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観察者

崩壊した街の、さらに外縁部。

瓦礫と化した民家が幾重にも折り重なり、もはや通路としての機能を失った石畳の先に、それはあった。


──朽ち果てた鐘楼。

鉄錆びた鐘が傾き、かつての祈りの残響さえ風に流された場所。

その最上部、崩れかけた石造りの縁に、一人の男が佇んでいた。


黒に染まった長衣──漆黒のローブを身にまとい、その顔の半分を白銀の仮面で覆っている。

風に舞うフードの隙間から覗く口元は微かに笑みを浮かべており、その眼差しは冷ややかで、何より鋭い。

まるで、すべてを見通す神の視座のように。


彼の足元には、魔物たちの骸が無造作に横たわっていた。

裂かれ、焼かれ、潰された異形の肉塊──どれも一撃で沈められたことを物語っていたが、不思議なことに、男の身体には戦った痕跡がない。

彼がそれらを屠ったのか、それとも別の存在が蹂躙したのか──それさえ定かではない。


「……やはり、彼か。ユリウス・レインハルト」


男はぽつりと名を呟いた。

それは確信と興味が入り混じった声音だった。嗤うような、しかしどこかで愉悦すら滲んだ低い声。

戦場を俯瞰するその双眸が、まっすぐにただ一人の男を捉えている。


──《霧刃》を振るい、数多の敵を瞬く間に沈める銀髪の剣士。

「蒼銀の剣」の中心に立つ存在。


「“進化体”をも、ああも容易く屠るとは……。ふふ、なるほど。やはり、今はまだ──“干渉”すべきではないな」


慎重と、そして高揚と。

異なる感情が交錯する中で、男はゆるりと姿勢を崩す。

その傍らに、霧が滲むように現れたのは、鎖の紋様を四肢に刻まれた女の影だった。

仄かに光る瞳、無表情のまま命令を待つ異形の従者。


「マスター。この地における瘴気の再生反応、停止を確認。予定より……二十四時間、早いです」


「……ふむ。思ったよりも、"あの一団"の適応は高いようだな。

それもまた、“試練”としては優秀だった、ということか」


再び視線を地上に戻し、男は無言のまま立ち上がる。

崩れかけた鐘楼の縁、その最上部に立つ様は、まるで神殿の神像のようでさえあった。


背後に広がる空には、まだ薄らと瘴気の雲が残っている。

しかし、それも時間の問題だろう。彼らが踏み越えてきた災厄は、すでにこの地を過ぎたのだ。


「まったく……見せてくれるな、“蒼銀の剣”。

あの老いた獅子――クラウスも、なかなか面白い人材を集めたものだ」


男は静かに片手を掲げた。

その手のひらが空をなぞると、黒い光が微細な粒子となって空中に浮かび、いくつかの複雑な文様を描いてから、霧のように消えていく。

まるで結界か、術式の解除のようにも見えたが、それを読み解ける者はいない。


「ここでの“観察”はもう十分……さて――」


わずかに唇が吊り上がる。


「次は、どこを壊そうか」


その声が響いた刹那、彼の姿は空気に溶けるようにして霧散した。

風が吹き抜けた後には、もはやその気配すら残らない。


ただ──

その場に漂う、濃密な瘴気の残滓だけが、不穏な“何か”の予兆を告げていた。

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