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1.フラッシュバックソング

 私が最後の一節を歌い上げると、曲のアウトロを示すギターのフレーズが鳴り響き、それが最後の一音で幕を閉じる。数秒流れる静寂の中で大きく息を吸い込むと私は放送終了の一言を告げた。


「今夜、最後の曲は古い曲ですが、桑田Pさんの『フラッシュバックソング』でした。みんな、聴いてくれてありがとう!」


 私の声に遅れて幾つか流れてくるコメントに1つ1つ目を通す。


『88888888』

mio(ミオ)っちサイコー♪』

『今日もGJ(グッジョブ)でした』

『mioさんの歌聴けて良かったです^^また時間ある時に歌ってください』


 その1つ1つを読み上げてお礼と返事を言いながら、最後に時間差で来たコメントにも返事をする。


『ありがとう』

 

「名無しユーザーさん、ありがとうなんてこちらこそです。また聴いてもらえると嬉しいです。それでは、また」

 

 たった一言なんだけど、それがどんな意味を込めてのものか考えながら、努めて明るい声の出せるうちに放送を終えた。



 就職とともに東京に上京して2年。最初は慣れなかった社会人生活にも東京にも慣れてきている代わりに、新人として特別扱いされることも少なくなって仕事の責任や負担も増えてきた。それで持ち帰りの仕事や遅くまでの残業なんかも増えて中々、配信できる機会も減ってしまっていたけれど……今日という日付けだけはどうしても、配信枠を立ち上げたいと思っていたんだ。


 今日はあの人が、この世界に痕跡を残していった日だったから。



 私が彼―――Rui(ルイ)さんと出会ったのは私がまだ大学2年の冬、ハタチになって間もない冬の事。今ではもうサービス終了してしまった、アバターの姿で誰でも入れて全国のどこでも話せる仮想空間(メタバース)でのチャットアプリだった。その日はたまたま眠れなくて深夜、久々に開いたそのアプリ内でちょうど同じ空間(ルーム)に居たのが私とRuiさんだけだったという、何のことはないきっかけだ。


「ところでRuiさんて普段、何をされている方なんですか?」


 年代も居住地も全然違う人との暇つぶし。当たり障りのない雑談からついで、という感じで聞いたこの一言に返ってきた答えは、当時の私の興味を引くのに最も効果的な一言だった。


「えぇと、リアルでの仕事の話はこういう場所ではちょっと……ですが、趣味の方では最近、【歌い手】というものを始めてみたんです。っても、知ってますか? ニッコリ動画って言うサイトとか」



 知っているもなにも、当時の私が一番ハマっていたのがまさにそのサイトで『歌ってみた』というジャンルだったのだ。


 作曲と楽器演奏スキルのあるユーザーさんが自分で作詞作曲して機械音声である『ボーカロイド』に歌わせた曲に、歌唱技術のある別のユーザーさんが自分の声を合わせて歌ったものをアップロードする。そうして歌ったものを投稿しているユーザーの総称は【歌い手】と呼ばれ、そのサイトでは持て囃されつつある存在だった。


 ごく親しい友人とのカラオケですら緊張して声が上手く出ない私からしたら、自分の歌った声を誰が聴いてるのかもわからないインターネットに発信していくっていう勇気だけでも、雲の上のような存在だ! そんな人とこんな空間で知り合う事があるなんて……とんでもない偶然だ。


 

「Ruiさんって歌い手さんだったんですね! 凄い!」

「あぁ、いえ。名乗ってはみたものの、ついさっき初投稿曲を投稿してきたばっかりだったんですが……どんな人が聴いてコメントを残していくのかなって考えたらなんか、落ち着かなくて。まあ、まだ誰も聴いてないみたいなんですが」


 アバターに照れるポーズをさせながらそう話すRuiさんの発言に私のテンションがさらに上がる。Ruiさんの言っている事が本当だったら私は今、新たに歌い手の世界に飛び込もうとしている人の【最初の目撃者】になるのだ。


「あの。もし良かったらですけど、聴いてみたいのでURLとか教えてもらってもいいですか?」


 勇気を振り絞って聴いてみるとしばらくの沈黙の後、URLと曲名を教えてくれた。フラッシュバックソングという聞いたことのない楽曲だったけれど。


「でもなんか、目の前で聴かれて感想言われるのはさすがに恥ずかしいので……後で聴いて感想教えてくださいね。そろそろ明日の仕事も考えると寝ないといけないので」


 ふと画面から目を離して時計を見やると針は午前2時を差そうとしている。


「あ、ホントですね! 分かりました、じゃあこの後で聴いてみたら私も寝る事にします。感想は次にここで会った時にお伝えしますね」


 そう言ってフレンドの申請をしてから仮想空間をログアウトし、ドキドキしながら再生ボタンを押す。流れてきた歌声は普段から聴いているすでに有名な歌い手さんの歌に比べれば拙い部分はあったけれど、気持ちを真っすぐに伝えようと振り絞る真剣さがちゃんと伝わってきて、私は良いなと思った。


 それが私と……私たちとRuiさんの出会ったきっかけだ。

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