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静穏の帰還

 異形との激戦を終えたユリウスたちは、王都組とともに〈蒼銀の剣〉のギルド本部へと帰還する。

 南区画での戦闘は激しく、被害も少なくはなかったが、それでも最悪の事態は免れた。


 ギルドの扉を開けると、聞き慣れた木の軋みと、ほんのり漂う食事の匂いが出迎えてくれる。

 その空間は、ついさっきまで命のやり取りをしていた現場とはまるで別世界のようだった。


「……戻ったか。全員、無事で何よりだ」


 クラウスが迎えの言葉を放ち、厳しくも優しい眼差しを仲間たちに向ける。


「ふふ、ただいま戻りました!」

 リリィが笑顔で応え、両手を胸の前で合わせた。

「みんな、本当に無事でよかったです……!」


「ふん、まあな」

 エルドが肩をぐるりと回して笑う。

「軽くひねったくらいで済んで良かったぜ。お前、また突っ込んでいったろ?」


「突っ込んでません! ちゃんと後衛でサポートしてましたっ!」

 リリィがぷくっと頬を膨らませると、エルドはげらげら笑い、リオは静かに肩をすくめた。


 各々が椅子に腰を下ろし、水を一口含む。ようやく訪れた静けさに、全身の力がじわじわと抜けていくのがわかる。


「異形の魔物は討伐済み。確認できた範囲では、残留魔力も消えていました」

 ユノが淡々と報告を述べ、銀髪を払って視線をクラウスへと向けた。


「完全に仕留めた、か」

 クラウスが頷き、続けて言う。

「……今回の一件、我々は本来“震源調査”のために動いていた。しかし予期せぬ形で“現実の脅威”が現れ、それに対処した。結果的に、判断は正しかった」


「放っておけば、もっと被害が拡大してたのは間違いないですからね」

 シルヴィアが、どこか安堵を込めた笑みで応じた。

「少なくとも……“目の前の人命”は守れた。それだけで、動いた価値はあったと思いますよ」


「異形は厄介だったが……動きは読めた」

 ヴァルドが大剣を壁に立てかけ、どっかと腰を落とす。

「まったく、あんなのが街中に出てくるとはな。骨の折れる仕事だったぜ」


「異形は……理から外れている」

 フィアが落ち着いた声で言う。

「魔力構成が崩壊しかけているのに、攻撃性と機能性を保っている……あれは“生物”ではなく、“現象”に近い」


「うん、確かに。魔術的にも、自然発生とは思えなかったです」

 シルヴィアが顎に手を当てて首を傾げる。

「まるで“誰かに意図されて”生み出されたような、そんな違和感がありましたね」


 重苦しい空気が一瞬、場を包む。

 だがそれを払うように、クラウスが声を発した。


「とはいえ、いつまでも足を止めてはいられん。震源の調査は後回しになっていたが──次こそ、本来の任務に戻るときだ」


 地図を広げながら、リオが補足を加える。


「震源地は、北東の旧祭壇跡地。先の魔力測定で異常な波長が観測されている。魔力反応は次第に強まり、周期も短くなっている」


「異形が生じたのも、その影響下でしょうね」

 ユノが静かに言う。

「根本の原因を突き止めなければ、また同じような現象が起きかねない」


 机上に広がる地図を皆が囲むように覗き込み、それぞれの視線が一点に集中する。

 ギルドの大広間に、再び緊張が走り始めていた──そんな矢先だった。


「……けど」

 不意に、シルヴィアがふわりと笑みを浮かべて言った。


「今回、ほんの少しだけ、うらやましくなったんですよね。皆さんのことが」


 皆の視線が彼女に集まる。


「どんな敵にも動じず、自然に背中を預け合っていた。言葉がなくても通じ合ってて……まるで、“家族”みたいでしたね」


 リリィが頬を赤らめ、カレンがこくりと頷く。


「そう、ですよね。……だって、ここは私たちの“帰る場所”ですから」

 カレンが胸に手を当て、ぎこちなくも真っ直ぐな声で言う。


 クラウスは、どこか懐かしむような目をして言った。


「──生きて戻る。それがギルドの最低条件だ。強くあるとは、そういうことだ」


「……王都とは、違うな」

 ヴァルドがぽつりと漏らす。

「俺たちは、もっと“冷たい空気”の中で戦ってきた。正しさはあっても、温かさはなかった」


「私も……少し、戸惑があった」

 フィアが双剣を見下ろす。

「でも、悪くなかった。人の温もりを感じる戦場は」


 その言葉を受けて、ユリウスが静かに口を開いた。


「準備は整っている。明日には震源地へ向かおう。……本来の任務を果たすために」


 全員が頷く。その視線に、一切の迷いはなかった。


「……その前に」

 クラウスがふっと笑い、手を叩く。

「今夜は打ち上げとしよう。簡単な食事と酒を用意してある。労をねぎらうことも、強さには必要だ」


「わーいっ!」

 リリィが勢いよく手を挙げ、弾けるように喜ぶ。


「ユ、ユリウス様と同じテーブル……いえ、隣っ……えっ、どうしよう、鼻血が……あ、あわわわっ」

 カレンが混乱したまま真っ赤になって椅子から滑り落ちそうになる。


「お前は落ち着け」

 エルドが呆れたようにツッコミ、レオンは腹を抱えて笑っていた。


 ギルドの大広間に、久方ぶりにあたたかな笑い声が響き渡る。

 それは、嵐の前の静けさにも似た、束の間の安らぎ。

 だがその背後には、次なる戦いへの確かな鼓動が、静かに鳴り始めていた──。



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