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闇より来たるもの

──爆煙が晴れる頃、空から降り立ったのは、一人の“人型”だった。


地面に触れることなく、闇の羽根を広げたそれは、無音のまま浮かんでいる。


夜の帳に紛れる漆黒の衣。顔を覆う仮面。背には左右に広がる、煤けたような黒い翼。


それは、明らかに異形だった。


「……なんだ、あれは」


ヴァルドが低く唸るように言った。


彼の肩に担がれた大剣が、敵の気配に反応するように重く軋む。


「人か……いや、違うな。あの気配は……死んでいる。だが、動いている」


「少なくとも、生きている者の放つ魔力ではありませんわね」


シルヴィアが目を細め、詠唱の構えを取る。


「反応はある。けれど、温度がない。感情も、意志も、まるで……抜け殻のよう」


その言葉に、一歩前に出たのはフィアだった。


双剣の柄に指をかけながら、静かに言う。


「生体融合兵……いえ、それ以上の“何か”でしょう。魔術で作られた、戦闘のためだけの傀儡」


「……まさか、《羽狩り》の亡霊じゃないだろうな」


リオが険しい顔で弓を構える。


「“羽狩り”……? それは?」


ヴァルドが目を細める。


「十年前、王都周辺で秘密裏に進められていた対魔族実験。兵士の肉体に魔族の因子を組み込み、戦闘力を強化しようとしていた。だが、実験はことごとく失敗して、多くは制御不能になったか、精神が壊れて廃棄されたとされている」


「……“堕翼だよく”。人間を強化実験で改造した禁忌の兵士。王都でも何件か報告があった。けど、全部隠蔽されてたはずだ」


「隠されたはずの過去が、いま現れたってわけか。随分と悪趣味なタイミングだな」


エルドが鼻を鳴らす。


そのとき、仮面の影がようやく口を開いた。


「ユリウス・レインハルト……。やはり、お前はここにいたか」


「貴様、何者だ」


ユリウスの声が、凍てつく夜気の中に響く。静かだが、確かな威圧を含んだ声だった。


「答える義務はない。ただ、“確認”に来ただけだ。この地に現れた〈蒼銀の剣〉、そしてかつての“英雄”が、我らにとって脅威足る存在かどうかをな」


「……お前の“我ら”とは、誰だ」


「今はまだ、その名を告げるには及ばない。だが、時が来ればいずれ知るだろう。“再構成”が始まればな」


そう言った瞬間、影が虚空を蹴った。翼のひと羽ばたきで、間合いが一気に詰まる。


 


──刹那。


 


「──来る!」


ユノが警告を発した瞬間、ユリウスは剣を抜き放っていた。


──《霧刃・壱ノ型》──『瞬閃』


宙を裂く銀閃が、黒い影の懐へと走る。


だが──


「……避けたか」


紙一重。黒影は身体をくの字に反らし、刃をすり抜けた。反撃の爪撃が、ユリウスの頬を掠めて風を切る。


「っ、あの速さ……!」


ヴァルドが歯を食いしばった。


「ユリウスに、剣で互角に渡り合ってやがる……!」


「違う。動きは粗い。だが、“学習”している」


フィアの双剣が煌めく。次の瞬間、風のように前へ跳び出す。


──二撃、三撃。


彼女の双剣が流れるように影を切り裂こうとするが、影は器用にそれを躱し、距離を取った。


「……やはり。これは人ではない。“反応速度”が明らかに異常よ」


「だとしても……こちらもただの“観察対象”ではないわ」


ユノが手をかざす。


「──《氷鎖・縫止アイスバインド》」


氷の鎖が足元から走る。黒影の足を捕らえかけたその刹那、翼が一閃、風圧で氷鎖を砕いた。


「……面倒な奴だ」


エルドが突撃する。盾を構え、真正面からぶつかる。


「せめて、一発!」


打ち込んだのは、渾身の盾突き。黒影が翼で防いだ瞬間──


「今だ、ユリウス!」


「──応!」


ユリウスの剣が再び煌めく。


──《霧刃・伍ノ型》──『裂旋』


風を巻き上げる渦のような斬撃が、黒影を中心に奔った。


刹那、衝撃とともに黒影の胸部が穿たれる。


鋼のように硬質なその身体を断ち割り、心核に到達した一撃。


「……ここまで、か」


黒影の男が笑う。


「記録は取れた。これで十分だ。」


その言葉を最後に、影の身体が黒煙となって崩れ落ち、霧散した。


残されたのは、魔力の焦げ跡と、ただ一つの違和感だけ。


──あの男は、最初から死を覚悟していた。


その異様さに、仲間たちも言葉を失っていた。


「ユリウス、あいつ……」


「……おそらく、時間稼ぎか……あるいは、何かを試すための実験体だったのかもしれないな」


そう呟き、ユリウスは剣を収めた。


風が止み、月が静かに照らす夜。


だが、誰もが感じていた。


──今宵の戦いは、ほんの“始まり”にすぎないと。

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