影より出でて
ユリウスは《蒼牙》を構えたまま、一歩も動かず影と対峙していた。
その“影”は人の形を保ってはいたが、実態がない。仄暗い魔素が形作るだけの存在。だが、確かに“殺気”はあった。
(ただの魔素の塊じゃない。意志を持って動いている……?)
次の瞬間、影が滑るように前進した。脚もなく、地を蹴る音もない。それでも不可解な速さでユリウスの懐に入り、腕のような“刃”を繰り出す。
ギリ、と金属がきしむ音。
ユリウスは辛うじて《蒼牙》で受け止める。しかしその瞬間、刃が刺さったわけでもないのに、体の内側にぞわりとした“冷え”が走った。
「……精神干渉か。攻撃そのものに、幻覚系の魔素が含まれてるな」
目を凝らし、感覚を研ぎ澄ませる。次の攻撃は、影の両腕が刃となって交差するように斬りかかる二連撃。
ユリウスは後ろへ跳び、回避と同時に逆手に構えた剣を下から突き上げる。
「──斬り伏せろ、《蒼牙》!」
剣に宿った青い魔刃がうなりを上げ、影の胸部を裂いた。霧のように魔素が飛び散る。しかし、影は即座に形を再構築する。
(通ってはいる。だが……決定打になっていない)
影は沈黙のまま、今度は壁に張りつくように移動し、そこから斜めに跳躍してきた。物理法則を無視した動きに、ユリウスは視線だけで追う。
迎撃。刃と刃が交錯し、火花とともに衝撃が弾ける。
だがその刹那、ユリウスの背後にもう一つの“影”が現れた。
「っ──!」
回避が間に合わない。ユリウスは反転しながら、腰を低くして飛び退く。背中をかすめるように黒い腕が伸び、床を深く抉った。
影が“分裂”したのだ。
(あの石碑の魔素が、まだ供給されている……無限に湧く気か)
ユリウスは息を整えると、視線を石碑に向ける。中心から放射される魔素の筋が、影たちの核になっている。
(止めるなら、あれを断たねばならない)
だが、無数に分裂しつつある影をすべて相手にしていては埒が明かない。
ユリウスは一瞬、目を閉じて意識を集中した。《蒼牙》の刃先が青白く輝き、足元の空気が張り詰める。
「──《霧刃・壱ノ型──瞬閃》」
空気が跳ねた。
一瞬、ユリウスの気配が消えたかと思えば──次の瞬間には、影の背後にすでに回り込んでいた。
斬撃。
閃光のような一太刀が、影の核を正確に穿つ。直後、踏み込みを変えて身体を捻りながら旋回、もう一体の影へと流れるように接近。
「──そこだ!」
刃が二閃目を刻むと、影は断末魔のような音をあげて霧散した。魔素が飛び散り、空間に濃密な“圧”だけが残る。
そして──石碑の魔素の流れが、ぴたりと止まった。
「……魔素の供給は止まったか」
ユリウスは肩で息をしながらも、油断はしなかった。
そのときだった。
――ザリ……ザリ……
またしても石の床を踏む音。しかしそれは影ではない。まるで“鎧”を引きずるような、重く軋む音だった。
壁の奥から、何かが這い出てくる。人ではない、“かつて人だったもの”のような、異形の存在。
その顔は仮面に覆われ、胸には奇妙な紋様が刻まれている。
「……なるほど。今度は、言葉を交わせそうだな」
ユリウスはわずかに口元を歪め、再び剣を構えた。
戦いはまだ、始まったばかりだ。
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