平穏を願う男
朝靄がまだ薄く残る、王都から離れた辺境の町――〈グラン・ヴェイル〉。
山々に囲まれたこの地は、自然の息吹と魔獣の気配が隣り合う冒険者たちの拠点であり、旅の中継地でもある。
その町の一角に、ひっそりと佇む古びた木造の冒険者ギルド。
斜めに差し込む朝の光を受けて、軋む木枠の扉がゆっくりと開かれ始める。
中からは、既に集まっていた若手冒険者たちのざわめきと、時折聞こえる笑い声が漏れ聞こえてきた。
「おはようございます、ユリウスさん!」
扉が開くと同時に、元気な声が場内に響いた。
駆け寄ってきたのは、栗色の三つ編みを揺らす少女――冒険者リリィ。まだCランクながら、地道な努力と明るい性格で、ギルドの仲間たちからも親しまれている。
「昨日の依頼、またユリウスさんが一人で全部こなしたって聞きましたよ? しかもワイバーン三体を同時にって……ほんとに人間なんですか?」
「……人間じゃなかったら困るだろう?」
肩をすくめながら軽口を返すユリウス。
その何気ないやりとりに、周囲の冒険者たちから笑いが漏れた。
「いや、冗談抜きで助かりましたよ。あの依頼、誰も手をつけられなくて……」
穏やかな声でそう言ったのは、長身の青年リオ。冷静な判断力と沈着な性格で、Bランク冒険者として仲間から信頼されている。
「フン、俺たちが向かってたら、ワイバーンなんざ三体まとめて倒してたかもしれないのに!」
そう大口を叩いたのは、筋骨隆々の男・エルド。
金髪で快活な性格の彼は、場を盛り上げるムードメーカー的存在だ。
「やめとけエルド、お前はその前にワイバーンの尻尾で吹っ飛ぶ未来しか見えない」
リオが呆れたように言うと、エルドがすかさず食ってかかる。
「なんだと!? この俺様がそんなヤワなはず――」
「あるある。三回くらい吹っ飛んでるの、私ちゃんと見てるから」
リリィの追い打ちに、ギルド内は明るい笑いに包まれた。
ユリウスはそんな仲間たちのやりとりを、どこか懐かしそうに、そして静かに微笑みながら見つめていた。
(……この空気が、俺にとっての平穏だ)
そのとき、受付カウンターの奥から声がかかった。
「ユリウスさん、今朝王都から依頼が来ています」
顔を上げたのは、ギルドの受付嬢シエラ。
落ち着いた声色と礼儀正しさで、冒険者たちから信頼を集めている。
「近郊で発見された古代遺跡の調査依頼です。詳細はまだですが、S級に該当する可能性があるとのことです」
「……了解。情報がそろったら俺に一度回してくれ」
そう言って、ユリウスは大きくひとつ伸びをした。
その表情には、覚悟と共に、わずかな諦めの色もにじんでいる。
(……平穏は、どうやらもう少し先の話か)
そしてこの日もまた、“最強の冒険者”の静かな日常が、騒がしく動き出そうとしていた――。
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