黒影、月下に蠢く
焼け焦げた瓦礫と崩れた石壁に囲まれた通りに、重い沈黙が支配していた。
〈蒼銀の剣〉と王都組の精鋭たちは、かつて市場だった広場に集結していた。
月の光すら霞むほど、空気は重く、淀んでいる。
辺りには生の気配も、音もない。
「まるで……死んだ街だな」
エルドが低く唸る。
だが、誰も応えなかった。
「……魔力の流れが異常に偏ってる。空間の歪みもある。ここが発生源で間違いない」
ユノが杖を構え、目を閉じたまま周囲に集中する。
「つまり、何が出てきてもおかしくないってことか……」
リオが弓を引き絞りながら、片目を細めた。
「っ……来るわ」
ユノが警告するより早く、空間が“軋む”音を立てた。
裂け目から這い出すように、異形が姿を現す。
黒く硬質な外殻、ひしゃげた四肢。
だが何より異様なのは、その目だ。濁った蒼の眼光が、不気味な知性を帯びている。
「三体……距離十五メートル、突進パターン。――行って!」
ユノの声と同時に、仲間たちが一斉に動く。
──《霧刃・壱ノ型》──
『瞬閃』
ユリウスが音もなく加速し、左端の異形の胸を一閃で貫いた。
斬撃が蒸気のように霧を纏いながら、鋭く断ち切る。
「二体目、空中!」
リオが即座に警告を飛ばす。
レオンが跳躍して空中に舞い上がり、回転槍で突きを叩き込んだ。
「おっとっと、俺に空を取らせたら最後だぜ!」
鋭い雷撃の突きが異形を地面に叩き落とし、衝撃で瓦礫が散る。
「背後から来てるぞ!」
「任せとけ!」
エルドが盾で三体目の異形の爪を受け止め、その隙を突いてガロウの大剣が唸った。
振り下ろされた斬撃は地面ごと叩き割り、異形を叩き潰す。
「っ……浅かったか……!」
エルドの左肩にかすった爪が切り傷を残し、血がにじむ。
「回復します!」
リリィが駆け寄り、ヒールを放つ。光が傷を閉じていく。
「……新たな反応。右から五体、後方からも二体。計七体!」
ユノが杖を握ったまま、魔力探知を続けている。
「索敵ばっかで大丈夫か、ユノ!?」
リオが声をかける。
「問題ないわ。今は敵の動きと配置を正確に読む方が優先よ。無駄な消耗は避けたい」
ユノは淡々と答えた。彼女が戦わないのではない。
戦況を俯瞰し、仲間を生かすためにあえて一歩引いているのだ。
「ガロウ、左通路を抑えろ!」
「……任せろ」
「レオン、上取ってくれ!俺は背後のやつらを牽制する!」
リオが三本の矢を一斉に放ち、建物の上から飛び出した異形を撃ち落とす。
「フィアさん、三体まとまって来てます!」
「斬り分ける。――来なさい」
フィアは双剣を旋回させ、滑るような動きで三体の異形の間をすり抜ける。
刃が肉を裂き、外殻を断ち、無表情のまま急所を的確に狙い続ける。
再び、瓦礫の向こうから――“それ”が現れた。
一際異様な気配。異形の中でも格が違う。
背中から黒煙のような魔力を吹き出し、外殻は蒼く光を反射している。
四本の腕、二つの顔。全身から立ち上る圧力は、他とは比べ物にならなかった。
「反応が……大きすぎる……!適応、進化、局所強化――複数の兆候が同時に出てる。あれは……上位体よ」
ユノの声に、周囲の空気が凍る。
「さっきの奴とは段違いだな……!」
エルドが歯を食いしばる。
「こっちの動きを、もう完全に“読んでる”」
リオが矢を握る指に力を込めた。
「……なら、私たちも進化してみせます!」
カレンが勢いよく一歩前に出る。
しかし――その肩を、ユリウスが静かに押し留めた。
「ユリウス様……?」
「下がっていろ。こいつは……俺がやる」
「でも、私たちも戦えます!」
「動きが読めた。型を合わせれば、俺ひとりでも削れる。――任せてくれ」
静かだが、強い意志のこもった声だった。
カレンは悔しげに唇を噛んだが、やがて頷いた。
「……絶対に、無理はしないでくださいね」
異形の咆哮が夜を裂く。
地面が鳴動し、空気が押しつぶされる。
それでも、ユリウスは一歩、前に出た。
「来い。俺が相手をしてやる」
感想、評価、ブックマークよろしくお願いします。




