⑤
「もうお分かりかとはおもいますが、ぼくが修道院の財産管理人なのです。ぼくの家でその子を引き取って育てています」
「ひとりで育てているんですか?」
「いいえ。普段はベビーシッターに面倒を見てもらっています。いつものシッターさんが今晩急遽お休みになってしまったので、こうしてわたしが世話をしています。夜中になったとたんに泣き出してしまいましたし、だっこして部屋中を歩き回っても泣き止んでくれません。おむつを替えてほしいわけでもなさそうだし、お腹がすいているわけでもないし、なぜ泣きだしたのかわからなくて。困り果ててこうしてドライブに出てきたというわけです」
彼女は食べ終えた三角チョコパイの袋をきれいに畳んで言った。「寂しくて泣いていたのかも」
彼は微笑んで言った。「そうかもしれませんね」
「わたしはね、その赤子はどこか人ならざる場所からやってきたものだと思っているんです。こんなことを言うとおかしな人だと思われるかもしれませんが、もっと具体的に言えば、その子は神さまみたいな存在なんじゃないかって思うんです。その子の母親は、生物学的な父親なしで子を授かったんじゃないかってね」
「どういうことですか?」
「つまりその子の存在は、生物として有性生殖で生まれたのではなく、神聖が受肉したものじゃないかってことです」
「よくわからない」彼女は言った。「でもこの子が普通の子供じゃないってことは、なんとなくわかる気がします」
彼は満足げにうなずいた。「わたしが思うに、その子には特別なミッションが与えられているんだと思います。世界を救うとか、悪を断つとか、そういうとんでもなく大きな使命があって、この世界にやってきたんじゃないかってね」
「もしそうだったら素敵ですね」彼女は言う。
「わたしの仮説は間違っているかもしれない。科学的じゃないですからね。だけど科学的な仮説って、わたしにとってみれば素敵じゃないんです。なんだか冷たい。ぬくもり感じる科学なんて気持ち悪いですがね。でも素敵な仮説なら、間違っていても、信じる価値があると思いませんか。そうしたものがないと、どうにもこの世界はぼくにとっては生きづらい」
赤子が泣き止み、エンジン音が車内の空気の背景としてうまく溶け込んでいる。時折信号で止まると、エンジン音は消え、赤子の寝息がほのかに聞こえる。しばらくの間ふたりは黙って、深夜のドライブを楽しんだ。
「ところで」男は言った。「今晩の宿にお困りではありませんか? 見たところ、あなたは少し厄介な状況に置かれているように思いますが」
「この車に乗せてもらうまでは。でも今は家に帰る気になりました」
男はバックミラー越しに彼女を見つめていた。一瞬彼の目に不安の色が宿ったが、すぐに意識的にそれは消された。
「先ほども少しお話ししましたが、わたしはとある宗教団体の管理人のようなことをしています。そこでは行き場をなくした女性に居場所を提供しています。もちろんお金もかかりませんし、宗教的な行為を求めることもありません。このままそこへお連れすることもできますよ」
彼女は首を振った。「家に帰ることにします。そうするべきだと、不思議なことですが、確信しているんです」
「ほんとうに、いいんですね?」
「ええ。家に帰ります」
彼は溜息をついた。それから静かに言った。
「わかりました。では家に帰る道を教えてください」




