『蒼銀の剣』の誓い
崩れかけた街並みの中で、夜の静寂を裂く咆哮が響いた。
カレン・アイゼナッハは、敵の気配に神経を張り詰めたまま、剣を強く握りしめていた。
「来る……!」
黒く蠢く異形の群れが、瓦礫の影から姿を現す。その姿は、人と獣と悪夢が混ざり合ったような醜悪な存在。皮膚は硬質な外殻で覆われ、蒼い魔力の瘴気を纏っている。
(数が……増えてる。前衛に五体、奥にも三体……)
視線の先に、一人立つ男の背を捉える。
ユリウス・レインハルト。
“進化体”と呼ばれる異形の上位個体を前にして、ただ静かに立っていた。その姿は、どこか神聖ですらあった。
(あの佇まい……構えすらない。なのに、隙が全くない……!)
「私も……!」
敵の群れが殺到してくる。カレンは地を蹴った。
──《流剣術・蒼月ノ型》──『三連抜斬』
三体の敵へ、喉元、脚、腕と鋭い斬撃を入れる。しかし、外殻は予想以上に硬く、斬撃を完全には通さない。
「っ……!」
回避と同時に回し蹴りで顎を跳ね上げ、逆手に構えた剣で首筋を狙う。
だが背後から咆哮――その魔物はリオの矢で射抜かれ、倒れた。
「援護、ありがとうございます!」
「感謝はいい。前だけ見てろ、カレン」
「はいっ!」
瞬間の連携。だが、戦いは終わらない。
そこへ、別方向から地鳴りのような風圧が吹き荒れる。
「どけェッ!」
巨大な大剣が魔物を地面ごと叩き潰す。
ヴァルド・アルヴァイン――歴戦の騎士が、豪腕で前線を押し上げていく。
「数に怯むな。正面突破で押すぞ!」
「無茶はほどほどにね、ヴァルド」
冷ややかに、だがどこか親しげに言い放つ声。
フィア・クローディアの双剣が敵の急所を寸分の狂いなく斬り裂く。
「……雑魚に手間取っていては、意味がないわ」
「支援を入れます。前衛の方々、下がらずに」
その穏やかな声と共に、淡い光が戦場に差し込む。
瓦礫の上――白衣を翻して立つ神官魔導士、シルヴィア・ラングレー。
両手を掲げながら、淡々と回復と加護の魔法を同時展開していた。
「《癒光の祝福》、前衛三名へ。瘴気が強いですね。《抗瘴結界》、もう一度張り直します」
「助かる!」
ヴァルドが短く吠えるように言い、再び敵を押し込む。
シルヴィアは戦場を冷静に見渡していた。仲間の配置、瘴気の濃度、敵の動き、魔力量のバランス。
そして、ただ一人、異常な速さで戦場を駆ける男の姿――ユリウスを見上げる。
(……やっぱり、別格ですね)
彼女の言葉には熱狂ではなく、現実を受け止める柔らかな驚きがあった。
「あなたの結界、助かるわ」
フィアがちらりと振り返り、静かに言葉をかける。
「当然です。誰一人、倒れさせるわけにはいきませんから」
その静かな決意に、フィアの口元がわずかに和らぐ。
言葉以上に、確かな信頼がそこにあった。
戦場が混乱する中、ユリウスだけが一歩も退かず“進化体”へと歩を進める。
──《霧刃・参ノ型》──『霞織』
霧の中に、いくつもの幻影が現れ、敵の感覚を翻弄する。
敵は警戒し、棘状の外殻を四方へ射出。霧が裂けた――が、その一瞬を狙ってユリウスが現れる。
──《霧刃・肆ノ型》──『返刃』
紙一重で避け、敵の誘導を逆手にとって、死角から継ぎ目を断ち切る。
外殻が裂け、肉が抉れた。
「すごい……」
カレンは息を飲む。
「カレン、前を見ろッ!」
エルドが叫び、盾で敵の一撃を逸らす。斧が振り下ろされ、隙を作った。
「了解です!」
戦場が再び、乱れ始める。だがその中で、ユリウスだけは一歩も引かず、ただ“進化体”に向かい続けていた。
──《霧刃・伍ノ型》──『裂旋』
跳躍と同時に螺旋状に霧を纏わせ、鋭い斬撃を重ねる。敵の腹部が大きく抉れる――しかし、再生する。肉が蠢き、外殻が自己修復を始める。もはや常識を超えた“異形”の能力だ。
だが、ユリウスは一歩も退かない。
「……終わらせる」
刹那、彼の気配が変わる。
──《霧刃・陸ノ型》──『流閃陣』
高速の移動によって、戦場に霧の陣を張るような動き。数瞬の間に、四方八方から斬撃を入れる。
“進化体”の反応が、初めて遅れた。
そして――
──《霧刃・弐ノ型》──『斜刃連舞』
波状の連続斬撃が一気に畳みかけられる。角度、深度、魔力の流し方までもが全て計算された連舞。再生を上回る速度と量の破壊が、ついに“進化体”の再構築を上回った。
敵が絶叫し、膝を折る。
最後の一閃。
──《霧刃・壱ノ型》──『瞬閃』
音すら置き去りにして踏み込み、蒼い閃光が敵の首を貫いた。
“進化体”は、声もなく崩れ落ちた。
その瞬間、戦場が静寂に包まれる。誰もが言葉を失い、立ち尽くしていた。
カレンもまた、剣をゆっくりと下ろしながら、彼の背中を見つめていた。
(……あれが、“本物”なんだ)
呼吸を整え、静かに言葉を紡ぐ。
「私たちは、あなたの背中を見て、ここまで来たんです。だから――」
ユリウスが、振り返りもせずに、そっと右手を掲げる。それが、彼なりの“応え”だと、皆は理解していた。
(……絶対に、追いついてみせる)
心に誓う。仲間とともに、“蒼銀の剣”として、もっと強くなると。
まだ、戦いは終わらない。
だが確かに――このギルドは、前へと進んでいる。
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