静寂の中の鼓動
朝の陽光がギルド〈蒼銀の剣〉の大広間を優しく照らしていた。遺跡調査の帰還から数日、街にも平穏が戻りつつあったが、ギルド内はどこか落ち着かない空気に包まれていた。
「……ユリウス様、今日の訓練はどうなさいますか?」
カレン・アイゼナッハが手帳を片手に尋ねる。朝からギルドの予定を整えていた彼女は、ユリウスのそばに立ち、まるで秘書のように動いていた。
「軽く体を動かす程度でいい。戦闘の疲れはもうないが……思考を整理したい」
ユリウスは答えながら、空を仰ぐように目を閉じた。脳裏には未だ、ノクス=アストラルとの対話が残響のように蘇ってくる。
「“変われる”存在か……」
その言葉に、自分自身の信念を重ねる。
異形は明確な敵ではなかった。だが、それゆえに剣を振るう意味を深く問い直される。あの時、切らずに済んだことが本当に正しかったのか。――まだ答えは出ていない。
「ユリウス様。あの……ご無理はなさらないでくださいね?」
カレンがふと、不安げな視線を向けてくる。
「無理はしない。ただ、止まれば鈍る。それだけだ」
そう言って歩き出すユリウスの背に、カレンはしばらく視線を注いでいた。
その時、別の声が静寂を破る。
「ユリウス。少し、付き合ってもらえるか?」
声をかけてきたのは、Sランクの槍使い・レオン・グランバードだった。鍛錬用の槍を担いだ彼は、いつもの軽口ではなく、真剣な眼差しを向けていた。
「……模擬戦か?」
「ああ。お前と一度、本気でやってみたかった。前からずっとな」
それは挑戦というより、確認だった。ユリウスという存在が、どれほどの“壁”なのかを、同じ最上位に立つ者として確かめたかったのだろう。
そして、ユリウスもまた、その問いに応えるべきだと感じていた。
「いいだろう。場所は、裏の訓練場で」
そのやり取りに、周囲がざわめき始める。ギルドのSランク同士、しかもユリウスとレオンの戦いが見られるとあって、自然と人が集まりはじめた。
訓練場に向かう途中、リリィが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「えっ、ほんとですか!? ユリウスさんとレオンさんの模擬戦!? 見ていいですか!? いや、絶対見ますーっ!」
その後ろから、ギルド受付嬢のシエラも小走りで追ってきた。
「ちょっとリリィさん! ギルド内では走らないでください! でも……確かにこれは、見逃せないですね」
やがて、訓練場には静かな熱気が満ちていく。
ユリウスは木陰に立ち、剣を抜いた。対するレオンも、鋭い音を立てて槍を構える。
「いくぞ、ユリウス!」
「ああ――来い」
瞬間、雷鳴のような音と共に、二つの影が交差した。
剣と槍が火花を散らし、訓練場に観戦していたメンバーたちが息を呑む。速度、威力、精度――すべてが次元を超えていた。
カレンは目を輝かせ、リオは腕を組んで無言で見つめ、エルドは唸り声をあげる。
「やはり、あの二人は……化け物じみてるな」
戦いは数十合を超えたが、互いに一歩も引かぬ攻防が続く。
地面に幾筋もの斬撃と突き跡が刻まれていく中、二人は言葉を交わさず、ただ技と技の応酬に集中していた。まるで意志がぶつかり合っているかのような緊張感。
レオンの槍は流れるような動きでユリウスの防御をかいくぐろうとし、ユリウスの剣は最小限の動きでそれをいなし、時に一閃で反撃する。
その鋭さに、訓練場の空気がぴんと張り詰める。
だが、最後に踏み込んだのはユリウスだった。
「──《霧刃・壱ノ型》──『瞬閃』」
一閃。その鋭さに、レオンの槍が振り切られる。
土煙が上がり、次に姿を現したときには、レオンの槍先が地を向いていた。
「……参った。完敗だ」
素直にそう認めると、彼は笑いながら手を差し出した。
「強いな、お前は。だが、それ以上に……まっすぐだ」
「ありがとう。だが、俺もまだ揺れている。だからこそ、剣を握り続けているんだ」
固く交わされた握手。それは、戦いを超えた信頼の証だった。
戦いを終えたユリウスが汗を拭い、息を整えていると、ふいに視線の先に人影が映る。
「ユリウス様っ!」
声の主はカレンだった。彼女は両手に包みを抱えて駆け寄ってくる。
「お疲れ様です! あの……よければ、これを」
差し出されたのは、布で丁寧に包まれた弁当箱だった。白と青のギルドカラーの包みに、どこか少女らしいこだわりがにじむ。
「……これは?」
「お昼用に、です。さっき厨房を借りて、ちょっとだけ……その、作ってみたんです。ユリウス様、朝から何も召し上がっていないようでしたから……」
カレンは照れたように視線を逸らす。だが、その声にはどこか誇らしさも混じっていた。
「ありがとう。ちょうど、腹が減っていたところだ」
受け取るユリウスの手を見て、カレンの表情が柔らかく綻ぶ。
「お口に、合うといいんですけど……」
「……お前の作ったものなら、きっと美味い」
その一言に、カレンの顔がぱっと明るく染まる。
「えっ、そ、そんな……! あ、あの、それじゃ私はこれで失礼しますっ!」
慌てたように頭を下げると、彼女は早足でその場を後にした。
「ふふっ、カレンさんって分かりやすいですよね」
後ろから近づいてきたシエラが、弁当を見つめながら微笑む。その隣で、リリィが羨ましげにぼそりと呟いた。
「……いいなぁ。私も作れば良かったかな……」
ユリウスは小さく息を吐くと、包みをそっと膝に乗せ、空を見上げた。
どこか、心の緊張が和らいでいくのを感じていた。
ギルドの日常は戻りつつある。
だがその静けさの中で、確かに新たな鼓動が鳴っていた。
そして、それはやがて訪れる嵐の前触れであるかのように、確かな気配を持っていた。
感想、評価、ブックマークよろしくお願いします。




