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魔法少女ビビット・マジカ  作者: 雪音月華
魔法少女ビビット・マジカ〜出会いと旅立ち〜
7/42

第7話〜賑わう街と灯火の鎮魂歌〜

「今日の依頼はなぁにかな〜」


 私は両手を頭の後ろで組み、ふわふわとした気分でルティナの街を歩いていた。街の空気は、いつもとはどこか違っていた。空気に漂う香りさえも、焼き菓子や香草の匂いが混ざっていて、胸がすぅっと軽くなるようだった。スキルカードを手にしてから、数日。少しずつ街の暮らしにも慣れてきた私だったけれど、今日はどこか浮ついた気分が心の奥をくすぐっていた。


「……うわぁ」


 視界の先に、いつもの通りが一変したかのような光景が広がっていた。通りに吊るされたランタンの灯りは、朝の光の中でもかすかに揺れていて、道端にはかぼちゃの形をした人形や、魔女や幽霊を模した飾りが並んでいた。


 子どもたちはそれぞれ仮装をして、黒猫の尻尾をつけた子、牙のあるヴァンパイア、小さな魔法使いに扮した少女たちが笑い合っている。私はしばらく、道端に立ち尽くしてその光景に見入ってしまった。


「……お祭り、なのかな」


 ぽつりと呟いた私の声に気づいたのか、近くを通りかかった中年の男性が振り返って微笑んだ。


「お嬢ちゃん、もしかして初めてかい?これは“ハロウィン”っていう秋の祭りさ。死者の魂がこの世に戻ってくる日なんだよ」

「死者が……?でも、なんだか賑やかで明るいです」

「ああ、それがいいところさ。昔はね、帰ってきた魂に悪霊が紛れてるかもしれないって言われてた。だから、仮装をして“仲間だよ”って紛れてもらうのさ。子どもたちは“お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!”って言って回るだろ?悪霊に見立てて、無事に冥界へ帰ってもらうための風習なんだ」


 彼の声はどこか楽しげで、どことなく懐かしそうだった。私は思わず目を輝かせて問い返す。


「じゃあ、この飾りとか仮装って……全部、悪霊たちと仲良くするためのものなんですね?」

「そうそう。今じゃすっかり、子どもたちのための楽しいイベントになったけどね。光と影の間を歩く、そんな一夜なんだ。お嬢ちゃんも、楽しむといいよ」

「はいっ、ありがとうございます!」


 私は深々と頭を下げてから、ぱたぱたと走り出した。なんて素敵なお祭りだろう。生と死、恐れと喜びが手を取り合うこの日を、人々は笑顔で祝っている。お母さんがよく言っていた「死は終わりじゃなくて、旅の続き」って言葉をふと思い出して、胸が温かくなった。


「……リーゼが一緒だったら、もっと楽しかったのに」


 不意に浮かんだ彼女の笑顔が、胸の奥をくすぐるように疼いた。気がつけば、私はもう店先のガラスに顔をくっつけていた。そこには色とりどりのクッキーが並んでいて、中でも私の目を引いたのは、かぼちゃをかたどったアイシングクッキーだった。ちょこんとした帽子をかぶったクッキーは、まるで小さな魔法使いのように笑っている。


「これ…可愛い…!リーゼにあげたら喜んでくれるかな?」


 私は指先でそっとショーケースをなぞりながら呟いた。すると、店の奥から柔らかい声がかけられる。


「それ、うちのハロウィン限定なんですよ。毎年楽しみにしてくださるお客さんも多くて。ご友人への贈り物でしたら、ちょうどいいと思います」


「えへへ……。じゃあ、それくださいっ!」


 私はぴょこんと跳ねるように頷いて、袋詰めしてもらったクッキーを両手で受け取った。その重さは、小さな袋ひとつ分のはずなのに、なぜか胸がいっぱいになってしまう。


「ありがとございます!」


 お礼を言って店を出ると、秋風がふわりと私の髪を撫でていった。赤や橙の落ち葉がひらひらと舞って、石畳の上に絨毯のように積もっている。私はその中を、るんるんとした足取りで宿へと向かった。ポーチに忍ばせたクッキーの温もりをそっと手で確かめながら。


「ふふっ、これを持ったまま依頼に出たらまずいよね。一旦帰ろっと」


 もし依頼中に壊しちゃったら、せっかくのリーゼへのプレゼントが台無しだ。そう思った私はまず宿へと戻ることにするのだった。



 宿の自室に戻り、木製の机の上にクッキーの袋をそっと置く。窓から差し込む陽光が袋を透かし、カボチャやコウモリの形をした可愛らしいクッキーたちに柔らかい影を落としていた。


「よし、これで大丈夫。依頼から戻ったら、一緒にお茶しながら渡そうかな。きっとびっくりするよね」


 想像すると、自然と顔が緩んだ。あのふんわりした笑顔に出会えると思うと、なんだかそれだけで頑張れそうな気がする。私はクッキーに向かって指を一本立ててそっと囁いた。


「お留守番、お願いね。絶対戻ってくるから」


 宿を出て、私は足取り軽く冒険者協会へと向かう。通りには相変わらずハロウィンの飾り付けが彩りを添えていて、街全体がお祭り気分に包まれていた。


「おはようございます、アリゼさん!今日の依頼、お願いします!」


 カウンターに駆け寄って声をかけると、アリゼさんはにこっと笑って手元の依頼書を差し出してくれた。


「おはようございます、ルナさん。今日はこの二つが残ってますよ」

「じゃあこっちをお願いします!」

「わかりました、手続きして来ますね」


 今日はどんな冒険になるかな。そんな期待を胸に、私は新しい一日を歩き出すのだった。

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