、広範囲の防御姿勢を取るが──
黒殻が裂け、内部から黒い魔素が滲み出す。
(効いている……だが、まだ止まらない)
異形は傷を負いながらも、速度を増す。地を蹴らず、滑空するように高速で接近、腕を槍に変形させて横薙ぎ。
ユリウスは即座に構えを変えた。
「──《霧刃・肆ノ型──返刃》!」
反撃の構え。一瞬で五連撃を叩き込み、異形の動きを一時的に止める。その隙を逃さず、続けて陣形斬撃へと移行する。
「《霧刃・陸ノ型──流閃陣》!」
回転する動作に乗せた鋭い斬撃が仮面を狙う──しかし、直前で躱された。
(それでも、まだだ。決めるには……)
次の瞬間、異形の胸に刻まれた紋様が再び激しく脈動し、光を放つ。
そこが“核”だ──直感が告げていた。
ユリウスは刃に魔力を集中させる。《蒼牙》が低く震え、軌道を歪ませるような螺旋の魔力が刃を包む。
「──《霧刃・伍ノ型──裂旋》!」
大気が裂けた。螺旋の斬撃が渦を巻き、敵の胸部めがけて一直線に突き進む。
異形は防御の構えを取るが、その外殻ごと吹き飛ばすかのような一撃が紋様を穿った。
仮面が割れ、胸の紋様が音もなく砕ける。
「──これで、終わりだ」
異形は動きを止め、膝をつき、やがてその姿は煙のように霧散した。残されたのは砕けた仮面の欠片と、静寂だけ。
ユリウスは剣を収め、深く息を吐く。
まだ、遺跡の奥には何かがある。だが今、確かにひとつの脅威を打ち払ったのだ。
(調査隊の痕跡を探すか……あるいは、まだ誰かが生き残っているのか)
静けさに包まれた空間を一歩踏み出す。背後で、仮面の欠片がひとつ──音を立てて割れた。
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