新第4話~小さな魔法少女の決意~
「そういえば、ルナさんってスキルカードお持ちですか?」
「スキルカード?なんですかそれ?」
ボマーとの決闘から数日後、冒険者協会の依頼掲示板を真剣な表情で眺めていた私は、ふとした拍子に声をかけられて振り返った。受付嬢のアリゼさんが身を乗り出すようにして近づきながら、目を輝かせていた。肩の上では、ミケがきょとんとした顔で首を傾げている。
「ニャー?」
「ルナさん、スキルカードは絶対に持っておいたほうがいいです!それがあると、自分の持っている能力をちゃんと理解できるし、これからの道を見つける手助けにもなりますよ!」
アリゼさんは興奮気味に続ける。
「スキルが分かれば依頼の幅も広がりますし、自分に何ができるのか、どう成長すればいいのかも見えてきます。冒険者なら誰でも持っているものですから、ルナさんも早めに取得しておいた方がいいと思います!」
「は、はあ…」
勢いに押されて曖昧な返事をしてしまう。それでもアリゼさんの言葉には妙な説得力があった。私は顎に手を当てながら少し考え込む。お母さんの本で「スキル」という言葉は読んだことがある。でも、それを"カード"にして見られるようにする、なんて話は聞いたことがなかった。
「ニャー……」
ミケが私の頬に前足を当てる。まるで、「どうするの?」と聞いているみたいだった。
「でも…お母さん、スキルカードのこと教えてくれなかったな。どうしてだろう」
思わず呟いてから、視線を落とす。ぽつりと心に広がる、小さな疑問。
「まあ、アリゼさんがそこまで言うなら…行ってみようかな。教会でもらえるんですよね?」
「はい!星教会で発行してもらえますよ。絶対後悔しませんから!」
アリゼさんが両手を握りしめ、全力で背中を押してくれるように微笑む。その様子に小さく笑い返して、私は頷いた。
「ニャー♪」
ミケも同意するように鳴いた。
*
「ごめんください!」
星教会の重い扉を開けた瞬間、思わず息を飲んだ。差し込む陽光がステンドグラスを通り、虹色の光が床一面に踊っている。高い天井と厳かな空気に、思わず足を止めてしまう。
「ルナさん」
ふわりと背後から聞こえた声に振り向く。そこには箒を手に持ったリーゼが、穏やかに微笑んでいた。彼女は手を胸元に添え、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「ニャー♪」
ミケがリーゼを見て嬉しそうに鳴く。
「あら、ミケちゃんも一緒なんですね。ふふ、今日も元気そうで何よりです」
リーゼが優しくミーケの頭を撫でる。ミーケは目を細めて喉を鳴らした。
「今日はどうなさったんですか?」
「冒険者協会でスキルカードを取った方がいいって言われて」
「まあ、そうだったんですね。ルナさん、まだお持ちでなかったんですね」
リーゼは少し驚いたような、でもどこか納得したような表情で頷く。
「うん。リーゼは持ってる?」
「はい、私も持っていますよ」
リーゼは懐から小さなカードを取り出した。そこには「聖なる祈り」「治癒の手」という文字が浮かんでいた。
「へえ……治癒魔法が使えるんだ」
「ええ。でも、どちらも神様への祈りが必要で……自分の力だけでは使えないんです」
リーゼは少し寂しそうに微笑む。
「それでもこのカードがあると、自分に何ができるのか分かるから……少し、安心できるんです」
「そっか……」
私は改めてスキルカードの意味を理解した。自分の力を知ること。それは自分の可能性を知ることなんだ。
「それじゃあ、司教様のところへご案内しますね」
*
リーゼに案内されて、重厚な木の扉の前に立つ。
「ここが司教様のお部屋です。少しお待ちくださいね」
リーゼが丁寧にノックし、中へ入っていく。
「ニャー……」
ミケが私の肩で小さく鳴く。その声が、少しだけ緊張を和らげてくれた。
「失礼いたします。司教様、私の友人がスキルカードの授与を受けたいと申しておりまして……」
「ふむ、リーゼヴェルデか。担当のマルクスは今、他の街へ出向いておるが……まあよい。わしが立ち会おう」
柔らかくも威厳のある声が扉の向こうから響く。少しして扉が開き、リーゼが小さく頷いて私を招いた。
「ルナさん、どうぞ」
深呼吸してから一歩踏み出すと、部屋の空気が一変した。重厚な書物が並ぶ書棚、淡い香のする香炉、そしてその奥に座すのは白髭の老人——司教様だ。
「おお、君がルナ君か。リーゼヴェルデから話は聞いておる。さあ、こちらへ来なさい」
私はそっと歩み寄り、彼の前に立つ。緊張のあまり背筋がこわばり、つい手を後ろに組んでしまう。
「ニャー」
ミケが小さく鳴いて、私を励ますように頬を擦り寄せてくる。
「ほう、可愛らしい猫じゃな」
司教様が穏やかに微笑む。
「では、ルナ君。君のスキルカードを授けよう。まずは神に祈りを捧げるのじゃ。君が持つ力を、神が正しく見極めてくださる」
司教様が机に広げた巻物には、金と銀の魔法文字が浮かび上がっていた。厳かなその光景に思わず目を奪われる。私は目を閉じ、静かに両手を胸の前で組んだ。
『私の願い。それは、お母さんが目指した"魔法少女"になること。誰かのヒーローになれるように』
やがて、手のひらにふわりと暖かい光が舞い降りるような感覚が走る。目を開けると司教様が一枚のカードを私に差し出していた。
「これが君のスキルカードじゃ」
私は両手で慎重に受け取り、恐る恐る視線を落とす。カードの文字が静かに浮かび上がる。
【魔法制御】
それだけだった。
「……あれ?」
私は思わず声を出してしまう。
「これだけ……ですか?」
「ニャー……?」
ミケも心配そうに鳴く。
「うむ。君のスキルは、魔法制御のみじゃな」
司教様は穏やかに答える。胸に、ずしんと重いものが落ちた。
「つまり、私……普通なんですね」
声が震える。
「お母さんはもっとたくさん魔法が使えて、すごく強くて……私も、そうなれると思ってたのに……」
「ルナさん……」
リーゼが心配そうに私を見ている。
「ふむ。ルナ君、焦る必要はないぞ。魔法制御は魔法使いにとって最も基礎であり——」
「ごめんなさい、ちょっと……外の空気、吸ってきます」
私は司教様の言葉を遮り、逃げるように部屋を飛び出した。
「あ、ルナさん……!」
リーゼの声が背中に届くが、立ち止まれなかった。
「ニャー!」
ミケが私の肩で必死にバランスを取りながら鳴く。
*
「リーゼヴェルデ」
司教様の静かな声が部屋に響く。
「はい……」
「彼女を追いなさい」
「でも……」
「彼女は今、一人では抱えきれぬ重みを背負っておる。君ならその重みを分かち合えるじゃろう」
司教様は穏やかに微笑んだ。
「どういう言葉をかけるべきか、それは君自身が考えなさい。君は優しい子じゃ。きっと、彼女の心を救える」
リーゼは目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
「……はい」
リーゼは駆け足で部屋を出ていくのだった。
*
教会裏の中庭。夕暮れの光が差し込むベンチに座り、膝を抱えて俯く。
「やっぱり……私、特別じゃなかったんだ」
手の中のスキルカードをぎゅっと握りしめる。
「お母さんはあんなに強くて、かっこよくて……みんなを助けられる人だったのに」
声が震える。
「私は……ただの、普通の女の子だった」
「ニャー……」
ミケが私の膝に顔を擦り寄せてくる。いつもの元気な鳴き声じゃない、静かで優しい声だった。
「ミケ……ごめんね。がっかりさせちゃったよね」
ミケは答えず、ただそっと寄り添ってくれた。
「魔法少女になりたいって……そう思ってたのに……」
涙が一粒、カードの上に落ちる。
「私、なれるのかな……お母さんみたいに……」
「……ルナさん」
ふいに、背中から優しい抱擁が降ってくる。驚いて振り返るとリーゼがいた。彼女の表情はただ優しく、そしてあたたかかった。
「リーゼ……」
「探しましたよ」
リーゼは私の隣に座り、そっと肩を抱き寄せる。
「ごめんなさい……逃げ出しちゃって……」
「いいんですよ。辛い時は、逃げたくなりますから」
リーゼは優しく微笑む。
「でも、一人で抱え込まないでください。私……ルナさんの友達ですから」
「リーゼ……」
「ニャー」
ミケが私の手に頭を擦り寄せる。私は小さく微笑んで、ミケを撫でた。
「ねえ、リーゼ……私、お母さんみたいな魔法少女になれるのかな」
「なれますよ」
リーゼは即座に答えた。
「だって、お母さんはルナさんを認めてくださったんでしょう?」
「……うん」
「それに……」
リーゼは真っ直ぐ私を見つめた。
「ルナさんは、もう立派な魔法少女ですよ」
「えっ……?」
「だって、困っている人を助けて、誰かのために戦って……そんなルナさんを見ていると、私まで勇気をもらえるんです」
リーゼの言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「スキルカードに何が書いてあっても、それは変わりません。ルナさんは、ルナさんです」
「でも……」
「ルナさん」
リーゼは優しく私の頭を撫でた。
「私、思うんです。大切なのは、スキルカードに何が書いてあるかじゃなくて……ルナさんが、どうなりたいかだって」
「……どうなりたいか」
「はい。ルナさんは、どんな自分になりたいですか?」
私は少し考えて、ゆっくりと答えた。
「私は……誰かを助けられる魔法少女になりたい。お母さんみたいに……」
「それなら、きっとなれます」
リーゼは微笑む。
「だって、ルナさんは私を助けてくれたじゃないですか。あの時、私、本当に怖くて……でも、ルナさんが来てくれて、守ってくれて……」
リーゼの目が、少しだけ潤む。
「だから私、思ったんです。ルナさんは、私のヒーローだって」
「……!」
「スキルが一つでも、十でも……それは関係ないんですよ。大切なのは……」
リーゼは私の手を握った。
「誰かを助けたいって思う、その気持ちです」
「リーゼ……」
涙が、今度は温かく溢れてくる。
「ありがとう……」
「ニャー♪」
ミケが、まるで「そうだよ」と言うように鳴いた。リーゼは優しく私を抱きしめてくれた。その温もりが、胸の奥まで染み渡る。
「ルナさん、一人で抱え込まないでくださいね」
「……うん」
「辛い時は、私に言ってください。一緒に考えましょう」
「……ありがとう、リーゼ」
私はリーゼの肩に顔を埋める。――ああ、そうか。私は一人じゃないんだ。リーゼがいる。ミケがいる。だから、大丈夫。スキルが一つでも、私は私の道を進める。そう思えた夕暮れだった。




