蠢動の影、深淵より
広間の奥へと流れ込んでいった黒霧の跡を辿り、ユリウスとユノは慎重に進んだ。
「……この先にいる。本体が」
ユリウスが低く呟いた瞬間、空間がわずかに歪む。温度が下がり、冷たい息が白く広がった。
「警戒して。さっきまでのは、囮だった可能性もある」
「わかっている」
ユノの返答と同時、足元の床が脈動した。まるで生き物の体内を歩いているかのように、黒い脈が石の隙間から這い出してくる。
「来るぞ──!」
次の瞬間、空間を貫くような衝撃が走った。天井を突き破って落ちてきたのは、巨大な腕のような影。床に衝突したと同時に黒霧が爆ぜ、視界が閉ざされる。
「──《霧刃・漆ノ型》──『雫霞』!」
ユリウスの剣先から放たれた霧状の魔力が、黒霧を切り裂くように飛翔する。炸裂した霧が一時的に視界を晴らし、姿を現したのは──先ほどよりもさらに巨大化した“影の核”。
「……核が、露出してる?」
「いや、違う。これは“呼び水”だ」
ユリウスが静かに言う。その言葉が終わるより早く、影の奥から複数の瞳が開いた。数十、数百……無数の目がこちらを睨みつけている。
「っ──増えてる……!」
「《霧刃・陸ノ型》──『流閃陣』」
ユリウスは霧の中を舞うように駆け、ユノの周囲を護るように回る。
その動きはただの剣戟ではない。周囲の気流と霧が干渉し合い、剣の軌跡が防壁のように交錯する。
「ユノ、攻撃に集中しろ。俺が守る」
「……言ったわね、必ず守ってよ」
詠唱を始めたユノの足元に、氷の紋章が浮かび上がる。その中心から無数の氷柱が生成され、天を衝くように構えられる。
影の触手が蠢く。無数の腕が襲いかかってくる。
「──《霧刃・参ノ型》──『霞織』」
ユリウスの身体が霧と共に消える。次の瞬間、影の腕の一部が斬り落とされ、黒い煙が上がる。
しかし、それでも影の攻撃は止まらない。いや──むしろ、加速していた。
(こいつ……自らを削ってでも攻めてくるつもりか)
「ユノ、あとどれくらいだ!」
「……十秒!」
(……もたせる)
ユリウスは歯を食いしばり、次なる一撃に備える。
「──《霧刃・弐ノ型》──『斜刃連舞』!」
斜めに振り下ろされる連撃が、波のように影を切り刻む。その刃が、ついに一つの瞳を砕いた。
ユリウスの眼光が鋭くなる。
「核の一部……見えた!」
「詠唱完了!」
ユノが両腕を突き出し、氷の奔流を放った。
空間が凍りつき、影の瞳の群れが次々と閉じていく。
──だが、まだ終わりではない。
残された巨大な一つの瞳が、怒りを孕んだ光を放った。
(ここからが本番か……!)
ユリウスは剣を構え直す。
黒霧が再び渦を巻き、深淵の扉が開かれようとしていた。
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