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魔法少女ビビット・マジカ  作者: 雪音月華
魔法少女ビビット・マジカ〜運命の胎動〜
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第35話〜失われた日々と記憶〜

 嵐が勢いを増してきた。雨粒が地面を叩く音が耳に痛いほど響き、風が濡れた髪を激しく揺らす。空には厚い雲が広がり、まるで世界そのものが怒っているかのようだった。


「このままだと低体温症で最悪バッドエンド…。どこか雨宿りできるところってない?エリスちゃん」

「近くに私の今の生活拠点があるの…そこへ行こう…っ!」


 エリスの後に続いて私たち四人は歩き出す。私はエリスの顔を見た。雨に濡れた髪が張り付いて、その表情がますます暗く見える。エリスは全身がボロボロ、身につけている唯一の武器である剣も刀身が折れていた。


「エリスちゃん…」

「大丈夫よ、私は平気……」


 声はか細く、どこか無理をしているようだった。私はエリスの隣に寄り添い、できるだけ彼女を風から守るように歩く。


「平気じゃなくてもいい。けどそれを共有してみて?誰かに頼ることは悪いことじゃないんだから」


 私たちは先を急いだ。地面はぬかるみ、足を取られるたびに、これ以上エリスを歩かせたくないという気持ちが強まる。早く着いて休ませてあげたい。


「あそこだよ…っ」


 エリスが指差す先には、岩壁の陰にぽっかりと口を開けた洞窟が見えた。私はほっと息をつき、エリスに優しく声をかけた。


「あと少しっ…!」


 エリスは無言で頷き、私たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。



 洞窟に足を踏み入れた瞬間、私は肩の力がふっと抜けた。外の嵐から逃れられる場所を見つけた安堵感が全身に広がる。その後すぐにラジエルに支えられながらエリスは洞窟に設置してあるベッドへと腰をかける。長い髪が雨で濡れ、顔に張り付いていた。


「ここなら一晩は大丈夫そうだね」

「ランプのスイッチはこれですか?」


 リーゼは岩肌に付いていた明らかに人工物だろうモノを触るとふわりとした光が洞窟の中を照らした。雨音が遠くに消え、代わりにひんやりとした空気が肌を撫でる。


「火を起こそう。濡れた服じゃ風邪をひいちゃう」


 そう言って私は湿った床を避けながら焚き火の準備を始めた。ラジエルが手伝ってくれ、しばらくして揺れる火の光が洞窟を暖かく包み込む。エリスは黙ったまま焚き火を見つめている。その瞳には明らかに重いものが宿っていた。


「エリス、大丈夫?」


 声をかけると、彼女は少しだけ顔を上げた。でもすぐに視線をそらし、火の揺らめきに目を戻した。


「……ありがとう。平気」


 彼女の声には平気とは程遠い疲労感が滲んでいた。それ以上何も言えず、私はただ隣に座ることしかできなかった。焚き火の音が洞窟に反響し、しばしの静寂が訪れるのだった。



 それから私たちは暖をとりながら疲れを癒している中、沈黙を破ったのはエリスの声だった。


「……私がアヴァロンの話を聞いたのは、一ヶ月くらい前のこと」


 その言葉に私は少し驚いた。その声には覚悟のようなものが感じられた。


「旅人が村に来て、話してくれたの。アヴァロンの扉を開けば、失われた魂に会えるって」


 彼女の声は抑揚がなく、どこか自分の言葉を遠くから眺めているようだった。


「それが本当かどうかなんてわからなかった。でも、信じたかったの。お母さんに会えるかもしれないって」


 エリスは拳を強く握りしめていた。


「お母さんが死んだのは、私がまだ五歳の時だった」


 その一言が彼女にとってどれだけの痛みを伴うものなのか、私は想像するしかなかった。


「村はずっと貧しくて……でも母さんは、誰よりも優しかった。どんなに大変でも、村の誰かが困っている時は必ず手を差し伸べていた」


 彼女の瞳がかすかに揺れる。焚き火の明かりに照らされた横顔には、温かさと悲しさが同時に宿っていた。


「でも、何事もない平穏な日常が一瞬にして崩壊した。村が黒い霧に包まれて……。私は薬草を採りに森へ行ってて、戻ってきたら……」


 彼女の声が震え、拳がさらに強く握られる。


「村が、壊滅していたの」

「うそ…」


 私は息を呑んだ。その時の光景がどれほど悲惨なものだったのか、エリスの表情が雄弁に物語っていた。


「お母さんを探して、村中を駆け回った。でも、見つけたのは……」


 言葉が詰まる。彼女の肩が震え始めた。


「冷たくなった…お母さん…だった…」


 その瞬間、私の心臓がぎゅっと締め付けられた。どんなに辛かっただろう。たった一人でその現実に向き合わなければならなかった幼い少女の姿が、頭の中に浮かぶ。


「近くに黒い犬みたいな魔物がいた。でも、それを見たのは一瞬で……。お母さんを殺したのが何だったのか、本当のところはわからないままなの」

「ラジエルさんはその事件のこと知ってる?」

「知っている。その時の担当は天使序列能天使級第六位のエクシアだった。そうか君か、天使育成機構採用試験でエクシアの推薦を得たというのは」


 エリスは静かに涙を拭った。


「そう、私。でもまだその時じゃないと思って断ってる」

「なるほど、合点がいった。あの子が毎年推薦を出している訳が」

「話を戻すね。……アヴァロンの話を聞いた時、お母さんを取り戻せるかもしれないって思ったの」


 エリスは拳を緩め、焚き火の揺らめきに視線を落とした。


「扉を開けたら、何かが変わるって思った。でも……開けても何も起きなかった。失敗だったんだ」


 その声には深い罪悪感が滲んでいた。私は胸が締め付けられる思いで彼女を見つめた。


「けれど、その後から村がまたおかしくなり始めた。天気が乱れたり、村人が少しずつ消えたり……。たぶん、私がやったせいなんだ」


 彼女の言葉が痛いほど響いた。そんなことはないと、言葉を尽くして否定してあげたい。でも、下手に慰める言葉を投げれば、それは彼女を傷つけるだけかもしれない。けれど私は、ただまっすぐに言葉を選んだ。


「エリス」


 彼女がこちらを見る。潤んだ瞳が揺れている。


「貴女がお母さんを想う気持ちは本物だよ。扉を開いたのも、誰かを傷つけるためじゃなかった。ただ、その気持ちが間違った形で利用されただけ」


 エリスの目が見開かれる。私は続けた。


「私たちがいるわ。もう一人で背負わなくていい。だから、これから一緒に解決しよう!」


 エリスはしばらく何も言わなかった。でも、やがて小さく頷く。


「……ありがとう、ルナ」


 彼女の声はかすかだったけれど、その瞳には少しだけ光が戻っていた。それを見て、私は内心ほっと胸を撫で下ろす。けれどエリスに悪いことを吹き込んだ酷い旅人に会ったら容赦しないんだから。


「謎の旅人、貴方は私が許さない!」


 焚き火の炎が揺らめく中、洞窟の外ではまだ雨が降り続いている。エリスの抱える過去の重み。その一部を知った私は、この依頼が単なる討伐では終わらないことを確信していた。そして、彼女のためにできる限りのことをする覚悟を決めた。


「さて、作戦会議をしよっか。エリス、君の知っていることを教えてくれるかな?」


 嵐の音が少しずつ弱まり夜が深く静かに進んでいく中、私たちは前へと進み出すための準備を始めるのだった。

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