第28話〜天使長の戦い〜
私とリーゼがリコリスと買い物をしていた頃、ジブリールは王都の宮殿で行われる会議に呼ばれていた。会議室の扉を開けると、宮廷魔法師団団長アケノメア・ウェルシアと宮廷騎士団団長ライラック・ウェルシアの二人が微笑みながら話し込んでいる姿が目に入る。
「相変わらず仲が良いわね。結婚してどれくらい経つの?」
ジブリールは軽く皮肉めいた口調で言うと、ライラックはちらりと振り返り、笑いながら答えた。
「おや、ジブリールか。久しぶりだな。うん、もう5年だな。けど、アケノメアが隣にいる限り、毎日が新婚みたいなものさ」
ライラックの言葉に、アケノメアも微笑を深める。
「ふふ、彼ったら…いつもこうなのよ」
アケノメアは穏やかな声で言いながら、愛しげに彼の手を握った。
「ふうん」
ジブリールはイラっときてしまった。リア充は爆発してしまえ。そう考えている一方、冒険者協会本部ギルド長ザック・バランと星教会所属星隕石研究者代表オルトリンデ・アドラーはすでにそれぞれの席に座り、静かに紅茶を啜っていた。ザックがカップの中身を飲み干した瞬間、王国参謀セルゲイ・ノーチラスが会議室に入ってきた。
「さて、揃っているな」
セルゲイが一言厳かな声で告げると、会議室内の空気が一変した。
「まずはバベルの塔についてだ。十五年前の戦争、覚えているだろう? フーリオとの戦争は、厄災の魔女によって仕組まれたものだった…。厄災の魔女の手のひらで踊らされていたとはなんと忌々しいことだ…」
「こほん、セルゲイさん。別にその話をしにきたわけではないのでしょう?早く本題に入ったらどうなの?」
オルトリンデはつまらなさそうにカールのかかった触覚をくるくると弄りながら口を開いた。
「それもそうだな。厄災の魔女が遺したバベルの塔を踏破したのは、星の魔女とそのパーティメンバーのみだということは周知の通りだ。だが我々はどうだ?彼女らは数ヶ月で踏破したと言うのに、我々は十五年をかけても攻略を果たすことも出来ていない。フーリオに海を渡って軍を遠征させているが遠征費用も相当かかっている…。このままだと我が国は経営破綻で滅亡するぞ…」
セルゲイが嘆くように語ると、会議室に緊張感が漂った。
「参謀殿の言い分もわかるな。このままではクーデターからの革命、最悪王国の崩壊のケースまである」
ライラックの言葉を聞いていると先ほどまでの惚気が嘘だったかのように思えてくる。真面目モードでいれば良い男なのだが。そうため息を吐きながらジブリールは口を開く。
「その塔の攻略、今何階まで行ってるの?」
ジブリールが問いかけると、ザックがため息混じりに答えた。
「五十階層まで来ている。だが果てが見えない…。まったく、厄災の魔女の置き土産は厄介極まりない。フーリオの連中との合同パーティの士気が下がってきている」
セルゲイはその言葉を聞いて、疑問を口にする。
「あえて聞こう、何が足りない?」
「人の量、ではなく質だと私は思います」
その問いに答えたのはザックだった。その考えはジブリールも考えていたことだった。しかし、質の高い戦士を育てるとしても見つけるとしても非常に難しい話になってくる。そのための天使育成機構なのだが、天使育成機構の所属メンバーも国防で手一杯なのである。
「万能型より、特化型か…。バベルの塔攻略には次世代の強化も兼ねていたが、変えるべきなのかもしれないな。次回までに各々名案を考えておいてほしい」
セルゲイはそう言うと、次の議題を口にした。
「次の議題は勇者召喚の儀についてだ。アケノメア殿、説明を頼む」
「はい。我らが王は別の厄災が迫った際のことを考えているわ。宮廷魔法軍は勇者召喚の魔法が載っている魔導書の捜索を命じられている」
「勇者ね…だけど勇者召喚は言い換えると誘拐とも捉えられる。召喚した時点で勇者に敵視されて本末転倒になりかねない」
オルトリンデが静かにそう呟いた。ジブリールはそれも一理あると納得する。他のメンツの表情を確認するとどうやら同じく納得している様子だった。
「星の魔女と王国側が敵対している現状、強大な敵が現れたら我々は滅びかねない。星の魔女に成り変わる即戦力が欲しいところではある」
「即戦力が期待できない現状、次世代の育成もなんとかしないと国防も立ち行かなくなるわよ?」
様々な考え方が飛び交う中、ジブリールは着地点を探していた。それから数分後、議論が収まってきた頃ようやく口を開いた。
「結論。探すには探すが、召喚をするかどうかは保留とする。ということで良いのでは?」
「そうですね、その方針でいきましょう」
「わかった、我らが王にそう伝えておこう」
その提案で一同は同意し、議題は次へと移った。
「次の議題良いか?星骸の呪いもそうだが、星隕石の力も侮れないことがわかった。星隕石の欠片で作った剣は現状最高クラスのアダマント製の剣を軽々と砕いた。現状素材がオークニーにある隕石のみである分希少度は高い分その価値も高くなっている。未知なる力だが、技術革新が出来れば人類は更に進化することも可能だと私は思う」
ザックが真剣な表情で語ったがライラックは彼の言葉に否定的だった。
「星隕石や星骸の呪いを運用させるには諸刃の剣すぎる。俺たちにはまだ早いんじゃないか?不用意に未知なる力を使えば、その力に呑まれて混沌へ堕ちることになるかもしれない」
ライラックの言葉を聞いてオルトリンデは冷静に話し始める。
「星骸の呪いも星隕石もまだ完全には解明されていないのは事実。でも文明は進化を求めていることもまた事実。人類は停滞した時点で滅んだも同然、故に常に革新し続けないといけない種よ。代償がどのようなものであれ、次の一歩を踏み出さなければいけない時が来ていると私は思うわ」
オルトリンデの自論に全員が納得をした。無論ジブリールもだ。その話は個人にも、国全体にも言えることだ。するとセルゲイが口を開く。
「我々は我が国民を守らなければならない。故に決断も慎重で後悔のないよう選ぶ必要がある。我らは国民の命を預かっている身だからな」
「そうだな」
「もう少し時間を置きましょう」
「では今日の議題は以上だ。他に連絡事項等なければ終わりにする」
セルゲイは議題を終わらせようとし立ち上がった瞬間、ジブリールは口を開いた。
「報告事項が二つあります。先日、ヘルメス教団の拠点を一つ潰してきました」
会議室内が一瞬静まり返った。
「ヘルメス教団だと? 厄災の魔女なき今、奴らに何ができるというのか」
セルゲイが眉をひそめて言ったがジブリールはさらに報告をする。
「一つ目の報告は錬金術によって星骸の呪いが錬金術によって取り除ける可能性があること。そして二つ目はとある少女に星骸の呪いを取り込ませていた。その少女を我々天使が確保しましたが星骸の呪いの侵蝕率によっては新たな厄災として目覚めてしまうかもしれません」
「それで?」
「確保した重要人物をコーンウォールの天使育成機関に連れて行くことに決めました」
セルゲイは深いため息をつき、ジブリールへと問いかけた。
「ヘルメス教団は星骸の呪いを解呪する技術があるということだな?」
「はい。奴らの研究資料は一部しか確保できませんでしたが、そう書いてありました」
「もしその技術が手に入れば、呪いを受けている患者たちを一斉に救うことができるということだな?」
「もしそんなことができるのなら、是非ともその技術を手に入れたい」
セルゲイはライラックの言葉の後、当面の方針を決めたのだった。
「では、全国の冒険者協会にヘルメス教団の討伐を依頼する。それから、ヘルメス教団から錬金術というものを手に入れる。それで良いな。以上、解散」
*
会議はそのまま終わるとジブリールは他のメンバーに話を聞こうと席を立ち、会議出席メンバーへと声をかけた。
「すまない、ジブリール。次の仕事が詰まっていて忙しいんだ。また次の機会があったら話そう」
「私も星骸の呪いについて、錬金術とは別のやり方で取り除く方法を模索したいからパスで」
ザックとオルトリンデには話を断られてしまったが、それぞれのやるべきことがある為仕方がない。ため息を吐くとウェルシア夫妻だけが残ってくれていた。ジブリールはウェルシア夫妻と共に城の廊下を歩きながら議論を続けるのだった。
「星骸の呪いの力と代償について、あなた達はどう思う?」
ジブリールは二人に問いかけるとライラックは真剣な表情で言った。
「星骸化した人間が失うもの、それは心だ。強大な力を持つと人間は傲慢になり、やがて人らしさを失っていく。精神が堕落すれば、もはや人ではない。獣だ」
アケノメアが珍しくライラックの意見に異を唱えた。
「でも、強くなることも確かよ。次世代の冒険者たちを一気に成長させることも可能だと考えると、一概に悪ではないと思うわ」
「だがそれでは基礎をすっ飛ばして特化させることになる。兵士個人のアドリブ力が足りなくなるのは悪いことだ。そうなると下手したらちょっとしたイレギュラーですぐ死ぬ兵士が増えることになるぞ」
「それもそうね…難しい話だわ…」
ジブリールは二人の意見を聞き、静かに言った。
「力を得て、それによって代償が発生する。結局は人の本質で良し悪しが決まる。だから国民に自由に選択できる環境にしていかないといけない、そう思うわ」
「そうだな、結局選択するのは国民だ。国は公平に民を守る義務があるから、どちらに傾いてもやることは変わらないさ」
ジブリールとウェルシア夫妻は語り合っている最中、気付かぬうちに城門を潜り抜けていたことに気づいた。
「ではジブリールさん。私たちはこちらで、また次回の会議でお会いしましょう」
「お気をつけて」
「ありがとう、ジブリール」
ウェルシア夫妻は西の商業エリアの方へと向かって歩いて行った。ジブリールは東にある自分の家に向かって歩き始めた。冷たい風が頬を撫でる中、彼女は深いため息を吐き出すのだった。
「はあ…こんな仕事、嫌になっちゃうわ…」




