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鍛錬と拳、そして心音

朝の訓練場に、霧が薄く残る。

 静けさの中、鋭い息遣いと足音が交錯していた。


「はっ……! やっ!」


 木剣を振るうエルド。その姿を、リリィは少し離れた場所から見つめていた。


(がんばれ、エルドくん……)


 その隣では、リオが腕を組み、視線を鋭く向けていた。彼はその剣筋一つ一つを見逃すまいと集中している。


「足運びは悪くない。ただ、剣の軌道が単調だ。……ガロウには読まれる」


 リオの呟きに、リリィはきょとんとした顔で振り向いた。


「り、リオさんって……剣術も詳しいんですか?」


「少しね。兄が騎士だったから、その稽古を見て育っただけだよ」


 その穏やかな語り口に、リリィはほっとする。そして、再び視線を前へ向ける。


 鍛錬の相手を務めるのは、Aランク冒険者――ガロウ・ブラッドハルト。

 巨躯の男は、木剣を使わず素手で構えにすら入っていない。それでもエルドは、彼に一撃も通せていなかった。


「くっ……!」


 エルドの踏み込みが甘く、次の瞬間、バランスを崩して背中から倒れる。


 リリィが思わず立ち上がりかけたが、そのとき、静かな声が空気を割いた。


「まだだ。重心が高すぎる。腰を落とせ、エルド」


 ユリウス・レインハルトが、いつの間にか訓練場の脇に立っていた。


「ユリウスさん……!」


 リリィの胸が、どきんと鳴る。


 黒衣に銀の剣を下げたその姿は、まるで伝説の騎士のように整っていて、凛々しくて――


「ふ、ふつうに見てるだけなのに、ドキドキするの、なんで……?」


 自分でもよくわからない感情に戸惑うリリィ。その横で、リオはユリウスの声にエルドが反応する様子を冷静に観察していた。


(あの一言で、気持ちを立て直せる……信頼の重さが違うんだな)


 そして、鍛錬は次の段階へ。


 ガロウが無言で立ち、ユリウスと視線を交わす。


「交代か」


「ああ」


 静かな確認。二人の間には、言葉少なでも通じるものがあるらしい。


 ユリウスが木剣を持ち、正面に立つ。ガロウは相変わらず、拳一つで応じた。


 ──そして、空気が変わった。


「すごい……空気が、重くなったみたい……」


 リリィが呟くと、リオも頷く。


「これが、AランクとSランクの鍛錬……」


 否、それは一方が手加減しているのが明白だった。


 ──《霧刃・壱ノ型『瞬閃』》


 風のような一閃。ガロウがそれを受け止めた瞬間、拳で反撃を返す。


 だがそれすらも、ユリウスの木剣が空気を切るように逸らす。


「まるで、流れるような剣……これが、“別格の強さ”か」


 リオの口調は淡々としているが、声には驚きが滲んでいた。


「ユリウスさん、すごい……けど、ガロウさんも……!」


 リリィの目には、巨躯を揺るがすことなく立ち続けるガロウの姿が映る。


 拳と剣。相容れぬ技が、交差するたびに響きを生む。


 互いの動きに、迷いはなかった。ただ、純粋な意志と経験がぶつかる。


「……また一段と強くなったな、お前」


 鍛錬の最中、ガロウがぽつりと呟いた。


「昔は、“敵は一撃で斬れ”って目をしてた」


 ユリウスは静かに目を細めた。


「……今も、その覚悟はある。けど――仲間には、力じゃなくて信頼で背を預けたいと思ってる」


 その言葉に、ガロウの眉がぴくりと動いた。


 ──かつて、ガロウには親友がいた。共に戦場を生き抜いた盟友。

 だが、一瞬の判断ミスで彼を失った。あの日から、誰にも背を預けず、拳一つで戦ってきた。


 だが今、目の前にいる剣士は――信頼で成り立つ強さを示している。


「……なるほど。俺が“進めなかった”場所に、お前は行ってるってわけか」


 ガロウはふっと笑い、拳を引いた。

 そして、背後で驚いたように手を叩く音。


「ふ、二人とも、すごかったです!」


 リリィが目を輝かせて駆け寄る。エルドも、その後ろで感嘆の息を漏らしていた。


「……ユリウス、俺……俺、もっと強くなりたい!」


 その言葉に、ユリウスは微笑んだ。


「なら、共に鍛錬しよう。焦らず、自分のペースでな」


 その光景を見ながら、リオは静かに目を伏せる。


(……こうして人が集まる。それが、ユリウスという“核”なんだろう)


 そう、誰もが彼に惹かれていく――


 それが、〈蒼銀の剣〉というギルドの“形”になっていくのだった。

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