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影の残響

 燃えるような茜色の陽光が、ギルド本部の談話室の窓から差し込み、室内を柔らかな橙色に染め上げていた。テーブルに置かれた湯気の立つカップと、何気ない日常の景色。それは、一見するといつも通りの穏やかな一時に思えた。


 だが――その空気の裏には、微かな緊張が潜んでいた。


 談話室に集まっていたのは、〈蒼銀の剣〉の主要メンバーたち。全員が、ひとつの報せを聞いてここに集まっていた。


 ――ユリウス・レインハルトとユノ・クレアヴェールが、先日の特別任務から無事帰還したという報せを。


「……で、本当にさ。お前ら二人だけで、あの魔力異常地帯を突破してきたってのか?」


 沈黙を破ったのは、壁にもたれかかったレオンだった。彼は肩をすくめるようにして、やや呆れたような、それでいて信じられないといった表情を浮かべていた。


「俺も報告書は見たけどな、あそこは瘴気が異常で、まともに魔術も使えないっていう情報だったろ? なのに二人で突っ切って、しかも生還してくるなんて……おかしいって」


 その声には、仲間を思うがゆえの苛立ちと、焦燥が滲んでいた。


 ユノはその言葉に静かに頷いた。彼女の銀髪が夕日に照らされ、氷のように冷ややかで、美しい輝きを放っていた。


「確かに、通常の魔術は乱されていたわ。空間の魔力密度が異様に高く、構成が歪んでいた。けれど――氷属性の魔術は比較的安定していた。氷は“静”の属性。乱れた魔力にも、冷静に対応できたのよ」


 彼女の声は冷静で明確だった。感情に流されず、事実だけを淡々と語るその姿勢は、まさに天才と呼ばれるに相応しい。


「それに……ユリウスがいたから、私は無事に帰ってこれた。彼の剣がなければ、突破は不可能だった」


「あれ……?」


 リリィが思わず小さく声を漏らす。彼女の視線は、ユリウスの外套の裾――そこに滲んだ血の跡に注がれていた。


「や、やっぱり怪我してるじゃないですか……! ユリウスさん、無理してるんじゃ……!」


 心配そうに駆け寄るリリィに、ユリウスはわずかに笑みを浮かべて見せた。


「これは……奴のと戦闘時に掠っただけだ。傷は浅いし、ユノの援護もあって致命傷にはならなかった。今はもう癒えてる。心配ないよ」


「そういう問題じゃないですっ!」


 思わず声を上げたリリィの頬が、ぷくりと膨れる。けれど、それは彼女なりの安心の証でもあった。


 そんなやり取りを聞きながら、リオが静かにテーブルに資料を置いた。彼の視線は冷静で、何かを読み解こうとしていた。


「クラウスさんの命令で、Sランク二人で出撃するのは妥当でしたが……現地の魔力濃度は予想以上。報告内容から見ても、何か“異質な要因”があったと考えるのが妥当でしょう」


「……その通りよ」


 ユノが再び口を開く。その声音には、先ほどよりもわずかに緊張が混じっていた。


「地下の最深部、あそこには……“何か”が封じられていた。私はそう感じたし魔力の流れが異様だった。ただの瘴気や自然現象ではない。“深淵”に近い魔力、負の感情が蠢いていたの。封印が不完全だったのか、あるいは――」


 空気が一気に変わった。誰もが言葉を飲み、そして次に口を開いたのは、無骨な重戦士――エルドだった。


「……誰かが、意図的に封印を壊した……そういう可能性もあるってことか」


「あるいは、その存在自体が……まだ生きているのかもしれない」


 リオが重々しく続ける。


「状況が完全に把握できていない以上、再調査が必要だな。対策班の再編成も必要だ。場合によっては、全員で再出撃することになる」


「つまり……まだ終わってないってことですね?」


 カレンが、険しい表情で呟いた。だが次の瞬間、彼女はユリウスの方を見て、ぱっと表情を和らげる。


「でも……ユリウス様がいてくださったからこそ、こうして無事に戻って来られたんですよね。本当に、お疲れ様でした……!」


 やや浮かれ気味な言い方に、リオが横目で「落ち着け」と無言の視線を送るも、カレンはまるで気づいていない。


「そうだ、まだ任務は完了していない。だが……こうして戻ってこられたのは、ユノと、みんながいてくれるおかげだ」


 ユリウスの低く穏やかな声が、談話室の緊張をすこしだけほぐした。


 その時、黙ってコーヒーを啜っていたガロウが、ふとカップを置き、呟くように言った。


「……今度は、俺も連れて行け。二人だけじゃ危険すぎる。あそこは、踏み入れていい場所じゃなかった」


 その静かな声に、誰よりも重みがあった。筋骨隆々の大剣使いである彼が、初めて任務の同行を申し出た。それほどに深刻だったのだろう。


「お、珍しいな。ガロウがそんなこと言うなんて。……でも、同感だ。俺も行くぜ、次は。ユリウスに手柄を独占させるなんて、柄じゃないからな」


 レオンの軽口に、皆が小さく笑った。そこには、戦友としての誇りと、信頼が滲んでいた。


 そして――。


「失礼します」


 扉をノックして現れたのは、受付嬢のシエラだった。彼女は控えめに一礼し、落ち着いた声で告げた。


「クラウスさんより伝言です。今回の件については、後ほど作戦室にて正式な報告をお願いしたいとのこと。ユリウスさん、ユノさん、お休みの後で構いません」


「ああ、わかった。ありがとう、シエラ」


 ユリウスは頷き、再び仲間たちを見渡す。彼の視線は一人ひとりに注がれ、温かな静けさがそこにあった。


「俺たちは……まだ戦いの渦中にある。けれど――お前たちがいるなら、俺はどんな闇だって斬り裂ける」


 その言葉に、誰もが黙って頷いた。


 ――戦いの終わりではない。脅威はまだ、どこかで蠢いている。


 それでも。


 このギルド〈蒼銀の剣〉は、どんな闇にも立ち向かえる。

 仲間と共にある限り、誰もがそう確信していた。


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