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遺跡突入

夕暮れが始まりかけた頃、ユリウスはついに〈ヴァンデル遺跡〉の前にたどり着いた。


 かつて砦として機能していた石造りの建造物は、今や蔦に覆われ、長い時間に取り残された風格を漂わせている。だが、その奥からほのかに漏れる魔素の圧――目には見えずとも、肌を刺すような“気配”が確かにあった。


「……なるほど。ここか」


 ユリウスは片膝をついて地面を調べる。踏み荒らされた草、爪痕のようなひっかき傷、そして……乾いた血の跡。調査隊のものだろう。やはり中に入った形跡がある。


 彼は小さく息を吐くと、懐から魔石のランタンを取り出し、腰の《蒼牙》をゆっくりと引き抜いた。


 ──そして、遺跡の門を押し開ける。


 中はひどく静かだった。空気は重く、ほんの数歩進んだだけで視界がかすむような魔素の濃度。壁の装飾は風化し、崩れかけた石の床が足音をわずかに響かせる。


 (内部の構造が解析不能だった理由もわかる……)


 地図も記録も、まるで役に立たない。構造が変わっている。歩くたびに、違和感が増していく。


 そのとき。


 ──カッ……カッ……。


 石を踏む足音が、背後から聞こえた。


 ユリウスは振り向く。その先には……誰もいない。だが音は、確かに近づいている。


「幻覚……いや、魔素に由来する精神干渉か?」


 剣を構えたまま、彼は周囲を警戒する。足音は消えたが、空間全体にまとわりつくような圧が残る。まるで“何か”が彼を試しているかのように。


 彼は口を引き結び、奥へと進んだ。


 それが、“発見”への第一歩となるとも知らずに──。


     * * *


一方、ギルド〈蒼銀の剣〉。


夕方の柔らかな光が窓から差し込むなか、シエラは報告書の整理を終えてもなお、何度も資料を見返していた。彼の役に立ちたい。ただその一心で、手を休めることができない。


「シエラさん」


穏やかな声が背後からかけられる。振り返ると、ギルドのベテラン職員であり、受付課を取り仕切る年上の女性――マリアが立っていた。彼女はいつもシエラを気にかけ、無理をしないよう優しく声をかけてくれる存在だ。


「もう十分よ。あとは私たちに任せて。ずっと張り詰めた顔をしていたら、帰ってきたユリウスさんに心配されちゃうわよ?」


シエラは苦笑いを浮かべながら答える。


「ありがとう、マリアさん。でも、じっとしているのは苦手で……」


その言葉には不安と、そして確かな決意が混ざっていた。


マリアは静かに頷き、そっと言葉を続けた。


「じゃあ教えて、シエラさん。ユリウスさんが無事に帰ってきたら、最初に何て声をかけるつもり?」


シエラは戸惑いながらも窓の外に目を向ける。西の空に沈みかけた夕陽が街を染めていた。


答えはまだ見つからない。でもその問いかけが、彼女の胸に温かい光を灯した。


「……ありがとう、マリアさん。きっと、何か言えるようになると思う」


マリアは優しく微笑み、そっとシエラの肩に手を置いた。


「それでいいのよ。みんな待っているから――私たちも、あなたも」


     * * *


 その頃、遺跡の奥では。


 ユリウスは狭い通路を抜け、開けた部屋へとたどり着いていた。半崩れのドーム状の空間。中央には奇妙な装置のような石碑があり、そこから放射状に魔素の筋が伸びていた。


(……何だこれは)


 調査隊の痕跡はここで途絶えている。血の跡も、道具も残っていない。だが代わりに、何かに引きずられたような痕跡と、石碑から微かに響く“音”。


 低く、低く、何かが呼ぶような――。


「……やっぱり、面倒な話になりそうだな」


 ユリウスは再び剣を構える。


 次の瞬間、空間が脈打つように震え、影が立ち上がった。


 人の形をした、魔素の塊。


 魔獣ではない、“何か”がそこにいた。

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