第3話〜夕焼けの街と約束のペンダント〜
「ねぇ、リーゼ。何を買うの?」
ルティナの街は私たちにとって、まるで迷路のようだった。太陽は空高く輝いているのに、石畳の広がる街道はどこも似たように見える。市場の喧騒が四方八方から耳に飛び込んできて、頭が少し混乱してしまう。リーゼは少し考え込んでから、冷静に答えた。
「必要なのは鶏肉ですね。夜ご飯で使う分の量が足りていないらしく……」
「ふーん、鶏肉かぁ。どこを探せば見つかるかなあ?」
「確か、市場の地図があったはず……。あれ……?」
リーゼはポケットや袋の中を探るが、顔色がみるみる青ざめていく。
「……ない。地図……ありません!」
「えっ………」
彼女は教会でしっかり地図をマジックボックスに入れたのを確認してから出てきたらしいのだけど、見つからないようだ。
「もしかしてあの時…!?教会から出る前に地図を見直そうとして出して、そのまま置いてきちゃったのかも…」
どうやら肝心の地図を持ってくるのを忘れてしまったらしい。私も地図なんて持ってない。つまり―― 完全に迷子だ。
「なら……まずはあっちの出店エリアに行ってみよう!」
私は無駄に明るい声を出して、リーゼの腕を引っ張った。
「旅は道連れ、世は情け! ってね!」
「ふふふっ、……なんですか、それ?」
「えへへ!格言!」
笑いながら手近な通りへと進む。でも、問題は―― 市場が広すぎることだった。市場の通りには 細い路地が多く、目印になりそうな看板も個性的すぎてわかりにくい。私たちはただひたすら歩き回るが、目指す精肉店がどこにあるのかはさっぱりわからない。
「ルナさん、少し休憩してもいいですか……? 足が疲れてしまって……」
リーゼが申し訳なさそうに私に言う。彼女の顔にはうっすらと汗が浮かんでいて、私は自分ばかりが焦って引っ張り回していたことに気づいた。
「ごめんね、リーゼ。ちょっと無理させちゃった?」
「いえ、大丈夫です。ルナさん、とても体力がありますね……」
リーゼは息を切らしながら微笑んだ。私はリーゼに無理をさせたことに申し訳なさを感じながら、周囲を見渡す。すると―― 市場の屋台が並ぶ先に、大きな噴水のある広場が見えた。
「少し休もっか」
*
「水飲む?間接キスになるけど」
「あっ…えっと…じゃあ、いただきます」
私たちは噴水広場へ足を運び、ベンチに腰を下ろした。私は水筒を取り出してリーゼに差し出す。リーゼは恐縮しながらも礼を言い、少しずつ喉を潤していく。
「綺麗な噴水だね」
広場には柔らかな日差しが差し込み、噴水の水音が心地よく響く。街の喧騒とは違って、ここはどこか 穏やかな空間だった。
「この街っていい街だね。好きになりそう」
「そうですね。私も、この街は好きになれそうです」
リーゼが優しく微笑む。彼女の金髪が日差しを浴びてキラキラと輝いている。その姿を見て、私はまた見惚れてしまうのだった。
「どうしました?ルナさん」
「リーゼ、あんまり無理しないでね。私、つい夢中になっちゃって……」
「あっ、いえ。むしろ楽しいです。ルナさんと一緒だと、何でも新鮮に感じますから」
そんなことを言われると、ちょっと照れくさい。その時―― 小さな男の子の元気な声が耳に届いた。
「今日はお肉がいい! ねえ、お肉食べたい!」
私達はその声がする方へ目線を向けた。男の子が母親の手を引っ張りながら、勢いよく歩いている。
「お肉は昨日も食べたでしょう? 今日はお魚にしない?」
「やだ! お肉がいい!」
そのやりとりを見て、私は思わずくすりと笑う。隣を見ると、リーゼも同じように微笑んでいた。
「子供って可愛いですね」
「うん。あんな風にお母さんに甘えられるのって、小さい時だけだよね」
――その瞬間。
男の子と母親がとある精肉店に入っていくのが目に入る。そこに掲げられた看板を見たリーゼが小さく声を上げた。
「あ、あそこです!精肉店、目的の場所!」
「えっ、本当!?」
リーゼが指差したのは―― まさしく目指していた精肉店だった。私はリーゼと顔を見合わせ、立ち上がる。
「じゃあ、行こっ!」
「はい!」
軽い足取りで精肉屋へと向かう。さっきまでの疲れもどこかへ吹き飛んでしまったように、リーゼの表情も明るくなっていた。
*
店に入ると、こんがり焼かれた焼き鳥の香ばしい匂いが漂っていた。ガラスケースの中には新鮮な肉が美しく並べられている。
「これでようやく買い物が終わりますね。ルナさん、本当にありがとうございます」
二人で小さく笑い合う。
そしてリーゼは鶏肉を購入し、マジックボックスへと詰め込むのだった。
*
教会へ帰る道中、夕方の光が街を柔らかく包んでいた。
「リーゼってお淑やかっていうか、穏やかだよね」
「そうですか?もしそうだとしたら、それは聖職者としての仕事に慣れてきたということ。になるのでしょうか?」
私はリーゼをじっと見つめる。
「何かに打ち込めるって、すごいかっこいいなって思う。私なんかいつもこんなに騒がしくて、そそっかしくて。リーゼみたいに落ち着いてないから、ちょっと羨ましいな」
リーゼは一瞬驚いたような顔をした後、穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます、ルナさん。でも、私もルナさんの明るさ、すごく素敵だと思いますよ」
私は 少し照れくさくなって笑う。
「そっか……ありがとう、リーゼ」
第三話『約束のペンダントと祈りの時間』
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【新しい友達と過ごした一日】
今日一日を通して、新しい友達との時間が、これからも続いていくことへの期待で胸がいっぱいだった。
それと同時に、リーゼもまた、私と一緒に街を見て回ることで、少しでも不安を取り除けていたらいいな と思う。
そんなことを考えながら歩いていると――
遠くから教会の鐘の音が響いてきた。
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【祈りの時間と『アレルヤ』】
「ねえ、リーゼ。あの鐘の音って、教会のもの?」
「そうです。これは、私たちの教会の鐘の音。この時間になると、いつも祈りの時間を知らせるために鳴らされるんです」
「祈りの時間かぁ……。教会ではどんな祈りを捧げるの?」
リーゼが所属する教会について、もっと知りたくなった。
どんな教えがあって、どんな祈りがあるんだろう?
その好奇心が私を突き動かす。
「主に感謝を捧げるための祈りです。その中でも、特に大切にされているのが、『アレルヤ』 です」
「アレルヤ? それって、どういう意味なの?」
リーゼは少し考えた後、まるで教典を読み上げるように、静かに詠唱し始めた。
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「『アレルヤ、すべての命に光を与え、我らを導きたもう主に感謝を。
アレルヤ、すべての困難を乗り越え、平穏を求める者に祝福を。
アレルヤ、永遠に続くその慈しみに。』」
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その言葉は、まるで夕日に照らされた市場の空気に溶け込むように響いた。
私は静かにその響きを聞きながら、
心にじんわりと温かさが広がるのを感じる。
「……なんだか、すごく心が落ち着くね。この言葉には、特別な力がある気がする」
「そうですね。この『アレルヤ』の詩は、私たち信者にとって大切な祈りの一部 です。
困難な時も、心が迷った時も、この言葉に立ち戻ることで、主の導きを感じることができる んですよ」
私はしみじみと頷く。
「すごいね、リーゼ! なんか、すごい修道士みたい!」
「ふふふっ、ルナさんったら面白いですね。私は修道士なんですよ?」
私とリーゼは、自然と笑い合う。
そして、教会の鐘の音が鳴り止むのと同時に――
私は、リーゼとの新しい絆がさらに深まったのを感じていたのだった。
*
私たちは教会前の大階段に着いた。リーゼが階段を登ろうとする中、私はバッグの中から一つのペンダントを取り出した。
「ねえ、リーゼ。私ね、リーゼに渡したいものがあるの」
「ルナさん、これは?」
「これ、私が作ったの。本当は予備用のペンダントだったんだけど……、リーゼにあげたいって思ったからあげるっ!えへへ、気に入ってもらえたら嬉しいな」
「ありがとうございます…!」
「私のと色違いだよ!」
私はペンダントをリーゼに渡した。リーゼは驚きながらも大切そうにそれを受け取ると、感激した表情を浮かべてその場でそっと首にかけてくれた。ペンダントは球体のサファイアを中心に黄色のリボンがあしらわれている。このペンダントも私の身につけているペンダントも私の自信作なのだ。
「これを持っていればどんな時でも、運命の女神様が守ってくれるよ」
「ありがとう、ルナさん。とても素敵ですね……。でも、どうしてそこまで私に優しくしてくれるんですか?」
「えっと……言ってもいいけど、笑わないでね?」
「笑いません! ルナさんは、私の恩人 なんですから!」
「えっとね……。私、今までお母さん以外に人と関わったことがなかったんだ」
私は、少し照れくさくなりながら話し始める。
「私がこんな騒がしい人になっちゃったのは、お母さんの書庫にあった本のせい。お母さんと一緒に読んだ本が、すごく面白くて……気づいたらこんな口調になっちゃったの」
リーゼは驚きつつも、静かに頷いて話を聞いてくれている。
「それでね、お母さんと、お母さんの相棒の猫のミケとしか話をしてこなかったから……。私は世間のことを全然知らないし、友達なんて一人もいなかったの」
「……そうだったんですね」
「だから、今日ね――初めての友達ができたのが、すっごく嬉しくて……!ようやく、御伽話の主人公みたいになれたんだって思ったら、嬉しくて仕方なくて……」
私は照れながら笑う。
「私、リーゼと友達になれて、本当に嬉しいんだ!」
「……私も、ルナさんと友達になれて、とても嬉しいです」
「また、遊びに出かけよう? 次も一緒に美味しいもの食べよう!」
「ふふっ、いいですよ」
「たくさん冒険者として依頼をこなしていっぱいお金を稼いで、リーゼにたくさん食べさせてあげる!」
「それなら……私もルナさんに恩返しのつもりで、たくさんご馳走しますね」
「えへへ! じゃあ、約束!」
私はリーゼに手を差し出す。リーゼは微笑みながら、私の手をぎゅっと握り返した。
「……約束ですよ」
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「そろそろ日が落ちるね。リーゼ、門限とかってあるの?」
「あ、はい……! えっと……あと五分ほど……です!」
「えええええ!? それやばくない!? 急がなきゃ!」
魔時計を見たリーゼは慌てて大階段を駆け上がる。私はもリーゼと一緒に急いで駆け上がるのだった。こうして、新たな友達を得た私は、リーゼと共に教会前へと急いだ。
「じゃあ、また遊ぼうね!」
「はいっ! 今日はありがとうございました」
私は手を振りながら、大階段を降りていく。ちらっと振り返るとリーゼも同じように手を振ってくれていた。
「門限過ぎちゃうよ?もう、リーゼったら」
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ルティナの街の夜風が、心地よく吹き抜けた。今日の出来事を思い返しながら、私は期待と興奮で胸を膨らませていた。 ――そして、宿屋の前に着いた時。
「あっ……依頼の報告してない!!!まぁいっか、明日でも」
私は宿屋の扉を開き、疲れを癒すのだった。