第40話〜未来への一歩〜
崩れ落ちた地形、血と煙が混じり合う重苦しい空気の中、エリスは静かに立ち上がった。振り返ることなく、一歩一歩と前に進む。その背中には、決して揺るがぬ覚悟が漂っていた。
「私がなんとかする」
その小さな呟きに込められた強い意志を感じ取り、ラジエルははっと目を見開いた。
「エリス!待て!お前、まさか――!」
叫びながら走り出すラジエル。その切迫した表情と言葉に、ただならぬ事態を悟る。
「どうしたの、ラジエル?」
「エリスは――!扉を閉じる為に自らを生贄にするつもりなんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、血の気が引いていく。
「生贄って……エリスが!?」
「扉を閉じる為のたった一つの方法、それは魔力の高いモノが生贄になることだと、村長から聞かされたんだ」
「嘘…エリスさん、戻ってください!」
「エリス、やめて!」
「くそっ…どうして動けない…!」
大地に写し出されたラジエルの影を見ると一振りの短剣が突き刺さっていた。一体いつから刺さっていたのかはエリスのみぞ知ることだった。
「ごめんねラジエル。これが私の本来の戦い方。影縫い-シャドウバインド-、対象の影を地面に縫い付けることで足止めをする魔法だよ」
エリスは私たちの声を振り切り、なおも前に進む。その姿は誰にも止められない。その短剣が拘束魔法≪影縫い≫を発動させていたのだった。エリスの背が次第に遠のいていく。
「ごめんね、みんな。でも、私がやらなきゃいけないの……」
エリスの声には迷いがなかった。しかし、その進路を遮るように、闇の中から一匹のブラックドッグが現れる。その犬は他のブラックドッグとは明らかに違っていた。尻尾には鮮やかな赤いリボンが結ばれていたのだった。
「お母さん、やめて。邪魔しないで」
エリスが口を開いた瞬間、異形の獣は美しい妖精へと姿を変貌させた。
「エリス、やめなさい。あなたが犠牲になるなんて、私が許さない」
「お母さん……誰かがやらないと、この扉を閉じられない。だから私が行くしかないの」
エリスは涙を浮かべながら必死に訴えた。しかし、エリスの母は静かに首を振る。
「あなたには未来があるわ。私の大切な娘――エリスには、輝かしい未来がね」
「未来なんていらない!お母さんのもとに行けるなら、私の命なんて――」
エリスの叫びを遮るように、エリスの母はエリスに抱きついて優しく問いかけた。
「エリス、あなたのやりたいことは何?」
その言葉にエリスは一瞬、言葉を失った。
「……私の、やりたいこと……?」
「あなたが天使のエクシアさんから毎年推薦状をもらっていること、知ってるわよ」
その言葉を聞いた瞬間、エリスは驚き目を見開いた。
「どうして……それを……」
「私はあなたの母親よ。あなたのことくらい、私が知らないはずないじゃない」
エリスの母の言葉に、エリスの胸の奥に秘めていた思いが溢れ出る。
「でも……私には償わなきゃいけない罪がある。私たちの村に、また災厄を押し付けてしまった罪が…」
エリスの声が震える。その場に膝をつきそうになる彼女の手を、エリスの母はそっと取った。
「エリス、私はあなたがどんなに頑張ってきたか知ってる。だからお願い、生きて。その未来で私の分まで幸せになってほしいの」
エリスは涙を流しながら、それでもエリスの母の手を振り払おうとした。
「でも、お母さんが――!」
「大丈夫。私はずっとあなたのそばにいるわ。だから、あなたは生きなさい」
そう言った次の瞬間、エリスの母はエリスを突き飛ばした。
「お母さん…!?」
尻餅をついたエリスは、必死に立ち上がろうとする。しかし疲労が限界を超えた身体は、もはや言うことを聞かない。地面に縫い付けられたように動けなくなったエリスの目の前で、美しかった妖精は再びブラックドッグの姿へと姿を変えた。
「さようなら、エリス。私の誇り高き娘――ありがとう」
赤いリボンを揺らしながら、ブラックドッグはアヴァロンへの扉に向かって歩いていく。その瞬間、闇の力を吸収しブラックドッグが扉の向こうへと消えていった。扉はゆっくりと閉じていき、やがて完全に消滅する。
「うぅっ…うぁっ…うわぁぁぁぁあっ…」
エリスはその場で泣きじゃくり、声が枯れるまで叫び続けたのだった。




