第6話〜祈りの先に見えた未来〜
「そういえば、ルナさんってスキルカードお持ちですか?」
「スキルカード?なんですかそれ?」
ボマーとの決闘から数日後、冒険者協会の依頼掲示板を真剣な表情で眺めていた私は、ふとした拍子に声をかけられて振り返った。アリゼさんが身を乗り出すようにして私の方へ近づきながら、目を輝かせていた。
「ルナさん、スキルカードは絶対に持っておいたほうがいいです!それがあると、自分の持っている能力をちゃんと理解できるし、これからの道を見つける手助けにもなりますよ!スキルカードがないと、自分にどんな可能性があるのか見逃してしまうかもしれません。冒険者としても、スキルが明確になれば依頼の幅が広がるし、きっと役に立つはずです!行ってみるだけでも損はないと思いますから!」
勢いのある説明に、両手をわたわたと振ってその熱量に押され気味になりながら言葉を返した。
「は、はあ…」
それでもアリゼさんの言葉には妙な説得力があった。私は顎に手を当てながら少し考え込む。森で暮らしていた時にはそんな話、一度も聞いたことがない。スキルという単語は本で読んだ記憶があるけれど、それを“カード”にして授かる。どんな仕組みなんだろうか?
「でも、そんな大事なものなら、どうしてお母さんは私に教えてくれなかったんだろう…」
思わず呟いてから、視線を落とし、手元の何もない空間を見つめる。ぽつりと心に広がる、小さな疑念と不安。
「でも…教会に行ってみようかな。アリゼさんがそこまで言うなら、何か大事なものなんだろうし…」
「はい!絶対後悔しませんよ、ルナさん!」
アリゼさんが両手を握りしめ、全力で背中を押してくれるように微笑む。その様子に小さく笑い返して、私は頷いた。
*
「ごめんください!」
教会の重い扉を開けた瞬間、思わず息を飲んだ。差し込む陽光がステンドグラスを通り、虹の光が床一面に踊っている。高い天井と厳かな空気に一歩だけ足を踏み入れるのをためらっていた、すると——
「ルナさん」
ふわりと背後から聞こえた声に振り向く。そこには昨日会ったばかりの修道士、リーゼが箒を手に持ち、穏やかに微笑んでいた。彼女は手を胸元に添え、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「今日はどうしたんですか?」
「ギルドからスキルカード取ってきた方がいいって言われてね」
「そうなんですね。ルナさんスキルカード持ってなかったんですね」
「うん、そうなの。スキルカードってどんなモノなの?」
「神様から与えられたスキルがどんなモノかを表示してくれる、としか聞いてませんね」
「そうなんだ、リーゼは持ってるの?」
「私も持ってますよ。でも文字化けしているスキルがあって…」
「文字化けって?」
「わかりません。今まで文字化けがあった人はいなかったようです」
「そうなんだね。いつかわかる時が来るのかな?」
「どうなんでしょうね?それじゃあ案内しますね」
その申し出に素直に頷く。彼女の背に続いて、私は聖堂の奥へと歩みを進めた。静かに並んで歩きながら、リーゼの裾がさりげなく風に揺れているのを見て、ふと彼女の静謐な佇まいに目を奪われる。やがて彼女が立ち止まり、重厚な木の扉の前で振り返る。
「司教様の部屋です。少し待っていてくださいね」
彼女が丁寧にノックし、消えるように中へ入っていく。その扉の前で、私は両手をぎゅっと握って祈るように立ち尽くす。
「失礼します。司教様、私の友人のスキルカードの授与をしていただけませんか?」
中からは柔らかくも威厳ある声が返ってくる。
「リーゼヴェルデか。ふむ、よかろう。スキルカードの担当マルクスは今出張中だからな、私自らが立会人となろう」
「ありがとうございます」
少しして扉が開くと、リーゼが小さく頷いて私を招いた。
「ルナさん、司教様がスキルカードの授与を引き受けてくださるそうです。こちらへどうぞ」
深呼吸してから一歩踏み出すと、部屋の空気が一変した。重厚な書物が並ぶ書棚、淡い香のする香炉、そしてその奥に座すのは白髭の老人。彼の眼差しは、優しくもあり鋭くもある。
「君がルナ君だね。リーゼヴェルデから話は聞いている。さあ、こちらへ来なさい」
私はそっと歩み寄り、彼の前に立つ。緊張のあまり背筋がこわばり、つい手を後ろに組んでしまう。
「では、ルナ君。君のスキルカードを授けよう。これから君の人生を導いてくれるものだ」
司教様が机に広げた巻物には、金と銀の魔法文字が浮かび上がっていた。厳かなその光景に思わず目を奪われる。
「まずは、神に祈りを捧げるのだ。君が持つ力を、神が正しく見極めてくれる」
私は目を閉じ、静かに両手を胸の前で組んだ。
(私の願い。それは、お母さんが目指した“魔法少女”に、誰かのヒーローになれるように)
やがて、手のひらにふわりと暖かい光が舞い降りるような感覚が走る。目を開けると、司教様が一枚のカードを私に差し出していた。
「これが君のスキルカードです、ルナさん」
私は両手で慎重に受け取り、恐る恐る視線を落とす。カードの文字が静かに浮かび上がる。
「魔力制御…のみ」
その言葉を読み上げた瞬間、胸にずしんと鉛のような重みが落ちた。
「ふむ…ルナ君、君のスキルは可能性の塊だ。神が認め、君に託したものだ。だからその力、大切にしなさい」
司教様の言葉は優しかったけれど、私の心は落胆に沈んでいた。思わずカードを強く握りしめる。
(そっか……やっぱり私は、特別なんかじゃないんだ)
「ごめん、トイレ行ってくるね」
「トイレは部屋を出て左ですよ」
リーゼの言葉を聞く前に私は逃げるように部屋を飛び出すのだった。
「リーゼヴェルデさん、彼女を探しに行きなさい」
「え、でもルナさんはトイレに」
「違います。間違っていますよリーゼヴェルデさん。彼女の苦しみを、彼女にどういう言葉をかけるべきかを考えながら追いかけなさい」
司教様の静かな言葉に、リーゼは目を見開いた。戸惑いながらも、彼女はすぐに立ち上がり、スカートの裾を持ち上げながら駆け足で廊下を出ていくのだった。
*
「悔しい。私、ただの普通の女の子だった。お母さんのように強くてかっこよく人助けを出来るような人じゃなかった。悔しいよお母さん。私、魔法少女失格なのかな」
夕暮れの光が差し込む教会裏のベンチ。私はそこに座り、膝を抱えて俯いていた。手元には強く握りしめてくしゃくしゃになったスキルカードは涙で滲んでいて内容が既にわからなくなっていた。
「大丈夫ですよ」
ふいに、背中から優しい抱擁が降ってくる。驚いて振り返ると、リーゼがいた。彼女の表情は、ただ優しく、そしてあたたかかった。
「リーゼ!?どうして」
「私が使える魔法は神様に祈らないと使えないものばかりです。だからルナさんと同じ、条件付きの魔法行使です」
彼女は私の頭に手を乗せて、ぽんぽんと撫でる。私はその温もりに身を預けながら、小さく息を吸った。でもリーゼ、それ慰めになってない気がする。
「ねえ、リーゼ。私、お母さんが目指した魔法少女になれるのかな」
「なれますよ。だってお母さんが認めてくださったのでしょう?」
「うん、認めてくれた」
「それに、力は強さじゃないんです」
「じゃあ力って何…?」
「『生きる意思』です」
「それって教会の経典?」
「さあ?どうでしょうね」
二人の笑いが、静かに暮れなずむ教会の裏庭に溶け込んでいく。私はこの街で、少しずつだけど前を向いて生きていける。そう思えた夕暮れだった。