新第5話~小さな魔法少女と秋のお祭り~
「今日の依頼はなーにかな〜」
私は両手を頭の後ろで組み、ふわふわとした気分でルティナの街を歩いていた。肩の上では、ミケが心地よさそうに尻尾を揺らしている。
「ニャー♪」
「ミケも機嫌いいね。今日はいい日になりそう!」
街の空気は、いつもとはどこか違っていた。焼き菓子や香草の匂いが混ざり合って胸がすぅっと軽くなるような、そんな甘い香りが漂っている。スキルカードを手にしてから数日。リーゼの言葉に励まされて、少しずつ前を向けるようになった。――私は私の道を進めばいい。そう思えるようになってから、街の景色がもっと明るく見えるようになった気がする。石畳の道も、行き交う人々の笑顔も、店先に並ぶ色とりどりの商品も、全てがキラキラと輝いて見える。
「ニャー♪」
ミケが私の頬に前足を当てる。まるで「元気になったね」と言ってくれているみたいだった。
「うん。ありがとね、ミケ」
私はミケの頭を優しく撫でた。ミケは目を細めて、喉を小さく鳴らす。――あの日、教会の中庭で泣いていた私を、リーゼは優しく抱きしめてくれた。『ルナさんは、もう立派な魔法少女ですよ』って、真っ直ぐな目で言ってくれた。その言葉が今でも胸の奥で温かく灯っている。
「……うわぁあ……!」
視界の先にいつもとはまるで違う光景が広がっていた。通りに吊るされたランタンの灯りは、朝の光の中でもかすかに揺れていて、道端にはかぼちゃの形をした人形や、魔女や幽霊を模した飾りが並んでいる。
「ニャ……?」
ミケも目を丸くして、きょろきょろと周囲を見回している。子どもたちはそれぞれ仮装をして、黒猫の尻尾をつけた子、牙のあるヴァンパイア、小さな魔法使いに扮した少女たちが笑い合っている。その中の一人、魔女の帽子をかぶった女の子が、私の方を見て手を振ってくれた。
「お姉ちゃん、可愛い服!どこで買えるの?」
「えへへ、ありがとう!この服はお母さんから貰ったものだからどこにも売ってないかな〜」
「そうなんだ……」
「貴女の衣装も可愛いよ!」
「えへへっ、お母さんに編んでもらったの!可愛いでしょ〜?」
「何してるの?置いて帰っちゃうわよ?」
「あ、はーい!ごめんお姉ちゃん、呼ばれちゃった!バイバイ!」
「うん、バイバイ!」
私が笑顔で返すと、女の子は嬉しそうに跳ねながら親元へと帰って行った。その無邪気な仕草に、思わず胸が温かくなる。
「ニャー♪」
ミケも嬉しそうに鳴いた。私はしばらく、道端に立ち尽くしてその光景に見入ってしまった。街全体が、まるで御伽話の世界に変わったみたいだ。お母さんが読んでくれた本の中の、魔法と不思議に満ちた世界。それがここに、現実として広がっている。
「……お祭り、なのかな」
ぽつりと呟いた私の声に気づいたのか、近くを通りかかった中年の男性が振り返って微笑んだ。優しそうな目元に、白髪が混じった髪。商人らしい、しっかりとした体つきをしている。
「お嬢ちゃん、もしかして初めてかい?」
「うん、初めて。どんなことをするの?」
「これは"ハロウィン"っていう秋の祭りさ。死者の魂がこの世に戻ってくる日なんだよ」
「死者が……?でも、なんだかみんな賑やかで明るいね?」
私の言葉に、男性は柔らかく笑った。
「ああ、それがいいところさ。昔はね、帰ってきた魂に悪霊が紛れてるかもしれないって言われてたんだよ。だから仮装をして"仲間だよ"って紛れ込んでたのさ。それの名残で子どもたちは仮装をしながら"お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!"って言って回るんだ。悪霊達を無事に冥界へ帰ってもらうための風習さ」
彼の声はどこか楽しげで、どことなく懐かしそうだった。きっと、彼にも子どもの頃にハロウィンを楽しんだ思い出があるのだろう。私は思わず目を輝かせて問い返す。
「じゃあ、この飾りとか仮装って……全部、悪霊たちと仲良くするためのものなんですね?」
「そうそう。今じゃすっかり、子どもたちのための楽しいイベントになったけどね。現世と冥界の間を歩く、そんな一夜なんだ。お嬢ちゃんも、楽しむといいよ」
「はいっ、ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げてから、ぱたぱたと走り出した。ミケが肩の上でバランスを取りながら、小さく鳴く。
「ニャッ!」
「ごめんごめん、急に走っちゃった」
なんて素敵なお祭りだろう。生と死、恐れと喜びが手を取り合うこの日を人々は笑顔で祝っている。お母さんがよく言っていた『死は終わりじゃなくて、旅の続きなの』って言葉をふと思い出して、胸が温かくなった。――お母さんは今、どこにいるんだろう。ふと、そんなことを考えた。お母さんは私を一人でこの街に送り出して、自分は別の場所へ旅立った。『ルナなら大丈夫』って、笑顔で言ってくれたけど……本当は、少しだけ寂しかったのかな?
「ニャー?」
「ふふっ、ミケが一緒だから寂しくないよ!」
ミケが優しく鳴いて私の頬に顔を擦り寄せてくる。その温もりに少しだけ救われた気がした。
「……でも……リーゼが一緒だったら、もっと楽しかったのに」
不意に浮かんだ彼女の笑顔が、胸の奥をくすぐるように疼いた。あの優しい微笑み、柔らかな声、そっと抱きしめてくれた温もり。全部が今の私を支えてくれている。気がつけば、私はもう店先のガラスに顔をくっつけていた。
「ニャー?」
ミケも私の肩から身を乗り出して、ショーケースの中を覗き込んでいる。そこには色とりどりのクッキーが並んでいて、中でも私の目を引いたのは、かぼちゃをかたどったアイシングクッキーだった。ちょこんとした帽子をかぶったクッキーは、まるで小さな魔法使いのように笑っている。オレンジ色の鮮やかなアイシングに、黒い目と口が描かれていて、なんとも愛らしい。
「これ…可愛い…!リーゼにあげたら喜んでくれるかな?」
「ニャー♪」
ミケが同意するように鳴いた。まるで「きっと喜ぶよ」と言ってくれているみたいだった。私は指先でそっとショーケースをなぞりながら呟いた。他にも、コウモリの形をしたチョコレートクッキーや、お化けの形をした白いクッキーもある。どれも可愛くて、全部買いたくなってしまう。すると、店の奥から柔らかい声がかけられる。
「それ、うちのハロウィン限定なんですよ。毎年楽しみにしてくださるお客さんも多くて。ご友人への贈り物でしたら、ちょうどいいと思います」
振り返ると、エプロン姿の優しそうな女性が微笑んでいた。小麦粉が少しだけ頬についていて、きっと今まで焼き菓子を作っていたのだろう。
「えへへ……。じゃあ、二つくださいっ!」
私はぴょこんと跳ねるように頷いて、袋詰めしてもらったクッキーを両手で受け取った。その重さは、小さな袋ひとつ分のはずなのに、なぜか胸がいっぱいになってしまう。
「ニャー」
ミケが私の頬に前足を当てて、優しく鳴く。
「ありがとうございます!」
お礼を言って店を出ると、秋風がふわりと私の髪を撫でていった。赤や橙の落ち葉がひらひらと舞って、石畳の上に絨毯のように積もっている。私はその中を、るんるんとした足取りで宿へと向かった。ポーチに忍ばせたクッキーの温もりをそっと手で確かめながら。――リーゼ、喜んでくれるかな。そんなことを考えると、自然と顔が緩んでしまう。きっと、あの優しい笑顔で「ありがとうございます」って言ってくれるんだろうな。
「ふふっ、これを持ったまま依頼に出たらまずいよね。一旦帰ろっと」
「ニャー」
ミケも賛成するように鳴いた。もし依頼中に壊しちゃったら、せっかくのリーゼへのプレゼントが台無しだ。そう思った私はまず宿へと戻ることにするのだった。
*
宿の自室に戻り、木製の机の上にクッキーの袋をそっと置く。窓から差し込む陽光が袋を透かし、カボチャやコウモリの形をした可愛らしいクッキーたちに柔らかい影を落としていた。
「ニャー……」
ミケが机の上に飛び乗り、クッキーの袋をじっと見つめている。
「だめだよ、ミケ。これはリーゼへのプレゼントなんだから」
「ニャ……」
少し残念そうに鳴くミケに、私は思わず笑ってしまう。
「よし、これで大丈夫。依頼から戻ったら、一緒にお茶しながら渡そうかな。きっとびっくりするよね」
想像すると、自然と顔が緩んだ。あのふんわりした笑顔に出会えると思うと、なんだかそれだけで頑張れそうな気がする。私はクッキーに向かって指を一本立ててそっと囁いた。
「お留守番、お願いね。絶対戻ってくるから」
「ニャー」
ミケが私の肩に飛び乗る。いつもの定位置に収まったミケの温もりが、少しだけ心強い。宿を出て、私は足取り軽く冒険者協会へと向かう。通りには相変わらずハロウィンの飾り付けが彩りを添えていて、街全体がお祭り気分に包まれていた。
「おはようございます、アリゼさん!今日の依頼、お願いします!」
カウンターに駆け寄って声をかけると、アリゼさんはにこっと笑って手元の依頼書を差し出してくれた。
「おはようございます、ルナさん。今日はこの二つが残ってますよ」
「ニャー?」
ミケも依頼書を覗き込むように首を伸ばす。
「じゃあこっちをお願いします!」
「わかりました、手続きして来ますね」
今日はどんな冒険になるかな。そんな期待を胸に、私は新しい一日を歩き出すのだった。
「ニャー♪」
ミケも嬉しそうに鳴いた。――スキルが一つでも、私は私の道を進める。リーゼの言葉を胸に、私は今日も小さな一歩を踏み出していく。




