裂けた仮面、揺らぐ静寂
閃光が収まり、祭壇の中心には静寂だけが残っていた。
崩れ落ちた影の残滓。その中心で、ユリウスはゆっくりと膝をついた。呼吸が乱れている。だが、それは肉体の消耗以上に、精神の深奥を抉られた代償だった。
──《霧幻殲華》。全ての“型”を統合する究極の剣技。
その負荷は、通常の戦闘技術とは比べものにならない。なにより、それは《霧刃》を編み出した者たちの意志に、魂を通わせるような感覚を伴っていた。
「……まだ、終わっていないな」
ユリウスは、前方に目をやった。
そこに、影の王はいた。仮面の中央に亀裂を刻まれながらも、その存在はまだ消えてはいない。
だが、明らかに様子は違っていた。先ほどまで空間そのものを呑み込まんとする威圧は、今や霞のように薄れ、どこか人に近い「形」を保っている。
『……見事だ。剣に込められた縁、確かに届いた』
その声は、先ほどまでの空間を震わす“圧”ではなく、どこか穏やかだった。
『かつて我を封じた者たち……白銀の騎士団。その末裔が、再び“我を拒絶する”のではなく、“我に意志を示した”こと……それは、幾千年の眠りよりも深く、我に届いた』
「……なら、問いに答えろ。お前は何者だ。“影の王”などという名では、何も語っていないのと同じだ」
影の王は仮面の奥で、僅かに目を細めたようだった。仮面が徐々に崩れていく。やがて、白銀の面の内側から現れたのは──
漆黒の瞳を持つ、美しき人の姿だった。
だが、その容貌にはどこか人ならざる気配があった。目の奥に宿る深淵。無数の時を超えた者にしか持ちえない、“深い断絶”の気配。
『我が真名は〈ノクス=アストラル〉。かつて神と人の狭間に在った者。天の座より堕ち、世界に影を齎した“旧き者”の一柱』
「……やはり、お前は神性の残滓か」
『神という名は不要。人がそう呼ぶだけ。我は、ただ“在った”。この世界に抗う意志として、在り続けたのだ』
ユリウスはその言葉を受け止めながら、問いを重ねる。
「ならば、なぜ目覚めた? なぜ今、この場所で、俺に問うた?」
ノクスは一瞬、視線を空に向けた。祭壇の天井──その奥に、空間の亀裂のような歪みが残っている。
『封印は、綻びていた。だが、それ以上に……お前が来たからだ。霧の剣を持ち、かつて我を拒んだ者たちの記憶を継いだ者が、この地を踏んだ時──“縁”が再び交差した』
「……俺が、目覚めさせたというのか」
『否。お前が導いたのだ。終焉ではなく、対話を。再封印でもなく、次なる選択を』
ユリウスは剣に手を添えたまま、静かに言った。
「その“選択”とはなんだ。お前がこの世界にとって脅威ならば、俺は再び剣を取る」
『……もし我がこの時代に“在る”意味を持つならば? かつてのように、滅ぼすのではなく、在らせるという選択肢もあるはずだ』
それは、彼にとって難しい問いだった。
戦いに勝ち、終わらせる。それは簡単だ。だが──それだけでいいのか?
ノクスは、仮面の欠片をそっと拾い上げた。
『今の我は、半身だけの存在。力も、意思も、欠けている。我が再び完全な“王”となるには、時と縁が必要だ』
「……その“縁”に、俺を組み込む気か?」
『否。お前に問いたかったのだ。封じられた理由を、理解した今でも、我を拒絶するか──それとも、歩む道を共に探るか』
ユリウスは目を閉じた。
脳裏に、仲間の顔が浮かぶ。シエラ、リリィ、ギルドの皆──
そして、彼がかつて助けられなかった者たちの面影も。
……人を救いたいと思ったあの時から、彼の剣は変わっていない。
「……答えは、保留だ」
『……ほう』
「お前がこの世界を脅かすなら、俺は剣を取る。だが、もしお前が“変われる”存在なら……それを見極める責任が、俺にはある」
ノクスは目を細めた。そして、一歩下がると、影の帳に包まれ、姿を霞ませていった。
『ならば、また会おう。“剣士”よ。お前の意志が、いかなる道を選ぶのか……その時こそ、我が真に目覚める刻だ』
空間が揺れ、静寂が戻る。
ユリウスは剣を収め、長い息を吐いた。
彼の中で、新たな決意が芽生えつつあった。戦うだけではない、“選択”の剣士としての道が──
そして彼は、仲間のもとへ帰るため、遺跡の出口へと歩き始めた。
空に、かすかな光が差し込んでいた。
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