迫る異形、交わる決意
王国全図が掲げられた壁の下、分厚い地図と報告書が散乱する長卓を囲んで、作戦室の空気は重く沈んでいた。
窓の外には、遠く立ちのぼる黒煙――南区画の爆発現場。そこには、既に〈蒼銀の剣〉の他の面々が派遣され、初動の収拾に追われていた。
会議の中心には、被害報告が赤字で記された最新の資料が置かれている。
瓦礫、火災、負傷者。そして……確認された異形の痕跡。
沈黙を破ったのは、Sランク冒険者――レオン・グランバード。
普段の軽口は影を潜め、その声音には切迫した響きが宿っていた。
「……本来なら、明日からは異常魔力の震源調査の予定だったよな。でもさ――俺は順番を変えるべきだと思うぜ」
彼は指先で、報告書の束をトントンと叩く。
「目の前で市街地が吹き飛ばされたってのに、“予定通り進行しまーす”なんて言ってる場合か? ……俺の勘が騒いでるんだよ。こういう時は、ロクなことが起きねぇ」
冗談めかして笑うも、その表情はすぐに険しさを取り戻す。
「……アレを見ちまったらな。背筋が凍る。あんなの、ただの魔獣じゃねぇ」
その言葉に、ユノが頷きを返す。
「魔力感知をすり抜けて、突如として出現……それだけで異常よ。しかも、あの“異形”が出現した先は、監視の手薄な南区画だった。……あそこは、狙って動かなきゃ辿り着けない」
室内に緊張が走る。誰もがユノの言葉に息を呑む。
「魔力濃度の変動から見ても、出現数は徐々に増えている。今はまだ小規模でも、芽を放置すれば、やがて災厄になるわ」
静かに、リオが口を開く。
「奴らの行動は無秩序に見えて、部分的には統制された動きもある。“指揮系統”が存在する可能性がある」
「それって、つまり……誰かが操ってるってこと?」と、リリィが不安げに問う。
「そうだ。だが、もっと悪いのは……それが魔族ですらない、“未知の何か”かもしれないということだ」
リオの表情が険しさを増した、その時だった。
重い足音と共に、一歩前に出たのは、寡黙な豪腕剣士――ガロウ。
「…………敵の正体なんて関係ねぇ。問題は、“放っておけるか”どうかだ」
短く、だが深く響くその一言は、誰よりも強い意志を帯びていた。
やがて、ギルドマスターのクラウスが、静かに椅子へと身を預け、口を開いた。
「俺の役目は、ギルドとしての判断を下すことだ。だが――今回に限っては、お前たちの“直感”に従った方がいいと感じている」
視線は壁の地図へと向けられた。
「〈蒼銀の剣〉は、単なる任務遂行型の組織ではない。民の危機に際しては、命令よりも“意思”が先にある。それこそが、我々の存在意義だ」
その静かな言葉に、全員が自然と背筋を伸ばす。
「王都からの依頼も、異常魔力の震源調査も確かに重要だ。だが――“今この瞬間”に迫る危機を見過ごす理由にはならん」
その言葉に、王都組の一人、ヴァルドが腕を組みながら応じる。
「……柔軟だな、あんた。王都の連中とは大違いだ」
クラウスは小さく微笑んだ。
「冒険者に、型にはまった運用は似合わん。“自由の中にある責任”こそが、俺の信条だ」
それに続くように、シルヴィアが報告を挟む。
「王都側も、今回は強硬には出ていません。“ユリウスが現場にいるなら、独自判断で行動可”という条件で、行動権限が下りていますわ」
「つまり……あたしたちは“国家よりも先に動ける”ってわけね」
ユノが冷ややかな笑みを浮かべる。
レオンは愉快そうにニヤリと笑った。
「へぇ、便利な話じゃねぇか。なら――その“国家公認の特例チート”、遠慮なく使わせてもらうぜ」
リオがやれやれと肩をすくめる。
「……相変わらず軽いな、お前は」
「性分なんでね。だけど、本気で動く時くらい分かってるさ。“面白そう”だからな」
「……お前な」とエルドが眉をひそめるが、その声色には呆れたような笑みが混じっていた。
その時だった。
静かに、だが確かな足取りで、ユリウスが席を立つ。
「状況を整理する」
全員の視線が、彼へと集まる。
「異形は制御不能な魔力領域から出現し、南区画には既に実害が出ている。再出現の可能性も高く、放置すればさらなる市街地被害は避けられない」
明確で、揺るぎない判断。
「優先順位は明白だ。異常魔力の震源調査は後回しとし、“現実の脅威”に対処する。それが、俺たちの責務だ」
クラウスが一度、深く頷いた。
「異議なし。〈蒼銀の剣〉はただちに、異形の捜索および殲滅任務へ移行する」
その宣言と共に、作戦室の空気が一変する。
沈黙が、確かな覚悟に変わる。
誰もが、それぞれの戦場に向けて、静かに立ち上がった。
ギルド〈蒼銀の剣〉と、王都組――
この瞬間、二つの力が、同じ目的のもとに結集した。
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