遺跡へと続く道
山沿いの街道を、ユリウスは一人進んでいた。
目的地は〈ヴァンデル遺跡〉。かつては王国の辺境を守る砦として築かれたが、今では風化した石壁だけが残る、忘れ去られた遺構だ。
しかし近ごろ、その周辺の魔素濃度が異常上昇しているとの報告があり、王都の学者たちによって調査が行われていた。
だがその調査隊が消息を絶った――それが、今回の依頼の発端だった。
(遺跡の中で何かが起きている。魔素の濃度が上がるだけならともかく、連絡まで途絶えるとなれば……)
鞍袋の中で紙が揺れる。ギルドから渡された地図と、現地の観測記録。それを確認しながら、ユリウスは足を止めることなく、目を細めた。
空にはまだ雲がかかり、風は冷たい。遺跡まではあと半日といったところか。昼には陽が差すかもしれないが、魔素が高まっている場所では、それも気休めにしかならない。
ユリウスは腰の剣《蒼牙》に手を添える。鞘越しでもわかる、淡い振動。周囲に漂う気配が、少しずつ濃くなっている。
――何かが、いる。
だがその瞬間、茂みの奥で葉が揺れた。
「……来るか」
次の瞬間、草むらを割って飛び出してきたのは、一体の魔獣だった。
四足で駆ける狼型。毛並みは黒く、目は赤く光っている。普通の獣ではない、魔素に侵された個体――いわゆる“魔獣化”の症状だ。
「お前で、どれほどか測ってみよう」
ユリウスは無造作に剣を抜く。次の瞬間、風が切り裂かれる音と共に、斬撃が走った。
一拍遅れて、魔獣が崩れ落ちる。完全な一撃――だが、彼は油断しなかった。茂みの奥に、さらに二体。群れている。
連撃。だが、間合いの内側に踏み込ませない。一歩ごとに死角を奪い、二歩目で反撃の刃を振るう。まるで踊るような動きで、敵の動きを読み切り、一体ずつ確実に仕留めていく。
やがて、地面には倒れ伏す魔獣が三体。ユリウスは肩で呼吸を整えながら、剣を振り払い、鞘へと納めた。
(やはり、遺跡の周囲はおかしい)
その確信は、すでに確固たるものとなっていた。
彼は改めて地図を確認し、再び歩き始める。次に来る戦いは、さきほどの比ではないかもしれない。それでも、彼の歩みに迷いはなかった。
* * *
一方、ギルド〈蒼銀の剣〉。
シエラは資料室の机に向かい、散らかった報告書や地図、遺跡周辺の観測記録をひとつひとつ丁寧にまとめていた。彼女の手元には、ユリウスが出立前に頼んだ「すべての情報」が、可能な限り整えられつつある。
しかしその手は、時折ふと止まる。
(消息不明、魔素の異常上昇、構造未解析……これは、ただの遺跡じゃない)
シエラの脳裏には、淡々と綴られた報告書の文面が、冷たい文字のまま焼き付いていた。どこかで“最悪”の可能性を思い浮かべてしまう自分を、打ち消そうとするように彼女は首を振る。
そのとき、扉がノックされ、ギルド受付の少女・ミーナが顔を覗かせた。
「シエラさん、大丈夫ですか? お昼、持ってきました」
「ありがとう、ミーナ。でも、まだ大丈夫。あと少しで片付くから」
そう言いながらも、シエラは笑顔を浮かべようと努力する。だがその表情は、どこか硬い。
ミーナはそっと湯気の立つスープ皿を机に置いたあと、小さな声で言った。
「ユリウスさん、きっと無事に帰ってきますよ。……だって、あの人、いつもそうだったから」
その言葉に、シエラは一瞬目を見開き、そしてようやく小さく笑った。
「……うん。そうだね。ありがとう」
他のギルドメンバーたちも、それぞれに静かに任務の準備や書類仕事を続けていた。だがその空気の底には、いつもとは違う緊張感が確かに流れている。
普段は冗談を飛ばし合う若手の剣士たちも、今日は声を潜め、何かを待つような視線を扉へと向けていた。
誰もが知っているのだ。あの男――ユリウス=レインハルトが動くということは、それがただ事ではないという証拠なのだと。
再び資料に目を落としたシエラは、書きかけの報告書の余白にそっと一文を記す。
──〈蒼銀の剣〉、遺跡調査補佐班、全情報整理完了。責任者:シエラ・リューネ”。
記し終えたとき、彼女は深く息を吐き、静かに呟いた。
「……どうか、ご無事で。ユリウスさん」
その祈りは、昼下がりの光とともに、ギルドの窓からそっと空へと昇っていく。
* * *
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