第32話〜それぞれの課題〜
冬の足音が近づく晩秋の頃。冷たく澄んだ空気が馬車の窓から流れ込み、季節の移ろいを感じさせていた。私、リーゼ、マーヤの三人は厚手のマントに包まれ、それぞれの思索にふけっていた。道中霜が降りた木々が立ち並ぶ中、私たちはロンディムへと向かっていた。するとマーヤは不意に口を開いた。
「どうしてコーンウォールに直接行かずにロンディムに行くの?」
彼女の声は、長旅の静寂を破るように響く。リーゼは微かに微笑み、肩をすくめながら応えた。
「マーヤさん、説明聞いていませんでしたね?」
彼女はしっかりとマーヤを見つめると、もう一度説明を始める。
「各主要都市に足を運ぶのは、旅に必要な資材を調達するためです。食料や武具、薬品――それらが尽きてしまえば、私たちは詰んでしまいます」
マーヤは眉をひそめながら、リーゼの言葉を真剣に聞いていた。私はそれを見て、少し笑いながら口を挟む。
「その分補給も重要になってくるよ。旅を続けるには準備が必要だから」
「でも……」
マーヤは少し考え込んでから、不思議そうに問いかけた。
「魔物って食べられないの?」
その突拍子もない質問に私は驚いた。リーゼも驚いていたようだが真剣な表情で説明を続けた。
「食べられません。魔物というのは、瘴気を発生させているコア――まあ、ルナさん的に言えば『魔石』が作り出したものです。コアが瘴気を集めて、その結果生まれる防衛システムの一部が魔物なんです」
「防衛システム……」
マーヤはその言葉を反芻しながら、小声で呟く。
「つまり、霧みたいなものが形を取ってるだけってこと…?」
「そうです」
「霧は食べられない……」
「そういうことです。だからこそ、私たちには食料や道具の補給が不可欠なんです。それに補給だけでなくそのための資金も必要ですから、各都市の冒険者協会でクエストをこなしていくんですよ」
マーヤはその言葉に納得し、じっと考え込む様子を見せた。彼女にとっては、冒険者としての生活がまだ新鮮で、経験も浅い。補給の重要性や魔物の本質など、理解しなければならないことが多くあるのだと実感した。
「じゃあ魔物ってなんなの?それにどうして魔物は動物に似た姿をしているの?」
「えっ…それは…」
「あはは、それは私もわからないかな。ラジエルさんわかる?」
「私もわからない。確か国でも本質を見抜いた者はいなかったと思うよ」
「ということです…ごめんなさいマーヤさん」
「ううん、ありがとうリーゼお姉ちゃん…!」
「もう、マーヤさんは甘えん坊さんなんですから」
マーヤはリーゼに抱きついた。リーゼは困った顔をしながらマーヤの頭を撫でている。可愛らしい姿に私とラジエルは微笑んでいた。馬車は揺れながら進み続ける。ロンディムの街が徐々に近づいていた。
「それに、天使育成機関での試験は三ヶ月後だしな。それまでにあと二つ都市を巡ることになる」
突然ラジエルから切り出された話に少し驚きながら、気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、天使育成機関での試験ってどんな感じなの?」
「毎年恒例の試験で、大規模な決闘大会並みの規模で行われる。基本的には天使の適性が高い女性が候補者として推薦されて選ばれるんだ」
「推薦?」
「そう、推薦だ。数年前までは応募枠もあったんだが、数が多すぎて推薦枠のみに変更された。ルナ、お前は私の推薦枠だ。リーゼとマーヤはそれぞれハールーンとマールーンの推薦だ」
ラジエルの声にはいつもの冷静さが漂っていたが、その言葉には期待も込められているようだった。推薦――つまり、私たちの力が正式に認められているということだ。少し胸が熱くなる。
「ジブリールさんの推薦枠は誰に使われたんですか?」
リーゼが質問を投げかけた。それは確かに私も思った。
「確か、有望な実力者を選定中って言っていたな」
マーヤが少し声を上げ、目を輝かせる。
「君たちの良きライバルになってくれたらいいね」
ラジエルが淡々と言い、しばらく私たちを見つめたあとふっと笑みを浮かべて続けた。
「さて、お昼ご飯にしようか。準備してくれる?」
*
「今どれだけ成長しているか、与えた課題を思い出しながら報告して?まずはルナくんから」
昼ご飯が終わり、ラジエルが静かに話しかけてきた。私は驚きながらも少し整理した後に答えた。
「私は…魔法少女として変身していられる時間に制限があるからそれの対策をしないといけない。だから魔法を扱わない戦い方を模索する、だったよね」
「そうだね。基礎戦闘能力を鍛えれば魔石を集め終わって魔法結晶を確保した後でもリソース管理と制限時間の延長にも繋がる。もうひとつの課題もあったよね?」
ラジエルの声は優しいけれど、どこか厳格さを含んでいる。私は少し考え込みながら思い出す。
「うん…想定外の状況に対処できるように、もっと知識を増やすこと、だよね。あらゆる状況に対応できるように、知見を深めるって話しだったよね」
「その通りだ。知識は力だ。もし困難な場面に遭遇したとしてもそれを乗り越えられる知恵があれば冷静に行動できるだろう。では今の現状については何かあるかな?」
ラジエルの言葉が胸に重く響く。私は知識不足のせいで、酷く痛い思いをした。もっと勉強しなきゃ…お母さんの憧れる魔法少女はこんなところで立ち止まったりしないのだから。
「ローブに含まれてる微量の魔力で身体強化はしてるけど、基本ナイフ一本での戦闘をしてるよ。でも弱点を見つけてそこを狙うなんて今までやったことなかったから難しくて苦戦してる…」
「数をこなせば慣れるよ。何度も言わせてもらうけど、自分じゃ対処しきれない時は必ず私を呼ぶこと。いいね?」
「はいっ!ありがとうございます!」
「次、私いいですか?」
次はリーゼの番だ。少しソワソワしながら口を開いた。私だって自分のやっていることが成長に繋がっているのか不安だ。だからリーゼも同じように不安なのだろう。
「私は戦闘中に詠唱を省略したり詠唱しながら動くスタイルを確立すること、そして神の加護の他に魔法を習得することが課題でした。でも、まだうまくできなくて…。もっと体力も欲しいですし、詠唱と敵の動きを観察するのを両立するのが難しくて…」
リーゼは神に祈って力を行使しているから、その詠唱を省略出来ないのだ。だからこそ、彼女が動き回りながら詠唱を続けるということは精神力と体力、そのどちらも必須なのだ。
「動きながらの詠唱は高度な技術が必要だ。しかし戦闘において真っ先に魔法使い職や後方支援職を落とすのがセオリーとなる。つまりリーゼは真っ先に狙われる対象となるわけだ。故に回避をし続けることは理にかなっている。このスタイルを確立するのは数こなすしかないのが辛いところだけどね」
「理解しています。魔法少女は困難に立ち向かうモノ、私は本物の魔法少女になる為に強くなります」
「あとは一般的な魔法使いの使う魔法の論理を知って応用出来るようになるところまでいきたいね。手札を増やすことは生存確率をあげることに繋がるからね」
ラジエルの言葉に、リーゼは深く頷いていた。彼女もまた、私と同じように成長への強い意志を持っている。
「では最後、マーヤくんだが」
「は、はいっ!」
そして、最後にマーヤが言葉を選びながら話し始める。彼女はまだ戦闘に不慣れで、これからの成長が期待されている存在だ。何もかも不安なのだろう、真っ暗な洞窟を一人で歩かされているようなものだ。
「私は…まだ戦い方も知らない、体力もない。ラジエルさんから教えてはもらってるけどイメージもつかない…。私、強くなれるのかな…?」
マーヤは不安そうに私を見つめた。その視線に応えるように、私は彼女に微笑んだ。
「大丈夫、私だって最初は何も分からなかったよ。もしよかったら、私が好きな魔法少女アニメを一緒に見ない? すごく参考になるし、戦い方のイメージがつかめるかもしれないよ」
「魔法少女の…あにめ?それって何?」
マーヤが首をかしげる理由は私にはわからなかった。アニメって一般的に放送されてるものだと思ってたんだけど。まあいいや。彼女にも私と同じように何かインスピレーションを得てほしい、そう思ってマジックボックスの中に手を突っ込む。
「うん、ちょっと待ってね。あった、デデーン!幻影水晶!」
私はさっそく幻影水晶のボタンを押し、水晶に魔法少女のアニメの一場面を映し出した。魔法の光を行使する可愛らしい少女たちが、華麗に敵を倒していく。マーヤの目がキラキラと輝いていくのが分かる。
「すごい…こんな風に戦えるようになりたい…!」
リーゼもその映像を見て、少し驚いたように言った。
「これが本来の魔法少女の戦い方…参考になります」
ラジエルも映像をじっくりと見ている。あれ、やっぱりアニメってそんなに有名じゃないの?
「その水晶凄いね、私も初めて見たよ。あとでどういう風に出来てるか調べたいんだが…!こほんっ、でも現実はこうはいかない。このレベルまで引き上げるのであれば、基礎戦闘能力と体力作りが必須になるね」
ラジエルが冷静に警告する。確かにその通りだ。私たちは未だに魔法少女の力を活かしきれていない。その力を最大限使えるように強くならなくては。
「うん、わかった。まずは体力作りから頑張る…!」
マーヤは決意を新たにし、真剣な表情で答えた。こうして、私たちはそれぞれの課題を再確認し、次に向けての目標をしっかりと心に刻んだ。
「焦らず、一歩ずつ進めばいい。お前たちはそれぞれ異なる才能を持っている。それを磨いていけばより強く、より輝く存在になれるはずだ」
ラジエルの言葉は、まるで私たちの未来を信じているかのようだった。私はその言葉を胸に刻み込み、頷いた。
「じゃあ馬車を出すよ。休憩も終わり、今日でロンディムに着くはずだよ」
馬車は静かに進み続ける。目的地ロンディムは近い。でも、私たちはその道の先にある新たな戦いに備え、今この瞬間からそれぞれが成長を誓い合った。これからも、もっと強くなるために、もっと大切な人を守るために――。こうして私たちはまた一歩、次の冒険に向かって出発するのだった。




