第36話〜黒い狂気〜
「私が知ってること、話すね」
焚き火の柔らかな光がエリスの顔を照らし、その影が微かに揺れていた。それは、彼女の胸の内に渦巻く葛藤を映し出しているようだった。しばらくの沈黙の後、彼女は静かに口を開いた。
「扉を開いた時、村が変わり始めたって言ったけど……その後すぐに、あの黒い犬――ブラックドッグが現れたの」
ラジエルが息を詰めたように低い声で呟く。
「ブラックドッグ……死を振り撒く最悪の厄災」
その声には普段の冷静さが欠け、彼女の動揺を露わにしていた。
「村人たちが言ってたの。消えた人たちが、影となって村をさまよっているって。きっとブラックドッグの仕業だと思う。あの犬は……誰かを襲って”新たな影”を作り出してるの。」
「新たな影……?」
リーゼが不安げに呟いた。
「何のためにそんなことを?」
マーヤが顔をしかめる。
「決まってる。ワイルドハントだ」
ラジエルの低い声が静けさを切り裂いた。
「ワイルドハント?」
耳慣れない言葉に、全員が彼女に注目した。ラジエルは焚き火に目を向け、まるで何か古い記憶を辿るように語り出した。
「ワイルドハントは、命を落としたアーサー王がアヴァロンへ旅立ち、妖精の王となったという伝承から来ている。妖精の王ということは……死を謳うブラックドッグたちの王でもある。もし本当にその王が降臨すれば、この大セブンス島そのものが滅びかねない」
その言葉に全員が息を呑む。事態の深刻さが、焚き火の熱を奪い取るような冷気を漂わせていた。エリスは俯き、小さな声で言った。
「……私が扉を開いたせいで、こんなことになったの。村のみんなも、私自身も……五年前の出来事の傷が癒えてないのに、また怖い思いをさせてしまった。だから私は……償おうと思ったの。でも……」
彼女は自分の折れた剣を見つめる。それがどれだけの戦いを経てきたかを、言葉よりも雄弁に語っている。
「全然歯が立たなかった……私が今こうしている間にも、誰かがまた犠牲になるかもしれない。そう考えたら、怖くて……」
「エリス、それでそんなボロボロになるまで戦ってたんだ」
穏やかに声をかけると、エリスは小さく頷いた。
「……でも、今は違う」
彼女は焚き火を見つめながら静かに続けた。
「ルナ、リーゼ、マーヤ……そしてラジエル。貴女たちがいるから、私は自分の犯した罪の清算をしに行ける。」
その言葉に、私は力強く頷いた。
「でもエリス、一人で背負う必要なんてないんだよ。私たちがついてるんだから!」
「そうそう、私たちと一緒に行きましょう!」
リーゼが優しく微笑みながら肩をすくめると、マーヤも明るく頷いた。
「そうだよ、エリス。一緒に戦おう。私たちは仲間なんだから!」
エリスは俯いていた顔をゆっくりと上げた。その瞳には、かすかに光が宿っていた。
「……ありがとう、みんな。私、頑張る。」
*
翌朝、嵐が嘘のように静まり、冷たく澄んだ空気が森を包み込んでいた。私たちは焚き火を消し、準備を整えると村へ向かう道を歩き出した。
「エリス。この先にアヴァロンへの扉があるんだね?」
歩きながら尋ねると、エリスは険しい顔つきで頷いた。
「うん。村の奥に大きな平原があって、そこに扉があるの」
「平原……敵の数が多ければ厄介だな。何か策を考えないと、真正面から戦うのは危険だ」
ラジエルが冷静に分析する中、私はエリスを見て優しく問いかけた。
「エリス、大丈夫? 無理しないでね」
エリスは少し考え込んだ後、しっかりとした声で答えた。
「ありがとう、ルナさん。でも……私も戦う。勇敢だったお母さんのように」
その言葉に全員が頷いた。その時、覚悟が全員の心に根付いたように感じた。
「そろそろ見えるはず。アヴァロンへの扉が」
村を抜けた先に広がる平原は異様な雰囲気に包まれていた。草木は黒く枯れ果て、冷たい霧が地面を覆っている。遠くには、光を放つ巨大な扉がぼんやりと見えていた。
「あれが……扉……」
マーヤが息を呑む。だが、静寂を切り裂くような低い唸り声が響き、霧の中から巨大な黒い影が現れた。赤い瞳がこちらを睨みつけ、周囲に死の威圧感を撒き散らしている。
「……ブラックドッグ……!」
リーゼが震える声で呟いた。その背後にはさらに多くのブラックドッグが続々と現れ、死臭のようなオーラを漂わせている。
「来るよ! 構えて!」
私が叫ぶのと同時に、敵が一斉に襲いかかってきた。
「エリスは下がってて!」
しかしエリスは剣を握りしめ、動かなかった。
「いいえ、私も戦う!」
その声は強く響いた。その瞬間、全員の心が一つになった気がした。
「よし、じゃあみんな行くよ! 魔法少女ビビット・マジカ、未来を護る!」
「セレスティア・ルミナス、浄化します!」
「プリズ・マジカ、目標を殲滅するよ!」
咆哮を上げるブラックドッグに向かい、私たちは突撃していった。戦いの幕が今、切って落とされた――。




