旅路の空、ふたたび隣に
夜明け前の王都は、まだ眠りの中にあった。
人通りのない石畳の路地に、わずかに靄が立ち込めている。
そんな静寂の中、ギルド本部〈蒼銀の剣〉の門前には、二つの人影が佇んでいた。
一人は黒の外套を羽織った青年──ユリウス・レインハルト。
もう一人は白を基調としたローブをまとった女性──ユノ・クレアヴェール。
「……天気は良さそうね」
ユノが空を見上げ、小さく言った。
まだ昇りきらぬ朝陽が、空の端を仄かに赤く染めている。
「〈灰の谷〉の天候は不安定と聞いたけど、少なくとも出発の空は穏やかね。嵐の前の静けさってやつかしら」
「……そういうのは、勘が鋭いお前が言うと嫌な予感しかしないな」
ユリウスが冗談めかして返すと、ユノはふっと目を細めて笑った。
「私、そんなに不吉な女に見える?」
「そうは言ってない」
「……じゃあ、せめて“慎重な判断力がある”って褒めておいて」
「……分かった。慎重な判断力がある。頼りにしてるよ」
「ん……よろしい」
小さな笑いのあと、ふたりの間に心地よい沈黙が流れる。
そのまま無言で馬車に乗り込もうとした時、ユノがふと立ち止まった。
「……ねえ、ユリウス。少しだけ、いい?」
「……?」
「覚えてる? わたしがAランクに昇格した頃……」
ユノの声はやや遠くを見つめるように、静かだった。
「あなたが言ってくれたの。『次の大きな任務、一緒に行こう』って。
そのとき、正直言うと……信じられなかったの。
だって、あのユリウスが、わたしと並んで歩こうとしてくれるなんて──って」
ユリウスは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに目を伏せる。
「そんな昔の話、よく覚えてたな」
「当然よ。……あの一言、わたしにとってはずっと、目標だったんだから」
頬に触れる朝の風が、静かにローブを揺らす。
「だから、今日こうして隣に立ててるのが……少し不思議なの」
「不思議なことなんてない。お前は、努力して強くなった。
それだけの話だ。……俺は、それをちゃんと見てきた」
「……ふふ、そう言ってもらえると、報われるわね」
ユノはそっと馬車に手をかけたが、その手を一度止めて振り返る。
「今日の任務……少しだけ、あなたに頼ってもいい?」
「お互い様だ。無茶さえしないなら、何度でも支える」
その言葉に、ユノは安心したように微笑み、馬車へと乗り込んだ。
馬車がギルド前を出発すると、しばらくは揺れと車輪の音だけが二人を包む。
途中、舗装された王都の街路を抜け、朝露に濡れる森道へと進む。
空はすっかり明るくなり、木漏れ日が差し込むようになっていた。
しばらくして、ユリウスが馬車を止めた。
「少し休もう。ここの泉は昔、調査任務で使ったことがある」
森の中にひっそりと湧き出る泉があり、鳥のさえずりが辺りに響いている。
ユノは馬車から降り、小さく伸びをした。
「はぁ……やっぱり、緊張してたのね。少し身体がこわばってる」
「無理もない。あの〈灰の谷〉が舞台だ。王国直属の調査隊が音信不通なんて、ただの事故で済むはずがない」
ユリウスは泉の水を汲み、ユノに手渡す。
「ありがとう」
ひと口、静かに水を飲むと、ユノは少しだけ表情を柔らかくした。
「……ねえ、ユリウス。今も、ひとりで抱え込む癖、直ってないでしょう?」
「……どうだろうな。お前には見透かされてるかもな」
「見透かすわよ。長い付き合いなんだから」
二人の視線がふと重なり、短い間、言葉のない時間が流れる。
やがてユリウスはわずかに笑い、馬車へと視線を戻す。
「……そろそろ行くか。あまりのんびりもしていられない」
「ええ。けれど、焦らないでいきましょう。わたしたちは“二人で”行くんだから」
その言葉に、ユリウスははっきりと頷いた。
ふたりを乗せた馬車は、ふたたび森の道を進み始める。
〈灰の谷〉へ向かう長い道のり。その先に何が待ち受けているのかは、まだ誰も知らない。
けれど、空は高く澄み、風は穏やかに吹いていた。
──かつての約束が、いま果たされようとしている。
互いの力と絆を信じて、ふたりは歩みを止めない。
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