それぞれの矛盾
夕暮れの訓練場には、火照った空気と沈黙だけが漂っていた。
合同訓練の終了を告げるクラウスの声が響いたのは、日が落ち始めた頃。
「……訓練はこれまで。各自、体調管理を怠らぬように」
静寂は続いた。
誰も声を発さず、互いの表情だけが空気を語っている。
「お疲れさまでした、皆さん」
リリィがやや気まずそうに口を開いたが、返事はない。
彼女の隣ではカレンが拳を握ったまま、遠くに視線を投げていた。
「あのフィアって人……完全に本気だったよね。あたしの剣、見切られてた」
「……うん。怖かったよ、目が」
「怖い……か。でも、あれが王都のトップクラスの剣士ってことなんだろうな」
そう答えるリオの声には珍しく感情の揺れがあった。
一方、カレンは表情を険しくし、ぎゅっと剣の柄を握る。
「……ユリウス様の“昔の仲間”って、あんな人たちだったんですね」
彼女の言葉には、静かな嫉妬と焦りが滲んでいた。
少し離れた場所では、王都組の三人が短い会話を交わしていた。
「思った以上に、まとまりのないギルドですね」
シルヴィアの淡々とした言葉に、ヴァルドが鼻を鳴らす。
「だからこそ、ユリウスはここにいるんだろ。お前も気づいてるはずだ、あいつはもう“戦場の人間”じゃねぇ」
「……だとしても、彼が持つ力は変わっていない。今も、規格外のままです」
その隣で、フィアは何も言わず、自身の双剣を磨いていた。
どこか険しい顔つき。だが、それは怒りではなく、迷いに近いもの。
彼女の脳裏に浮かんでいたのは、かつての戦場で死んでいった仲間たちだった。
(あのとき……もし、誰かを信じなければ、私は……)
心の奥に沈殿した記憶が、言葉を凍らせる。
その頃、リリィはひとり訓練場の外れに座っていた。
「……ユリウスさん、あの人たちと一緒にいたとき、どんな顔してたんだろ」
誰にともなく呟いた言葉が、夕暮れの風に消えていく。
隣に立つのはエルド。無言のまま地面に座り込むと、ぼそりと呟いた。
「よそ者ってのは、いつだって波風立てるもんさ」
「でも……みんな、ギスギスしてて……怖いよ」
「怖がるな。ユリウスはお前らの前じゃ変わんねぇ。……たぶん、アイツが一番戸惑ってんだろうよ」
エルドの声は静かだったが、どこか重みを帯びていた。
その視線の先、ユリウスは訓練場の中央に立ち、黙々と素振りを繰り返していた。
ただの素振り。だが、一切の無駄がない。
一振りごとに、霧のような魔力の軌跡が空気を震わせる。
それを遠巻きに見ていたヴァルドは、ゆっくりと呟いた。
「……あいつだけは、ずっとあの頃のままだ」
「いいえ。違う」
フィアが応じる。
「“変わらない”のではなく、“変わらないようにしてる”のよ。あの人は、何も捨てないために」
「お前……ユリウスに未練でもあるのか?」
ヴァルドのからかうような口調に、フィアは目を伏せて言った。
「そうね……きっと、あの人の“強さ”が、私の光だったから」
ユリウスは誰の言葉も、心の奥には届かないような表情で空を見上げていた。
(昔の仲間。今の仲間。……どちらも、守れないなら──)
淡く広がる夜の空に、彼の孤独だけがゆっくりと染み込んでいった。
そしてその夜、ひとつの事件が静かに、しかし確かに始まりつつあった。
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