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魔法少女ビビット・マジカ  作者: 雪音月華
新2章~魔法少女の初めての日常~
38/39

第8話~教会で過ごす一日、思わぬ発見~

「今日からお世話になります!ルナと申します、よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げると、足元で「ニャー」と小さな声がした。ミケが私の足にすりっと体を擦りつけ、誇らしげに尻尾をピンと立てている。


「あら、猫ちゃんも一緒なんですね」


 星教会の図書室で、司書の女性が優しく微笑んだ。彼女は三十代くらいだろうか。茶色い髪を後ろで一つに結び、丸い眼鏡の奥から知的な瞳で私たちを見つめている。


「はい!ミケです。ミケ、おとなしくしてるんだよ?」

「ニャー」


 ミケが申し分なく良い子アピールをする。


「はい、お願いします。ルナさんには教会の清掃と書庫の整理をお願いしますね」

「それにしても星教会は民間への本の貸出をしてるんですね。私もあとで本借りようかな〜」

「ニャー♪」


 ミケも嬉しそうに鳴く。


「国の意向で国民なら誰でも読めるよう整備してくださってるんですよ。他の街の星教会も貸出を行っているので、返却もそちらでしても良いのです」

「凄い…!全国共通なんだ!」

「ニャー……!」


 ミケも感心したように鳴いた。……いや、たぶんただお腹がすいただけだと思う。


---------------


 私は今、雑用の依頼を受けて星教会の手伝いをしている。この依頼を受けたときのことを思い出した。


「最近、教会が忙しいんですか?」


 依頼書を見ながらそう聞くと、アリゼさんが小さく頷いた。


「ええ。ハロウィンの後処理があるんです」

「後処理?」

「帰れなかった霊たちを送還する作業です」

「え、そんなことするんですか?」

「本来なら自然に還るはずなのですが、どうしても残ってしまう存在がいるんです。それを……強制的に、元の場所へ戻します」


 “強制的”という言葉が少しだけ重かった。


「そんなこと、できるんですね」

「今は、ですが」

「今は?」

「二十数年前までは技術的に不可能でした」

「へえ……」


 私は素直に感心する。霊の強制送還なんて、簡単にできるものじゃないはずだ。


「でも、“星の魔女”カヤ・ナナホシ様が新しい術式を確立なさったんです」

「星の魔女……?」

「はい。その術式を星教会が取り入れ、今では毎年恒例の行事になっています」

「すごい人なんですね」

「ええ。歴史に名を刻む大魔女ですよ」


 歴史に名を刻む。……あれ?その名前どこかで……そうだ、お母さんだ。お母さんってそんなすごい人だったんだ。


「だから今、修道士たちはその準備と後処理で手が離せなくて。冒険者の方に清掃や整理をお願いしているんです」

「なるほど〜。それで私に依頼が回ってきたんですね」

「低ランク向けの簡単な作業ですが、助かります」

「任せてください!」


 そう言ったものの。星の魔女。カヤ・ナナホシ。その名前が、頭の中で静かに残り続けていた。


---------------


「ニャー?」


 ミケが不思議そうに私を見上げてくる。


「なんでもないよ、ミケ」


 書庫は想像以上に広かった。天井まで届く本棚が整然と並び、紙と古いインクの匂いが満ちている。差し込む光が埃を照らし、静謐な空気が流れている。


「すみません!この本はどちらに置けばいいですか?」

「それは七十列目十三ブロックの上から三段目にシリーズがありますので」

「ありがとうございます!」

「ニャッ」


 ミケが本棚の間をちょこちょこ歩き、埃を見つけると前足でちょいちょい払っている。


「えらいよミケ」

「ニャアッ」


 それにしても、この書庫は大きいなあ。高い天井。整然と並ぶ棚。きちんと番号が振られ、規則正しく積み重ねられた背表紙。迷いそうになるほど広い。……でも。私にとって“書庫”という言葉は、もっと違う景色を思い浮かべる。いつもの私の部屋の扉を開ければそこは本の海。見上げれば棚は遥か上まで続き、下を覗き込めばまた別の階層が静かに広がっている広大な空間。本棚のあいだに机があり椅子がある。はたまた寝台があったと思えばお風呂場もあった。そして窓の外から見える景色は星の大海。生活のための部屋が“ある”というより、夜の大海原で舟に乗って夜空の星を眺めている感覚に近い。朝、目が覚めれば昼も夜も本まみれの世界だった。


『これからもまだまだ増えていくから、楽しみにしててね?』


 お母さんは楽しそうに言っていたのを思い出す。増える、という言い方も少し変だ。気づけば、そこに“在る”のだ。次に帰ったら、また通路が伸びているのかもしれない。家に帰ったら未知なる通路を探索しよう!そう心に決め、目の前の現実の書庫へと視線を戻した。


「七十列目の十三ブロックはっと…ああ、あった」


 上から三段目というのは、私の身長だと届かない。だから大きな移動式階段を使うことになる。車輪がついているので持ち運びはできるけど、それでも運搬には少し苦労する。


「ニャー」


 ミケがいつの間にか階段の下で座り込んでいる。


「ふう、このシリーズの本はこれで全部っと…あれ、なんだろうこれ」


 私はふと、隣の十二ブロックに目をやった。そこには『星隕石と星骸の謎』と書かれた本がある。興味を引かれて、移動式階段を少しずらしてその本を手に取った。


{星隕石とは。遥か昔、現スーランド王国最北の街であるオークニー。今では灰の国と呼ばれる街に星隕石が飛来、落下した。その日以来、人類の中で特異な体質の者が現れたという。その特異な体質の者は強い力を手に入れたが、それはあまりにも諸刃の剣であったために存在を封印された…}


 本の冒頭にはそう書かれていた。お母さんの教えでは、オークニーの北部に巨大な大穴があり、そこには絶対に近づかないようにと何度も言われていた。


「ニャー……」


 ミケの声がいつもより低い。尻尾が少し逆立っている。


「この本の内容、お母さん知っていてあんなに口酸っぱく言ってたのかな」


 私は続きを読もうと、次のページを開こうとした。その瞬間――


「こら、ルナさん!サボらないの!」

「あ、すみません。この本を見つけてしまって…」


 司書さんから突然声をかけられ、私はびっくりしてしまった。とりあえず、この本のことを聞いてみようと階段を降りる。


「ニャッ!」


 ミケが慌てて階段から飛び降りる。


「この本なんですけど」

「この本は…!」


 一瞬、空気が凍った。司書さんの目が、はっきりと警戒の色に変わる。


「どうかしました?」

「すみません、この本は回収させてもらいます」


 司書さんはその本を手に取ると、私の手から引き取って、受付の方に向かおうとしていた。


「私、続き読みたいんですけど…」

「ダメです。早く仕事の続きをしてください」

「はあい、わかりました…」


 一瞬だけど、司書さんの目が怖かった。鋭い眼光で私を睨んでいたし、私が本を渡す時に、強引に引っ張るようにして取ろうとしていたように感じた。まるで、この本の続きを読んではいけないかのように。


「ニャー……」


 ミケが低く唸る。


「なぜこの本がこんなところに紛れてたんでしょう…。禁書指定のこの本が…」

「司書さん、何か言いました?」

「い、いいえ。何でもないですよ」


 司書さんが何を言っていたのかは不明だけれど、仕事の続きをしなきゃ。私は司書さんの後ろを追うようにして、受付まで戻った。


 ――『星隕石と星骸の謎』執筆者; アスティ・ロレンス――


ものすごく気になる。いつか絶対続きを読むんだという気持ちが心の中でメラメラと燃えていたのだった。


「ニャー」


 ミケも同意するように鳴いた。気がする。


「えいさほいさ、えいさほいさっ!」


 その後は特にサボることもなく、街民から返却された本たちを元の位置に戻していった。本のタイトルを見て気になるものもいくつかあったが、それは仕事の後にゆっくり楽しもうと割り切って、黙々と作業を進めた。


「ニャッ、ニャッ」


 ミケも私の後をついて回りながら、時折埃を払ったり、落ちた紙切れを咥えて持ってきたりしてくれていた。


「ルナさん、ありがとうございます。これで一通り終わりましたよ」

「いえいえ!私のお母さんも書庫の管理をしていて、その手伝いをしていたこともあったので、すごく懐かしかったです」

「そうなんですね。ルナさんは本が好きなんですね」

「はい、それはもう!特に御伽話系が大好きで!」

「そ、そうなんですか」

「『パーティを追放された魔法使い、最強の道を目指す』とか『月夜見×八犬伝』、『マジック・アンド・サーヴァンツ』とか!すごく面白いですよね!」

「ニャー♪」


 ミケも嬉しそうに鳴く。


「あは、あはは…私、その本は初めて知りました」

「そうなんですか。お母さん曰く、どこにでもある娯楽本らしいから、きっとどこかで巡り会えると思いますよ!」


 私は司書さんが少し困惑している理由にも気づかずに、好きな本のタイトルを次々と挙げた。しかし、司書さんはどれも知らない様子だった。司書さんは苦笑いをしながらも私のおすすめの本をメモしていた。


「ニャー?」


 ミケが首を傾げる。


「その本たちを仕入れることができるか、上に問い合わせてみますね」

「ありがとうございます!多分、街の人たちも読んだらきっとハマると思います!それじゃあ、次の依頼もあるので失礼しますね」

「ニャー!」


 ミケも元気よく鳴く。私は書庫の扉を開けて廊下へ飛び出した。次の依頼の担当者はリーゼだ。リーゼとふたりきりになるのは、多分数週間ぶりだ。数日前のハロウィンの時は子供たちもいたし、フィリスさんもいた…。私のリーゼ。えへへっ、会うのが楽しみだなあ。


「ニャー♪」


 ミケも尻尾を揺らして嬉しそうだ。



「はあ、どれもタイトルの長い作品ばかりですね…。えっと、『お世話になっております。仕入れたい本のリストをお送りします。お忙しいとは思いますが、よろしくお願い申し上げます。』と」


 一方、司書さんは受付でくつろぎながら、通信魔法でメッセージを打ち込んでいた。


「あのルナって子、あんなに若いのによくもまあ色々な本を読んでいるわね。私の知らないことも知っていたし、あの子って一体なんなのかしら?」



 これは余談だが、その数日後、星教会本部から司書さん宛てに返信が届いたそうだ。


 そのメッセージの内容は『そのような本は我々でも把握していない。教会は世界各地の本を集めているが把握していない本があるということは収集の仕方に問題があるようだ。各支部に経費のことを考えずに貴重な文献や娯楽本等を必ず一冊確保するよう伝達するので把握しておくように。』というものだった。


 司書さんは酷く落胆したそうだが、それを当の本人であるルナは知る由もなかった。

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