①
夜道に一人で歩く女の傍で車が停まった。黒いミニバンの運転席のフロント・ウィンドウが静かに開いた。
「こんばんわ」男は運転席から女に話しかけた。
「……」
「家は近くですか?」
女は白いシルクの薄手の長袖シャツを一枚と、柔らかい綿生地のズボンをはいていた。ウインカーの点滅光に照らされて、白いシャツが透けて下着の形が見えた。唇は青白く、寒そうに両手で肩をおさえて震えていた。靴は履いておらず、素足で夜の冷たいアスファルトの上に立っていた。女は何も言わずにうつむいた。
「もし時間があればでいいのですが、お手伝いをお願いできませんか」
男はシートベルトを外して、運転席から降りた。歩道側に行って、後部座席のドアを開いた。そして女の傍に立って言った。
「難しいことではありませんよ」彼はにっこりと笑って言った。「後部座席に乗って、簡単な指示に従ってくれるだけでいいのです。わたしも見ての通り困っていまして」
男は後部座席で泣きじゃくる子供を指さした。「そいつの隣に座って手を握り、肩をぽんぽんと叩いてやるだけでいいのです」
女は少し考えて、それから何も言わずに後部座席に乗り込んだ。泣きじゃくる子供の声を聴いてもなお、その横を通り過ぎることができる人は恐らく少ない。彼女の善意ある人間のうちの一人であった。
スヌーピー柄のベビー服を着て、クマのぷーさんのブランケットをかぶっていた。女は赤子のシートベルトを外してやり、腕に抱いて背中を軽く叩いてあげた。赤子は少しの間なくじゃくっていたが、疲れたのか次第に鳴き声が弱まり、そのまま眠ってしまった。
「あやすのがお上手ですね」男は言った。バックミラーを少し動かして、女の顔が見えるようにして。「わたしではそうはいきません。抱いてもたたいても、全然効果がありませんでしたよ。赤ちゃんの面倒を見る経験がおありだったんですか?」
「いえ、そういうわけでは……」女は小さな声で答えた。だんだんと声が小さくなった。まるでスピーカーのボリュームを絞ったみたいに。
「やはりわたしではその子の親の役は果たせないようですね。きっとそいつもわたしが親でないことを見抜いているんですよ」
「親じゃない?」彼女は赤子のほっぺを優しくつつきながら尋ねた。
「ええ、そうなんです。わたしはその子の親ではありません。縁あって子供を引き取ることになったに過ぎないんです」
「ご両親はいまどこにいるんですか?」
「母親は生きていますが、子育てができる状態ではありません。父親は不明です」
「……」彼女は黙り込んだ。赤子は背中を小さく規則的に揺らしながら、静かな眠りの中にいた。彼女は赤子の様子をじっと見つめていた。
「もしよければお話しますよ。わたしにとっては他人事ですからね」
「聞かせてもらえるのであれば」
彼女の震えは今やぴたりと止まっていた。車内が暖房で温められているためでもあるが、赤子を抱くことで彼女の気持ちの中に何らかの(おそらくいい意味での)変化が起こったためでもあった。赤子を抱くのは初めての経験であったが、不思議なことに赤子をどう扱えばいいいいのか手に取るようにわかった。
彼女自身にとっても不思議なことに、自分はこの赤子の境遇を知らなければならないと強く感じていた。好奇心や興味というより、それは義務感に近い感情だった。この車に乗り込んで赤子を抱く前、彼女の身体と心を蝕み続けていた痛みは今や完全にひいていた。彼女の心は赤子を知らなければならないという義務感で満たされていたのだった。
「ではお話ししましょう」彼は声のトーンをひとつ低くして話し始めた。「この子の母親はとても敬虔な修道士でした。修道士はわかりますか?」
「教会にいるシスターみたいなものですか?」
「当たらずしも遠からずです。修道士とは、修道院という施設で生活をしている人たちのことです。教会とは少し違いますね。そうですね、いうなれば、修行のための施設と言ったところでしょうか。そこでは毎日を沈黙と祈りの中に過ごし、キリスト教の厳格な教えを守る生活を送ります。彼女がいた施設には、女性の修道士が20名ほどいました。彼女たちは年齢や境遇は様々ですが、みな何らかの不幸あるいは苦痛から逃れるために修道院に逃げ込んできた人たちばかりです。彼女たちは雨の日も風の日も、毎日決まったルーティンをこなし続けていました。テレビや漫画のような娯楽を禁じ、もちろん男とお付き合いすることもできません。友人と楽しく話すことも、街に出て遊ぶこともしない。ひたすら聖典を読んだり、祈りを捧げたり、あるいは農耕作業に従事したりします。おそらく普通に暮らしている人たちには、どうして好き好んでそんな生活をするのかわからないと思います」
「わたしには少しだけなら気持ちはわかります」
男は微笑を浮かべて何度か頷いた。「今でも社会に居場所をなくした人たちは、お寺に逃げこんで生活をするなんてことがあるそうですよ。この子の母親が暮らした修道院も、お寺みたいなものだと思っていただければ結構です。それほど身近なものではありませんが、この社会の見えない場所にきちんと存在しているものなんです。もちろん非宗教的な施設の方が多いですがね。この子の母親の話に戻しましょう。彼女が修道院に来たのは、六年前のことです」




