第41話〜祝福と帰還(前編)〜
「乾杯だ!俺たちを救ってくれた英雄たちに!」
カムラン村の中央広場では、大きな焚き火が焚かれ、その周りを囲むように村人たちが集まっていた。戦いの疲れと悲しみを抱えながらも、彼らの表情には笑顔が戻りつつあった。村の戦士の一人が声を張り上げ、手に持っていたジョッキを掲げるとその声に応じて村人たちが一斉に歓声を上げて笑顔で杯を交わす。
「乾杯!」
戦いに参加した戦士たちは焚き火のそばで武勇伝を語り、料理人たちは次々と料理を運び出していた。香ばしい肉の焼ける匂いや、甘い果実酒の香りが辺りに漂い、広場全体を包み込む。そんな中、私たちは一角に集まってほっとしたような顔をして団欒の時間を過ごしていた。
「いやぁ、本当に終わったんだね……」
私はジョッキに入ったぶどうジュースを嗜みながら、焚き火の光をぼんやりと見つめた。
「ルナお姉ちゃん、よかったね!」
マーヤは私に笑顔を向けながら同じくジョッキに入ったぶどうジュースを飲んでいた。
「だって、あんなに強かったブラックドッグを相手に……私たちで解決できるなんて、正直信じられなくてさ」
「でも、皆さん無事でよかったです」
リーゼが微笑みながらパンをかじり、穏やかな口調で答える。
「正直、多分私死ぬんだって思いながら戦ってた」
「マーヤのおかげだよ。マーヤが三人の合体技を考えてくれなかったら、私たちは勝ててなかった」
「そうですね。ありがとうございます、マーヤさん」
「えへへっ、そうかなあ?ありがとっ」
「エリスもすごかったよ」
「ふふっ、そう?」
エリスは少し照れたように微笑んだ。
「エリスお姉ちゃんの覚悟。私感動しちゃった!まるで魔法少女だと思った!」
マーヤが興奮した様子で手振りを交えながら語る。
「でも……魔法少女ってマーヤちゃんの憧れなんでしょう?私がマーヤちゃんの憧れってことになっちゃうよ?」
「うん、いいよっ!だって、エリスお姉ちゃんのこと実際に憧れてるもん!」
「ふふふっ、マーヤちゃんはいい子だね」
エリスは持っていたジョッキをテーブルの上に置き、マーヤの頭を撫でる。マーヤも満更ではないような顔をしていた。
「でも、本当に良かったのかな。私はこの先も間違えないように生きて行けるのかな」
「でも、ちゃんと最後は決断したのでしょう?それが大事ですから。後悔のないように選択すること、選択を間違えてしまったとしても後悔しないようにすること。それが大事です」
リーゼが優しく声をかける。エリスは彼女の言葉に微笑みながら、小さく頷いた。その目にはどこか覚悟が宿っていた。そんな時だった。焚き火の光の中で、ふわりと何かが舞い降りた。
「きゃっ、冷たっ。えっ……何これ?」
不意に小さな白い粒が顔に振ってきた。その冷たい感触に私はびっくりしてしまうのだった。
「ルナさん。もしかして雪を見たことないんですか?」
リーゼが驚いたように私を見つめていた。
「雪……?」
私は目を輝かせながら、手のひらに乗ったモノをじっと見つめた。だが、すぐに溶けてしまう。
「ルナお姉ちゃん、雪を知らないの?」
「実家の森では、雪なんて降らないんだ。これが初めて……」
「ルナさんって雪の降らない土地で育ったってことはセブンスター王国の南部出身だったんですか?」
リーゼは驚きながら雪を手で受け止める。
「そんなに南部って程でもないよ。カムラン村よりも北寄りだし」
「ルナさんの家、行ってみたいです」
「あははっ、今度ね?こんなに綺麗なんだね……雪って」
私は空を見上げ、ふわりと舞い落ちる白い粒をじっと見つめていた。その目には雪が美しく見えたのだった。
「そういえばラジエルさん何処行ったんでしょうか?」
「多分きっと村長と話してるんだと思うよ。今は私たちだけで楽しもう」
リーゼの問いにエリスが口を開く。そうだ、難しい話は大人たちに任せて私たちは戦いの疲れを癒そう。そうしよう。
*
一方で祝勝会の喧騒を少し離れた村長の家では、ラジエルと村長が静かに語り合っていた。
「乾杯」
「乾杯。ラジエルさん、改めて感謝する。君たちのおかげで村は救われた。村人たちの笑顔を見れば、言葉にしなくても君たちがどれだけのことをしてくれたか、分かるだろう」
村長は深々と頭を下げる。
「感謝の言葉はもう十分だ。私たちはやるべきことをやっただけだよ。それより……例の話を聞かせてくれないか?」
ラジエルの声にはどこか緊張が漂っていた。村長は一度深いため息をつき、ジョッキを机の上へと置いた。
「実はな……この村を襲ったブラックドッグの一件には、どうも裏があるようなんだ」
「裏?どういうこと?」
ラジエルが眉をひそめる。
「アヴァロンの扉が自然的に開くことはほぼほぼ無いに等しい。エリスが旅人にやり方を教えてもらって扉を開いてしまった。結果的にはそうなったが、明らかにエリスにやり方を教えた旅人が今回の原因の根源だと思っている」
「確かに。エリスはエクシアの推薦を受けているが、それでも死の世界への扉を開けられる程の実力はない。いや、軽々とそんなゲートを開くことが出来るのはこの世界には居ないのかも」
ラジエルの表情が険しくなる。
「だが奴は開いた。ヘルメス教団が干渉してきたのか、それとも別の誰かが関わっているのかはわからない。アヴァロンへの扉を開ける方法が明確にわかっているとするならば、この先どこの場所でも開かれる可能性があるということになるな」
「新たなる敵……」
ラジエルは小さく呟きながら顎に手を当て、考え込んだ。
「ヘルメス教団だけでも大変なのに。どこに行っても面倒な話が多いね」
村長は苦笑しながら首を横に振った。
「そう言わないでくれ。我々のような力のない国民には君たちの天使の力が必要だ。ロンディムに戻った後は王都に向かうんだろう?この件を二大宮廷団にも報告してほしい。今後、より大きな災厄が起きる可能性がある」
ラジエルはしばらく無言で村長の言葉を聞いていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「分かった。次の予定は決まっているが王都にも寄るつもりだ。王都に行ったら、この話をしっかり報告する。だが天使はかなり人員が少ないのが現状だ。対処も直ぐにできるわけじゃないことは理解して欲しい」
「天使候補者の選定も毎年やってるではないか。それではダメなのかい?」
「合格を貰った者は多くいるが、実戦に送り出せるかどうかは別だよ。まだ蒔いた種が芽吹くには時間がいる」
「何処の仕事でも後継や若者の育成は面倒なようだ」
「けれど、これは必要なことだから。やっていかないと、いずれ私たちの国は破綻する」
「そうだな。未来の子供達に、乾杯」
「乾杯」
ラジエルと村長はジョッキを重ね合わせ、ワインを流し込むのだった。




