第29話〜幻の魚と旅立ちの日〜
穏やかな朝、ルティナの街を歩いているとふと耳に入った噂に立ち止まる。
「そろそろクリスタルフィッシュの時期だよな」
「あの幻の魚なんて、誰が釣るんだ?今まで釣り上げたやつなんていたか?」
「星の魔女、が釣ったことがあるとかないとか」
「幻の魚クリスタルフィッシュ?それに、お母さんが釣り上げてたって…」
近くの商人たちが話しているのを聞いた私は興味を惹かれた。冬に現れるというその魚は、まだ詳しく研究されておらず、生態も味も誰もよく知らないらしい。聞けば聞くほど、未知の味が頭に浮かんできて、私の心はすっかり引き込まれてしまった。それに、お母さんが釣り上げたのなら私も釣りあげないと名が廃るものだよね。
「これは行くしかない!絶対に釣り上げるよ!」
私はすぐに釣具屋に向かい、少しの貯金を切り崩して釣竿と餌を買うことにした。当のお母さんからは「お金は大事に貯めて使うんだよ」と言われていたけれど、食糧を確保する為には仕方ないよね。
「よし、アーレア・ヤクト・エスタ!覚悟しろ、幻の魚クリスタルフィッシュ!」
リコリスさんに紹介された武器屋には釣り道具も売っていた。釣り道具を買い集め釣り場に向かう途中で、思いがけない人物に出会った。先日の宴会で知り合った、釣り好きのカイゼル・バーンだ。彼は私の釣竿を見てにやりと笑った。
「お、ルナじゃないか。釣りに興味があったのか?」
「うん!幻の魚クリスタルフィッシュを釣ろうと思ってさ!」
カイゼルは少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに頷いた。
「クリスタルフィッシュか…あれはなかなか手強い相手だぞ。釣りの極意を教えてやるから、ちょっと一緒にやってみるか?」
「もちろん!ぜひ教えてほしいな!」
こうしてカイゼルの助けを借りて釣り場へと向かうのだった。貿易都市ルティナには漁業をメインとする港とは別に個人で釣りを行い食糧にすることも許されているのだという。
「じゃあ試しにやってみるか。ほれ、餌をつけて放ってみい?」
カイゼルに言われたまま釣りを始めたけれど、すぐにはお目当ての魚は釣れなかった。釣れるのは、ただのメバルや小さな蟹、そして海藻ばかりだった。
「ねえ、普通の魚ばっかり釣れるんだけど…。ほんとに幻の魚なんているの?」
私は少し不安になり、カイゼルに尋ねた。
「まあ、クリスタルフィッシュは簡単には釣れない。簡単に釣れたら幻とは呼ばれないだろう?焦らずに待つことが釣りのコツさ」
カイゼルはニヤリと笑って、釣り竿を眺めている。私は仕方なく釣り続けたけど、次に釣れたのはなんと臭い靴や傘。それにボロボロの魔導書に魔法付与がされているボロボロの弓まで釣れた。
「なにこれ?この世界の海って、こんなに物が捨てられてるって大丈夫?」
思わず愚痴をこぼすと、カイゼルが笑い声を上げた。
「ははっ、そんな日もあるさ。でも、最後まで諦めるなよ!」
そんな彼の励ましを受けて再び竿を構えていると、突然大きな手応えが!
「きた!これ絶対にクリスタルフィッシュだ!」
私は必死に竿を引きながら、カイゼルに助言を求めた。
「焦るな、引くタイミングを見極めるんだ。魚の動きを感じ取れ!」
言われた通りに、慎重に引っ張っていく。そして、ついに釣り上げた――けど、出てきたのはまたしてもメバルが三匹連なっていた。
「ええっ!メバル!?」
私は思わず叫んでしまった。カイゼルも少し苦笑して肩をすくめた。
「三連メバルか、初心者にしては運が良い方だぞルナくん。だが、よく頑張ったな」
そう言われても、やっぱり少しがっかりした。
「はぁ…結局幻の魚は釣れなかったか。でもまあ、今日の分の食料は確保できたから良いかな」
とりあえず釣れたメバルを箱に入れ、帰り支度をし始める。するとカイゼルの竿に特大のあたりがきた。
「これはでかいぞ!クリスタルフィッシュかもしれん!」
「嘘ぉ!?」
私は片付けを一旦やめ、カイゼルの元へと走り出した。強い引きでカイゼルの竿が今にも折れそうだった。
「来た!ここだぁあっ!」
釣り上げた魚はなんと、クリスタルフィッシュ!ではなかった。しかしそれもまた幻の魚だった。ドラゴンフィッシュ、通称チョウザメだった。
「やったぞルナ!これもまた幻の魚だ!」
「いいなぁ」
今日のところは勘弁しておいてあげる。そう思いながら私は釣り場を後にするのだった。
*
釣りの荷物を抱えながら宿へと帰っていた時、リーゼに出会った。今日もまた教会の食堂からのお使いで買い物に来ていたのかな?
「ルナさん、どうかしましたか?ずいぶん疲れた顔をしているようですが」
リーゼは心配そうに私を見つめている。リーゼは本当に良い子だなあと思いながら事情を説明した。
「実はね、幻の魚クリスタルフィッシュを釣ろうとしてたんだけど…メバルとかちっちゃい蟹くらいしか釣れなかったの。せっかく挑戦したのに…ちょっとがっかりかな」
すると、リーゼは優しく微笑んだ。
「でも、メバルだって美味しい魚です。せっかくですし、一緒に料理しましょう。今日も食材を買ってきたところですし」
「ほんと?ありがとう、リーゼ!」
彼女の言葉に元気を取り戻し、一緒に教会へと帰ることにしたのだった。
「ただいま戻りました」
教会に戻ると、ラジエルが書類を見つめていた。なんだか難しそうな顔をしている。
「忙しそうだね」
「そうですね、またあとで声をかけましょうか」
私たちが部屋を出ようとすると、私たちに気付いたようで呼び止めた。
「ルナ、リーゼ。ちょっといい?」
「なに?何かあったの?」
私は気になってラジエルに近づいた。
「実は、明後日出発することに決まった。星隕石研究の第一人者オルトリンデ様から早くきて欲しいって言われてね、天使育成機関に行く前に王都に向かうことにしたよ。だから、それまでに準備をしっかりしておいてね。リーゼ、冒険者登録も忘れないように」
「えっ、明後日!?急だね…でも、わかった。準備はきっちりやっておくよ!」
「わかりました。冒険者登録もしてきます」
リーゼもすぐに了承し、ラジエルは満足そうに頷いた。そうして、私は気持ちを切り替えて釣ったメバルを食堂へと持っていった。リーゼと一緒に今日の晩ご飯を考えながら、私たちはまた新しい冒険に向けての準備を始めるのだった。




